第百八十二話 暗躍


 「……行ったね。行き先は王都だっけ?」

 「ああ、ボクはそう聞いているよ。追うかい?」


 ーーラースとマキナが出発したその時、街道近くの森から馬車を目で追う三人の人影があった。

 そう、誘拐事件に関わっていたフード達である。

 その中で小柄な人物が発言したことに対し不適に笑い答えた。


 「まあ、そうだね。彼には僕の期待に応えてもらわないといけないし、彼女もできたみたいじゃないか。暖かく見守ってあげないとね?」

 「そういえばあんた、卒業までにあの子をモノにするとか言って全然駄目だったじゃないの」

 「うむ、やはりクラスが違うハンデは大きかったということだな」

 「お子様体型のせいだと思うけどねえ?」

 「お前だって小さいくせによく言うよ」

 「なんですって!」


 女性の声がするフードの人物と、小柄な人物が言い争いをしていると、男の声を発するフードの人物が嗜める。


 「まあまあ、落ち着きなよ。身体の特徴なんて大した差じゃないだろう? それよりも、忘れていたよ卒業おめでとう“リース”」


 背の高い男がそう言うと小柄な人物がフードを外して目を細める。それは紛れもなくラース達と勉学を共にしたリースその人であった。


 「もう卒業して一年経つんだ、もはや今更だろう。それより、ラース君は結構強くなったけどまだダメなのかい? レッツェル」


 リースが五年前にラースやティグレと激戦を繰り広げた黒幕の名を口にする。

 すると、背の高い男もフードを外し笑みを浮かべて口を開く。


 「まだまだかな? 少なくとも僕は越えて貰わないと」

 「先生を? そりゃ難しい注文じゃありません?」


 女性の声をした人影もフードを外して呆れたように言う。その顔は血だらけであの場から逃走したイルミだった。

 彼女の言葉にレッツェルは言う。


 「そうでもないよ。彼はあの年齢で古代魔法まで修得している。後五年もすれば追いつくだろうさ。その時、神を降ろせば僕を消し去ることはできるだろう」

 「……その時、ラース君はラース君のままなんだろうね? ボクの好きなラース君で無ければ協力はしかねるぞ」


 リースが憮然とした表情で尋ねると、レッツェルが何かを言いかけようと口を開いたところでイルミが口を挟む。

  

 「さすがに分からないんじゃないかしらね? あたしとしては先生が死ぬこと事態が不本意だから成長して欲しくないけど」

 「……ま、いいよ。君の仲間ではあるけど、それはボクがラース君を手に入れる為だと言うことを忘れないで欲しいね? ……ああ、今思い出しても、あの姉妹を助ける為レッツェルを消し飛ばそうとしたことを思い出すよ。ボクと同じ歳で古代魔法を使うなんてさ。彼を【実験】したらきっと面白い。できた子も凄いだろう。だからこそボクは彼の子を産みたい。だが、あの不器用なラース君で無ければ意味がない」


 珍しく真面目に、しかし狂気をはらんだ言葉を吐き、イルミが息を飲む。


 「……まったく、子供の頃からおかしいと思ってたけど学院に通っても変わんなかったわね」

 「それがいいんだよ、自分の為なら他人はどうでもいい。できないだろうけど、僕がラース君を殺したらリースは僕を殺しにかかるだろう。そういう一途で狂った人間だからこそ、10歳の時、仲間に引き入れたのだから。逆に言えば、ラース君以外の人間が死んでも眉一つ動かさないよリースは」

 「……」


 涼しい顔でレッツェルはリースに『ね?』と笑いかけ、リースはふんと鼻を鳴らす。その様子にイルミも肩を竦めて、王都の方角へ歩き出す。


 「ま、何でもいいですけどね。……死ぬときは一緒ですよ先生?」

 「死ねるといいけどね? さて、久しぶりの王都だ、ちょっと楽しもうじゃないか」


 そして三人は森の奥へと消えていく。

 あの時の因縁は、まだ終わってはいなかったのだったーー



 ◆ ◇◆



 ーー穏やかな天気の中、俺とマキナを乗せた馬車は街道をのんびり進む。

 御者をしなくていいので、立派な屋根付きの柔らかい椅子に隣り合って座り話をしていた。


 「この馬車、馬とセットで貰ったけど良かったのかな?」

 「好意は受け取っておくべきだと俺は思うし、断ったら行き先がなくなるからこれで良かったんだよ」

 「うーん、ラースがそう言うなら……。じゃあ話を変えて、向こうに着いたらすぐに国王様に会うの?」


 マキナが首を傾げて俺の顔を覗き込み、俺は目を逸らしながら答える。……付き合い始めて一年経つけど、やっぱりまだ照れてしまう。


 「え、えっと、まずは住むところを決めようと思ってるんだ。ふたりで住む場所だし、良いところにしようよ」

 「あ、それもそうね。冒険者ギルドにも行ってみたいわ」

 

 ……実はマキナは騎士になるのを止めている。俺も王都にいくけど、国王様に仕えるって訳じゃないしね。

 さすがにそこまで上手い話はないだろうと、冒険者として活動すると言ったらマキナも俺と同じ道を選んだのだ。


 「もちろん、時間はあるしゆっくりやっていこう」

 「うん! ……好きな人と二人で旅をして一緒にいられる

なんて、私幸せ者だわ」

 「五年お待たせちゃったけどね」


 俺が申し訳ない口調でそう言うと、マキナは微笑み首を振って肩にもたれかかる。


 「結果良ければ……ってことかな。ふたりには悪いけど、その分幸せになる」

 「うん、幸せにするよ」

 

 俺が照れながらも何とかそれを口にすると、


 「おろろろろろろ……」

 「うわ!? ど、どうしたんですか!?」


 御者が急に嘔吐いた。後ろから見ていたからすぐに分かり、慌てて御者台へ行くと、馬車が止まりくるりと振り返り、捲し立てるように口を開く。


 「どうしたもこうしたもありませんよ!? どんだけあまーい空気をつくってるんですかねえ! わたしが居ることを忘れていませんか!? わざとですか? わざとですよね? 平民なのに独身貴族のわたしに対する当て付けとはいい度胸です! 表にでやがれ! あ」


 直後、顔を覆っていたフードが外れて俺とマキナが揃って驚く。


 「え!?」

 「あ!? バ、バスレー先生!?」


 そこには大粒の涙をこぼすバスレー先生の姿があった。


 な、何で御者なんかやってるんだ!? まさか、クビ……?

 

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