第百九十六話 繋がる点と点


 「こっちだ、詳しく聞かせてくれ」


 歳のころはハウゼンに近い年齢を窺わせる顔つきで、目は細い。その目をさらに細め、コンラッド達を別室へと案内し、全員が座ったところでケルブレムが再度息を吐いてから口を開く。


 「それで、領主様は何と……?」

 「最初、俺が交渉に行った時には門前払いだったのですが、さすがに被害が大きくなったので今回は要求が通り領主様が報酬を出すからとギルドマスターに人員の提案をするように依頼されました」

 「……なるほどな、重い腰を上げたってところか。こっちとしても、討伐隊を組むことに異論はない。確かにここ最近のトレント騒ぎは危惧するレベルにまで達したからな。日和見主義の領主様でも気づくか」

 「む……」


 ケルブレムの言い草に、ボロゾフが眉根を吊り上げて短く呻き、少し口調を強くしてケルブレムに反論を展開する。


 「お言葉ですがケルブレムさん、どうやら領主様はどこぞの者に脅迫を受けていた様でしてな。それで渋っていました。なので、これは仕方がないことかと?」

 「脅迫状……? そんなものがあったのか……しかし、トレントを退治しないメリットが脅迫犯にあるのか?」


 ケルブレムが首を傾げて呟くと、パーティの一人でもあまり主張しないサモが口を開く。


 「……それはそいつらにしか分かりません……そうでしょ? そいつらの目的よりも、トレントをどう退治するか? それと脅迫犯をどう捕まえるかの方が重要でしょうが。危険を顧みず重い腰を上げた領主様が報酬を出すって言ってるんだ、ギルドとしても懐事情が助かるだろうに」

 「まあ、な。だが、話は分かった。人員の確保は俺に任せておけ、それと脅迫犯のアテはあるか?」

 「いや、そっちはまったくだ。だから人員はケルブレムさんが信用のおける人物を集めて欲しい。脅迫状の件は漏らさない方向で頼めるだろうか? 俺達が知っていることを相手に知られれば何をしでかすか分からないからな」


 コンラッドが渋い顔でそう言うと、ケルブレムは頷き四人の顔を見渡してから顎に手を当てて言う。


 「ふむ、では脅迫犯は見つけにくいな……まあいいだろう、まずはお前達四人は参加決定でいいな?」

 「ああ」

 「カバーニャ……やっと喋ったな……」

 「い、いや、俺だって喋るぞ!? 喋るタイミングがないだけだっての! 俺達はもちろん行くぞ」

 「はっはっは、わかったわかった。脅迫犯はこっちでもそれとなく探ってみよう。お前達も何か分かれば

 俺に教えてくれ」

 「分かったぜ、なあに脅迫状のことが漏れなきゃトレントは俺達の独断で退治したって触れ回っておけば脅迫犯も誤魔化せるだろうさ! それじゃ、俺達はいつもの借家に居るから出発が決まれば教えてくれ。領主様に一度話をしにいく」


