第百八十三話 あなたの目的は?
ずっとフードをかぶっていた御者の正体。それはなんとオブリヴィオン学院の教師であるバスレー先生だった。俺とマキナは驚きを隠せず、目を見開いてバスレー先生を見ていると、ぽつりぽつりと話し始める。
「うぐ……えぐ……ルシエラちゃんとサプライズだって正体を隠して今か今かとワクワクしていたら、イチャイチャしはじめて出るに出れなくなったんですよおおおおお!」
「いや、結構距離進んでいるし早く出て来れば良かったのに……」
「うんうん」
俺がそう言うとマキナが頷き肯定してくれる。そこでバスレー先生がけろっとした顔で言い放つ。
「あまり早く出たらその場に置き去りにされるかもしれないじゃありませんか。しかしこの辺りなら置き去りする罪悪感から捨てられないと判断したんです!」
「ダメな方向で前向きね……でも学院はいいんですか? この速度なら王都まで七日かかりますし往復で半月は戻れませんよ?」
マキナの質問ももっともだ。今日は闇の日で学院は休みだけど、明後日にはまた学院が始まる。去年は三年生の担任をやっていたはず。そこへ驚愕の言葉が飛び出す。
「そこなんですけど、わたしはもう学院の教師ではないんですよ」
「ええ!? ……やっぱり、いや、ついにクビに……」
俺が首を振るとバスレー先生が大声を上げる。
「違いますよ!? やっぱりってなんですかね!? ……ふう、実は昔の仕事場から招集がありましてね。王都に戻るってわけなんですよ。ちょうどあなた達が王都へ向かうという話とかち合っていたんでサプライズを兼ねて同行させてもらいました」
そう言ってポケットから手紙を取り出しニヤリと笑い、バスレー先生は再び馬車を進ませ始める。俺とマキナは傍に行き会話を続けた。
「何か一大事ですか?」
「いえ、機密事項なので言えませんけど、どうもあちこちの村の農作物が最近育ちにくいらしいんですよ。さらに魔物が増加し、対処に四苦八苦しているとか」
「ふうん……」
相変わらずぺらっと言っちゃうバスレー先生に秘密は言えないなと思いつつ生返事をしていると、マキナが俺に言う。
「村に魔物って怖いわよね。何とかしてあげられないかしら?」
「もしかしたらそういう依頼が来るかもしれないし、国次第かも。その時は受ければいいと思う。どちらかと言えば魔物が増加している方が気になるな」
俺が後部の椅子に背を預けて言うと、マキナも隣に座り口を開く。
「ガストの町や領内だとそんな話無かったものね」
「ああ、領主様……ラース君のお父さんとギルドマスターのハウゼンさんがその辺厳しくやってましたからねえ。特に領主様のスキルの【豊穣】があるので農業には力を入れてましたから魔物の駆除は優先してやっていませんでした?」
「そういえばギルドにあまり人が居なかったのってそのせいなんだ?」
「ですねえ。ハウゼンさんがも飛び回っていたから大変みたいだったみたいですね。……結婚してから出張が減ったらしいですがね……まあ、人員も増えたらしいですが。リューゼ君達もこれから頑張っていって欲しいものですね……ナルちゃんと一緒に……」
負のオーラを撒きながらフフフと笑うバスレー先生に俺達は苦笑する。もうそろそろ結婚適齢期なので、焦りがあるというところか。だけどニーナという例もあるし、お世話になった先生には頑張って欲しいものだ。
それはそれとして、父さんと兄さんの仕事を一年くらい手伝っていたけど、まだまだ知らないことが多いなと思う。それとハウゼンさんの出張の秘密が何気に判明して驚いた。
スライムや暴れイノシシなど、それほど強くない平和だなと思っていたウチの領地は父さんが頑張っていたようだ。余談だけどブラオも魔物退治には注力していたとかなんとか。
「さて、それじゃ今日は町まで何とか辿り着きましょうか。その後、二日くらいでオリオラ領に入りますよ」
バスレー先生がそう言って馬車の速度を少し上げ、ガスト領の端にある町へと到着する。もう少し進めば領地が変わるところなんだけど、その後の町や村までが結構遠いみたいで昼を過ぎた今の時間からだと確実に野営になるからと一旦この町で休むことにしたのだ。
元々歩いていく予定だったから、一応野営するための道具は持っているんだけど、折角なら宿でゆっくり休みたい。
「他の町って来たことないから新鮮ね。ルツィアール国の時はいきなりお城行っただけだったからちょっと見て回りたいわね」
町の門をくぐった後、宿に馬車を置きに行っているバスレー先生を待ちながらマキナが笑顔で周囲を見ながら言う。
今までの生活は基本的に家と学院、それとギルド部で外に出ているだけだったから他の町に興味があるのは俺も同じだ。
「陽も高いし、バスレー先生が戻ってきたら散歩がてら歩いてみようか」
「あ、賛成!」
マキナが手を上げて喜び、俺が笑っているとバスレー先生が戻ってきた。
「お待たせしましたね。宿の部屋も取ってきましたけど、チェックインします?」
「いや、このまま散歩に出ようかなと思ってる。バスレー先生も行く?」
「デートのお邪魔をする……つもりなので行きますよ!」
「そこは遠慮すると思ったけどね……」
「まあまあ、年上の人が居るのは心強いじゃない。デートは向こうに行ってからでもできるし」
それもそうかと俺達は町を散策し、観光気分でお店を回る。
「へえ、これから王都に行くのかい? ならオリオラ領に入ってからは町まで遠いし、おまけしとくよ」
「うはーい、ありがとうございます! へっへっへ……」
「バスレー先生、買い物上手ね……」
「というか人見知りしないのがいいんだろうなあ」
みんな良い人ばかりで、バスレー先生のお願いを聞いてくれる人が多かった。品ぞろえもウチの町と変わらない品質でいいものだけど――
「……ふうん、やっぱり野菜の質は落ちてますねえ。ローエンさんのいるガスト領だからこれで済んでいますけど、他の領地はどうなっているやら……」
「バスレー先生?」
「ああ、そろそろ陽もくれてきたし夕飯食べませんか? ……あそこで!」
バスレー先生が指さした先は冒険者やおじさんが出入りする見事なまでに酒場だった。
「……酒場」
「わたし御者で疲れちゃいましたからぁ、命の水が欲しいんですよねぇ」
くねくねしながら俺達の前で舌をぺろりと出し、ウインクする。するとマキナも同意していた。
「私、お酒を飲んだことないし行ってみたいかも? どうラース?」
「うーん、マキナがそう言うなら――」
「よしきた! はいきた! やってきたぁぁぁぁ!」
「あ、待ってくださいよ!」
ハイテンションで酒場へ向かったバスレー先生を追いかけてマキナが追う。俺は頭を掻きながら肩を竦めてふたりを追うのだった。
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