第百八十四話 宴の席で
「へえ、酒場ってこんな感じなんだ」
マキナが入り口に立って中の様子を見ながら口を開く。俺も後ろから覗き込み様子を伺うと、広い居酒屋って感じでいくつものテーブルやイスがひしめき、たくさんの人が賑やかにお酒を飲んている光景が広がっていた。
こっちでは結婚式以外で飲んでいないので、少しだけ向こうの世界のような感じなので心が躍る。
「装備したままお酒を飲んでいるから冒険者が多いみたいだな」
「酒場なんてそんなものですよ。まあ、学院に通っていたお坊ちゃんお嬢ちゃんのふたりにはハードルが高いでしょうし、ここは大人の女であるわたしがエスコートしましょう!」
「お願いします!」
「あれ、美味しそうだな……」
俺達はカウンターに近いテーブル席に通され、着席と同時にバスレー先生がウェイトレスに声をかける。
「へい、お姉ちゃん! ビール三つと枝豆、それとソーセージの盛り合わせとチーズ、それと牛の四角形ステーキね!」
「はい、かしこまりました! すぐにお持ちします!」
「早っ!?」
バスレー先生が閃光のようにウェイトレスをキャッチし、注文を済ませるとマキナが驚いて目を丸くする。
「こういう賑やかな場所はウェイトレスをキャッチするのも大変ですからね。大声で呼び止めて、それなりに大量に注文しておくんですよ。すぐ出せそうなやつと時間がかかりそうなものを同時に頼み、飲みながら大御所を待つんです! わたしのようなお腹を空かせた子羊にはまず口にできるものが必要ですからね!」
確かに一理あるなと、俺は思う。飲み物だけ頼んで料理が来ない、ということは多々あるし、混雑しているなら尚のことだ。ちなみに四角形ステーキとはサイコロステーキと同義である。
そしてマキナが感心してパチパチと小さく拍手をした後、メニューを見てぐっと拳を握る。
「な、なるほど! へ、へい! お、おねえちゃーん!」
「マキナ、ウェイトレスさんを呼ぶときは普通に呼んでいいと思うよ」
「あの、子羊……」
子羊の部分にはスルーし、真面目なマキナを笑いながら窘めていると、すぐにビールが届けられ金色の水が俺達の前に置かれた。
「これが……ビール……!」
「命の水ですよー! それでは、我等三人の旅に祝杯ーー!」
「こっちのビールは初めてだしありがたい。乾杯!」
「乾杯ー!」
ごきゅっとビールを飲み、ひとくちふたくちと喉を鳴らす。冷たくてひんやりしているそれは俺の記憶にあるものより苦かったが、懐かしさを感じさせてくれた。……成人してからバイトの飲み会で飲んだのが初めてだったなあ。
「にがーい……」
「むっふっふ、まだマキナちゃんには早かったかもしれませんね! お姉ちゃん、お代わり!」
「早っ!?」
「マキナはリンゴ酒にしよう、これは俺が飲むし」
「大丈夫、私頑張るわ……!」
「ええ……大丈夫かい?」
謎の決意をもってぐいっとジョッキを傾けるマキナを心配しつつ、俺もチーズをつまみに口へ入れビールを飲む。発泡酒じゃないビールはやはり美味いな。
「うーん、これが美味しいってのが私には分からないわね。飲みきったから、リンゴ酒にしようかな」
「お酒を飲み始めた人とか女の子は苦手な人が多いみたいだし、いいと思うよ」
「うん、すみません、リンゴ酒をくださいー!」
「はい、かしこまりましたー! ソーセージの盛り合わせ置いておきますね」
「あ、おいしい」
香草を練りこんだやつが美味しい……おつまみはどうしてこう食欲を高めるのだろうか。
「はーい、お代わり♪」
「ペース早いな本当に……」
バスレー先生が赤い顔でさらにお代わりを追加し、やがて四角形ステーキも届いた。そろそろ他の料理を頼むかなと思っていたところで、中央付近のテーブルで大きな声があがった。
「ふざけんな、何の話かと思えばオリオラ領に戻れだと!? 追い出したのはお前達だろうが!」