 ボロゾフが満足気に椅子から立ち上がりながら言うと、ケルブレムがふと思い出したかのように四人へ尋ねる。


 「……そういえば昨日、見慣れない女と一緒に居たようだがあれは誰だ?」

 「お? 見てたのかい。それがよう、コンラッドに言い寄ってくる珍しい女でな、向こうの領地に行ってるときに懐かれたってことだ」

 「……」

 「あ、待てよコンラッド!」


 コンラッドが複雑そうな顔でボロゾフを見た後、さっさと部屋を出ていった。残りの三人もバタバタと出ていき、ケルブレムだけが残される。

 ケルブレムは四人が出ていった扉をじっと見つめていたが、やがて立ち上がり自室へと入って行く。


 すると――


 「やあ、何だったんだい?」

 「いい顔じゃないわね、面倒ごとかしら」

 「くっく、ギルドマスターも大変だな」

 「ふん、面倒ごとは間違いないな。レッツェル、役立たずのお前に出番が来たようだぞ?」


 自室に入ると、優雅に紅茶を飲む三人がそれぞれ口を開き、ケルブレムは面倒くさそうに言い放つ。そこに居たのはレッツェル、イルミ、リースだった。

 役立たずと言われたレッツェルが肩を竦めて、紅茶を一口すすり気にした風も無く手の平を上にして笑う。


 「ははは、六年前の件のことをまだ言うのかい? あれは仕方がないって説明したじゃないか。ま、それはいいけど、何の話だい?」

 「トレントの件だ。領主が討伐隊を組むと言いだしたらしい」

 「へえ、領主は腰抜けだって言ってたのは誰だったかな? 脅迫状も出したとか言ってなかったっけ。くっく、役立たずはどっちなんだか」


 ケルブレムは茶菓子をもぐもぐと頬張るリースに目を向けると、つかつかと詰め寄りリースの髪を掴んで引きずり倒す。


 「うわ!?」

 「……相変わらず生意気な口を聞く小娘だな。もう十六歳か? 南の国の奴隷商人にでも売りつけてやろうか? 貧相な体だが、俺より役に立つだろうな?」

 「いてて……。売られるのには慣れているさ、やってみるといい。ボクはそう簡単に人の言いなりにはならないけどね?」

 「ガキが……!」


 髪を掴まれながらも悪態をつくリースに苛立つケルブレムが拳を振り上げようとしたその時――


 「はい、そこまでだ。リースは僕達の仲間だろう? くだらないことで減らされちゃたまらない。それよりも生産的な話をしようじゃないか」

 「くっ……!」


 ねえ? と、笑うレッツェル。振りほどこうとした腕がまったく動かず、ケルブレムはリースを手放す。すると、レッツェルはリースを立ち上がらせながら再度尋ねる。


 「で、どうするんだい? 君の計画だともう少しで領主を引きずり下ろす計画だったろう?」


 ケルブレムは壁に背を預け腕組みをし、舌打ちをしながらレッツェルへと返す。


 「……ああ。元々消極的な領主だから脅迫状を出せばさらに身動きが取れないだろうと踏んでいた。増えるトレントに何もしない領主……引きずり下ろすには十分なネタを作れる。その後は俺達が操れる人間を領主に据える。というシナリオだったんだがな」

 「しかし心変わりしたのは何でですかね?」

 

 イルミがリースの髪の毛を整えながらそう言うと、ケルブレムは肩を竦めて返す。


 「さっき来ていた冒険者が説得したのだと思う。あの領主が脅迫状を無視してことを起こすとは思えん」

 「どうかな? 息子が死にかけて全財産をはたいた領主も居るからね。ここの領主がどういう人間かは分からないけど、領民を放っておくとは思えない。だから領主をやっているんだと思うけどね」

 「ガスト領をほぼ手中に収めていたのに失敗したお前に言われる筋合いはない。……とりあえずお前達は討伐隊の追跡を頼もうか。実際トレントの発生地点は大まかだが突き止められている。それを利用してそこへ誘導するから……後始末は頼むぞ。リース、お前の【実験】でもやったらどうだ?」


 「あいにく面白い実験が無くてね。適当に始末させてもらうよ」

 「……ふん、売られないようせいぜい頑張るんだな」

 「その言葉、覚えておくよ。レッツェル、ボクは先にアジトへ戻るよ」

 「ああ、気を付けて。ラース君達にばれないように……ってまあリースは構わないか。見つかったらうまくごまかすんだよ」

 

 リースはチラリとレッツェルを見た後、無言で部屋を後にした。そこへイルミが口を尖らせる。


 「ラース……? 誰だ?」

 「誰でもいいでしょ。それよりあんまりガタガタ言うんじゃないわよケルブレム。リースは両親に売られて私達組織に入ったんだから。そりゃ生意気ではあるけどさ」

 「レッツェルに拾われたお前と似た境遇だからな。なんだ、同情か?」

 「そんなわけないわ。同じ組織の仲間同士でくだらない争いは無意味だって言ってるのよ。先生、私も行きますね」

 「ああ、気を付けて」


 イルミも頬を膨らませて部屋を出ていき、紅茶を手にしたレッツェルとケルブレムだけになる。レッツェルはまた一口、紅茶をすすると――


 「……!?」

 「まあ、確かに僕は失敗した。けど、目的である『神宿かみやどり』の為の人間は見つけた。君が何といっても構わないけど、僕の仲間に何かしようというなら容赦はしないからそのつもりでね」


 ――瞬きをするくらいの時間。その刹那の時間に、レッツェルは壁際に居たケルブレムの首にダガーを突きつけて笑っていた。


 「……チッ、計画の開始は三日後だ。同時に領主にも分からせてやらないといけない。忙しくなるぞ」

 「まあ、やることはやるさ。ではね」


 レッツェルはそう口にしてダガーをしまうと、部屋を出ていった。ケルブレムは息を止めていたことを思い出し、ふはっと息を吐いて深呼吸をすると一言、


 「……化け物めが……」


 とだけ呟いた。

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