第百九十七話 新人冒険者


 屋敷を後にしてから一日が過ぎ、俺達は宿の部屋でのんびり過ごしていた。バスレー先生は戻って来ないのでマキナとふたりでのんびり過ごしていた。


 「うーん……のんびりね……旅に出たけど魔物と戦うことも無いし、体が鈍っちゃいそう。ね、どこかで模擬戦しない?」

 「それも面白そうだけど、トレント退治の方がすっきりするかもね」

 「え?」


 窓の外を見るとコンラッドがひとり、宿に向かって歩いてくるのが見え、俺は口元に笑みを浮かべる。どうやら話はまとまった、ってところかな?


 「ちょっと話をしてくるよ。マキナはここで待ってて」

 「私も行くわよ?」

 「今はなるべく姿を見られない方がいいかなと思うんだ。俺ならほら、消えられるし」

 「んー、分かった。ラースがそう言うなら待つね」


 にっこり笑うマキナに顔を赤くしながら俺は部屋を出てコンラッドの下へ向かう。……しかしあんなに可愛い子が俺の彼女か……幸せだな、ホント。


 なんとなく足取り軽く宿を出ると、すぐにインビジブルを使い姿を消す。そのまま坂を上ってくるコンラッドに近づき声をかけた。


 「おはようコンラッド。俺とマキナに話か?」

 「うお!? その声はラース君か……? ど、どこ――」

 「しっ、人目のつかないところへ行こう。こっちに」

 「お、引っ張られる……」


 焦るコンラッドを引っ張り、近くの路地へと入り話を続ける。ちなみにコンラッドは装備をつけず私服姿である。


 「それで?」

 「消えたままなのか……。まあいい、まずは昨日ここに来なかったのはまっすぐここに来るのはまずいと判断した。そこは留意してくれ」

 「もちろん。正直な話、コンラッド達は張られていてもおかしくないしな。ひとりでここに来たのも流石だと思うよ。ギルドマスターとの話は?」

 「話はついて、二日後に討伐隊を組んで出発となった。メンバーはこっちで選ぶことになったから、ラース君達はギルドとして参加は無理だな」

 「それはそうなるだろうなと思っていたから問題ないよ。他には?」


 俺が尋ねるとコンラッドは僅かに沈黙した後、声を小さくして言う。


 「話をしていた時のギルドマスター……ケルブレムの様子が少しおかしかったのが気になったな。怒っているような動揺しているような感じだ」

 「怪しい、か?」

 「……今は何とも。怪しかったとしても、それを探る手掛かりはないし……いや、違うな。知っている仲だからあまり疑いたくないというのが本音か。ボロゾフ達は知らないが、昔はパーティを組んだこともあるんだ」

 

 元仲間、か。疑わしきがあっても信じたくないって感じだな。リューゼとかが急に裏切るようなものだと思えばショックもある。


 「オッケー、とりあえず二日後だな。その時は俺達もこっそりついていくよ」

 「頼む。ケルブレムは来ないらしいが、ラース君達が居れば心強い。なんせ発生源に行くらしいからな。では俺は行く。バスレーさんにも伝えておいてくれ」


 コンラッドは周囲を気にしながらこの場を離れていく。俺も周囲に誰も居ないことを確認し、インビジブルを解いた。


 「ふう……だいぶ長く消えられるようになったけど、やっぱり疲れるな。しかしギルドマスターが怪しいというのはトレントが発生している時点で放置を決めたという時点で最初からおかしいとは思ってたけど、恐らくビンゴかな? ……バスレー先生のところへ行く前にギルドに顔を出してみるか」


 ハウゼンさんなら魔物が多くなったと聞きつければ自ら前に出る。他のギルドマスターはどうだかわからないけど、町や村に脅威があれば助けに行くものだと思う。


 「あ、おかえりなさい。早かったわね? 話はできた?」

 「うん。それでマキナ、さっきの件だけど何か依頼を見にギルドへ行こうか」

 「え! 行く行く♪ ……でもいいの?」

 「トレント退治は決定して二日後らしい。ギルドの様子を見ておきたくてさ。俺とふたりだけなら、新人冒険者って感じで様子見にはちょうど良くない?」

 「……なるほど。それじゃ装備は?」

 「サージュ装備はカバンに入れて、適当にその辺の商店で買って装備しようか」

 「はーい!」


 早々に宿を後にして俺達は装備のお店へ足を運ぶ。さて、ガストの町にも装備屋さんはあったけど、サージュ装備があったから行くことは無かったんだよな。ちょっと楽しみである。


