第百九十五話 それぞれの目的のために
バスレー先生がスッと出した手紙。その瞬間、俺はふと馬車で話していたことを思い出す。
「そういえばバスレー先生ってもう先生じゃないんだっけ。機密事項は聞いたけど、手紙の内容は見せていいの?」
「え? どうしてラース君が機密事項を知っているんですかね? は!? まさかわたしが寝ている間に体の隅々までまさぐったとか!?」
「先生が自分で言ってましたけど?」
「あああああ!? マキナちゃんそれはダメ!? トラウマが蘇るから! ああああああ!?」
マキナが笑顔でアイアンクローをバスレー先生に綺麗に決め応接室が一気に騒がしくなる。そこへヒューゲルさんが困惑した声で口を開く。
「すまない……話を続けてもいいかね……?」
「ああ、すみません。まずは手紙を読んでもらえると」
「マキナお姉さま、強い……」
アンリエッタが呟く横でヒューゲルさんが手紙の封を開けて閲覧する。しばらく目で文字を追う様子をみていたが、ふと眉を吊り上げて冷や汗が噴き出した。
「バ、バスレーさんと言ったか……い、いや、言いましたか? あなたは――」
「……」
「マキナ、離してあげようか」
「あ、ごめんなさい!? バスレー先生! バスレー先生!」
泡を吹いて気絶していたバスレー先生を起こし、改めて手紙のことをヒューゲルさんが尋ねようとしたところでバスレー先生が口を開く。
「フフフ、強くなりましたねマキナちゃん……とまあ冗談は置いといて、そう言う訳で、改めて自己紹介を。わたしは農林水産大臣に返り咲いた女、バスレー=ヴィクセント。以後、お見知りおきを」
「ま、まさか王宮付の大臣がこのような場所に……」
「この作物が育たなくなるのってまさか……」
夫妻がハンカチで汗を拭い恐縮しているところに俺が口を挟む。
「呼ばれただけじゃなく、復職したんだ? それに機密事項じゃなかったの?」
「驚きが足りませんよラース君。まあ、本当なら王都に行くまで隠すつもりでしたが、コンラッドさんの話を聞いてここへ立ち寄ることを決めた時、この場で身分を明かすことは決めていましたから」
「コンラッドさん達には言わなくて良かったんですか?」
「……いい男ですけど、まだ完全に味方だと決まったわけではありませんからね。領主一家はわたしの身分がわかれば下手なことは出来ませんし」
さらりと恐ろしいことを言いながら、バスレー先生は話を続ける。
「というわけでこの事件、恐らく領地だけでなく国全体に蔓延していた可能性が高いですね。トレントの擬態能力は高いですし、ここから森を伝ってあちこちに散った可能性が高い。……逆に言えばここで解決できればわたしの仕事がひとつ片付くというわけです! なので頑張っていきましょう!」
「大臣が居てくれれば心強い……よろしくお願いします」
「泥船に乗ったつもりでいてください!」
さて、自爆覚悟のバスレー先生のことはともかく、次は俺とマキナがどう動くかだな。コンラッド達が迂闊にここへ戻ってくるのも困るし、行くしかないか。
「それじゃバスレー先生、俺達は宿に戻るよ」
「おや、ラース君もここに居ればいいのに」
「ありがとうございます。でも、コンラッド達の連絡役として中間の立ち位置の人間が居ないのは困るんですよ。俺なら他の人に気づかれず会話ができますから」
ほら、と俺はインビジブルで姿を消し、ヒューゲルさん達の背後で姿を現す。
「わー! ラースさん凄い!」
「なんと……!?」
「あらあら……」
「ということでバスレー先生はここに残ってていいよ。アンリエッタ達をよろしく頼む」
「分かりました! イチャイチャしすぎて悶絶死しないでくださいよ!」
「しないよ……」
そこへアンリエッタが頭の後ろで手を組んで椅子に背を預け、顔をぐるんと曲げてから背後に立つ俺に目を向ける。
「あーあ、私の魔法の先生になって欲しかったなあ」
「ま、両親の為というのは偉いと思ったよ。だけど、やっぱり俺は先生じゃないから学院で習った方がいい」
「ぶー」
「……両親を助けようとして逆に心配させちゃ意味がない。それは覚えておいてくれ」
「え? ……う、うん……そっか、そういう考え方もあるか……」
俺が真面目な顔でそう言うと、きょとんとした顔で俺の言葉をぶつぶつと反芻していた。そこへマキナが椅子から立ち上がる。
「それじゃ行きましょうか。先生、馬鹿なことしないでちゃんと守ってくださいよ?」
「はいはい、信用に応え……え?」
「また何かわかれば泊っている宿に誰か寄こしてもらえると助かります。……って言っても門番さんだけでしたっけ」
「ああ、すまない。メイド達は危険から遠ざけたかったから暇を出している。給金は出してやっているが、早く解決しないとな。よろしく頼むよラース君」
「ええ、必ず解決しましょう」
俺とマキナは慎重に屋敷を後にし、一旦宿へと戻った。さて、コンラッド達はどうしているかな……?
◆ ◇ ◆
「すまない、ギルドマスターは居るか?」
「あ、コンラッドさん達じゃないですか。ええ、いますよ何か御用で?」
「少し話があるんだ、奥に行かせてもらうぞ」
「どうぞー」
受付嬢に通され、コンラッド達は奥のギルドマスターの部屋向かい、扉の前まで到着するとノックをして声をかけた。
「おはようございますケルブレムさん、コンラッドです。少しお耳に入れておきたいことがありまして、朝早くから申し訳ないのですが聞いてもらえませんか?」
「コンラッドか? いいぞ、入ってくれ」
濁声が中から聞こえてきて、中に入れと声がかかり、ボロゾフ達は顔を見合わせて頷き扉を開ける。そこにはあごひげを蓄えた金髪の男が執務机に腰かけ、笑いながらコンラッド達に手を上げて挨拶をした。
「おはようさん! どうした、依頼をやるにゃ時間が遅いぜ? ったく、折角帰って来たのにたるんでるなあ。で、なんだ? 用があってがん首揃えてきたんだろう?」
「面目ない。……そしてその通りです。領主様が討伐隊を組むと決め、人員を集めて欲しいと依頼されてきました」
「……ふむ」
コンラッドの言葉に、眉と目をひそめて小さく呟くケルブレム。そして、次に口にした言葉は――
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