「い、いや、確かにその通りだが……領主様がお前を戻すまで帰って来るな、と……」
「断る。領主も報酬を出したくなかったのだろうからお前達に賛同したんじゃないか? そんなところへ戻る必要はないな。ガスト領の方が居心地がいいしな」
お、なんだか分からないけど、激昂した人がウチの領が良いって言ってくれている。それと他に対面している男が三人。
見た感じ全員剣をテーブルに立てかけているので冒険者同士のいざこざって感じがする。
というか隣の領から来た人達みたいだけど、追い出されたとか不穏な言葉が聞こえてくるのは頂けない。 とりあえず巻きこまれるのは避けたいと思っていると、立ち去ろうとした男を引き留めようとして口論が激しくなり店内が騒然となった。
「大人しくついて来いってんだ! 領主様が呼んでるんだぞ!」
「うるさい、他のお客さんの迷惑だろ? 俺は行くぞ」
「野郎、下手に出てれば調子に乗るな!」
「お、おい、兄ちゃんたちそれはマズイよ!?」
もう一度彼らを見ると、剣を手に取り抜こうとしていたところだった。こんなところで振り回したらケガじゃ済まないぞ!?
「馬鹿なことを……!」
「いいから大人しく――」
「大人しくするのはあんた達だろ? こっちは初めての酒場を堪能していたのに、台無しじゃないか」
俺はインビジブルで姿を消し、ひとりの男の剣の鞘に手を置き抜かせないようにしてから声をかける。ぎょっとした顔で隣に居た男が椅子を転がしながら剣を抜こうと手を伸ばす。
「な、なんだてめぇ!? どっから出て来た!」
「さあね、とりあえず大人しくしててくれよ……! <ストレングス>」
「う、うわ!?」
「何だと!? ぐあ!?」
俺はこの数年で鍛えて修得した魔法、ストレングスで腕力を強化し男をぶん投げると、テーブルをなぎ倒しながらふたりともダウンした。
補助魔法のひとつである<ストレングス>はクーデリカの【金剛力】に比べればそこまで上がらないけど、男を軽く持ち上げるくらいなら強化できる。何より、他の人にかけることができるのも大きい。
「やりやがったなガキが……!」
そこへもう一人残っていた男が俺に殴りかかってくる。だけどその拳は俺に届くことは無かった。
「こっちにも居るわよ」
「んな……?! ぐへ……」
横から出て来たマキナが足をかけ、男は顔から派手に床へダイブしテーブルがまた崩れてジョッキが頭にぶつかっていた。
「く、くそ……許さ……ひっ……!?」
「これ以上やるなら俺達も黙ってねぇぞ?」
「俺の酒、弁償してくれるんだろうなあ……?」
「あたし達の料理もね!」
俺とマキナが倒した三人の冒険者がお客さんたちに囲まれ睨まれていた。男たちは尻もちをついたまま後ずさりし、慌てて立ち上がって逃げていく。
「お前は必ず連れて帰るからな、コンラッド! 行くぞお前等!」
「くそ……!」
「覚えてろよ……」
「……」
コンラッドと呼ばれた男は彼らを睨みながら、男達を見送る。その後すぐに俺とマキナに向きなおり頭を下げた。
「すまない、俺がもたついていたせいでとんでもないことになるところだった。礼を言う」
「いや、大丈夫ですよ。戦いになって人がケガする前に止められて良かった」
「重ねてすまない。あなた方のお代は俺が出そう」
コンラッドがそう言ってウェイトレスにお代を渡していると、にょきっと脇から顔が生え、その人物が口を開く。
「奢り……奢りですか!? よく見ればいい男じゃないですか! 一緒に飲みましょ一緒に!」
「うお!? どっから出て来た!?」
「……なんかオリオラ領に関する情報を持っているみたいですし、ね?」
「……」
バスレー先生が意味深に目を光らせ、コンラッドの腕に手を回していた。
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