 「こんにちはー!」

 「いらっしゃい。おや、かわいらしいお客さんだね、男の子もいい面構えじゃないの」

 「えへへ、ありがとうございますお婆さん! 装備、見ていいですか?」

 「はは、ありがとうお婆さん」


 安楽椅子に座ったお婆さんがににこにこしながら挨拶をしてくれる。

 からかっているような言葉だけど、向こうの世界でいう駄菓子屋のおばあちゃんみたいなもので、冗談だと分かる。お婆さんはゆっくりと立ち上がりながら笑う。


 「そりゃ装備を売っているお店だからねえ、見てもらわなきゃ困るよ。ゆっくりしていきな。……ふたりは冒険者になったばかりかい?」

 「ええ、学院を卒業して少し訓練を積んだんですよ。で、今からギルドへ向かおうかと」

 「……一攫千金があるから夢のある冒険者だけど、命は大事にするんだよ? 逃げたって恥じゃないんだ、無理は絶対ダメだ。あんた達みたいな元気のいい子達が帰って来なかったことはいくらでもあってね――」


 心配そうに言うお婆さん。装備を売る商売をしていると、意気揚々と買っていった人が次に来た時は装備だけになり、別の人が売りに来たなんて話もあったのだとか。

 ガストの町に居た時は引率で先生達が必ず居たし、危険な魔物はギルドの冒険者がしっかり退治しているためそう危ない目にあったことはない。

 そう思うと俺達はずいぶん平和な領地に居たものだ。しかし同じ国内、そこまで変わるものだろうか……?


 「ラース、私この胸当てとナックルガードと剣にするわ」

 「上半身を覆ったやつのほうがいいんじゃないか?」

 「腕を回すのに肩のアーマーがあると邪魔になるのよね、だからサージュのもそういう仕様なのよ」

 「そういうことか。でもやっぱり心配だからこれとこれも」

 「ええー、悪いわよ……」


 マキナは俺が支払うことに遠慮して最小限の装備しか選んでいなかったので、動きを制限しない、かつ、身を守れるものを見繕って購入した。

 俺もオーソドックスな鉄の鎧に剣と具足を購入する。


 「ほっほっほ、死んでほしくないのだろうから彼氏は正しいわい。しかし、結構な金額じゃぞ? 新人じゃろうし、少しおまけしてやれるが……これくらいじゃな」

 「値札からすると結構安くなってるけどいいのかい?」

 「わ、おまけしすぎじゃない!?」


 合計五万四千ベリルなのでふたり分の装備としてはかなり安い。十万ベリルあれば一か月は暮らせるため、装備だけで半月分と考えれば高いけど、値札を見る限り七万オーバーしているはず……


 「ええ、ええ、その代わりまた無事な顔を見せておくれ」

 「分かった。それじゃ、ちょうどで」

 「ふむ、あっさり払うとは……どっかの坊ちゃんかえ?」

 「はは、旅に出るまでに貯めてたんだ、大事にするよ」


 俺達は気の良いお婆ちゃんの店を出てギルドへ向け歩き出すと、マキナが拳を握りながら感触を確かめながら口を開いた。


 「うん、たまには普通の装備もいいかも」

 「ティグレ先生もサージュ装備に頼りすぎないよう言ってたし、これはこれで持っておこう」

 「そうね。でも、カバンは大きいのを買わないとダメね。持ち運びがしやすいカバンないかしら?」

 「レオールさんに作って貰おうか? 多分聞いてくれると思うけど」

 「あはは、またそれを商売に使われそうね!」


 俺の手を取ってマキナが笑いてくてくと歩いていく。この世界にはいくらでも入るカバンみたいなのはないものか? ……あるわけないか、聞いたことないし。


 そんなことを考えながらマキナと共にギルドへと到着する。さて、ケルブレムとやらは居るかな……?

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