第百八十一話 次会う時は
さて、アイナの説得が何とか終わり門へと向かっていた。
「あ、そうだ、あのふたりにも声をかけておかないと」
そういえば挨拶をしていない人がいるなと思って呟いていると、その人物が前から歩いてくるのが見え、穏やかに笑いながら声をかけてくる。
「おや、ラース坊ちゃん、お出かけかい?」
「おばあちゃん! そうじゃないんだ、俺は今日から王都へ行って暮らすことになっててね。おばあちゃんには小さいころからお世話になったから挨拶しようかと思ってたんだよ。おじいちゃんも今までありがとう」
「うむ。お前さんも最近は忙しそうじゃったし、学院も卒業したみたいだからな。寂しくはなるが頑張ってこい。友達もこの町におるんじゃし、たまに顔を見せてくれたら嬉しいぞ」
「そうですよ。わたしたちも次に会うまで長生きしないといけませんね。……ほんと、立派になってねえ。初めて会った時は小さかったのに」
おばあちゃんより低かった俺の背はかなり高くなったので、背伸びをして頭を撫でてくれる。おじいさんは腕を組んで少し涙ぐみながら俺の肩を叩く。
「ま、わしらもそう簡単にくたばるつもりはないから、さよならは言わんぞ。またな、ラース!」
「うん、ありがとう! 必ず顔を見せに来るから!」
「ふふ、子供の顔でもいいんですよ? それじゃあね」
「はは、また!」
ちょっと顔が赤くなるのを抑えられず、俺は駆け出していく。兄さんとノーラが結婚したことを考えると、俺もそういうのが遠い未来の話じゃないんだよな……そう思いながら通りで見知った人に挨拶をしながら走って行く。
やがて門が見えてくると、見慣れた顔ぶれがこっちを見ながら待っていた。先頭に立っていたクーデリカが手を振って飛び跳ねる。
「あ、来た! ラース君、こっちだよ!」
「おう、遅かったな!」
「クーデリカにリューゼ、お待たせ! マキナもごめん」
リューゼとハイタッチをしながら謝り、マキナの前に立つ。マキナはクスリと笑いながら俺に言う。
「あはは、大丈夫よ! 急いでいるわけじゃないし。アイナちゃん、大丈夫だった?」
「全然大丈夫じゃなかったよ……だけど、なんとか納得してもらった。たまに顔を見せるって言ったから帰って来る感じかな? ……一年は帰らないつもりだけど」
「うん」
「おいおい、マキナとはこれから話せるんだから僕達と挨拶をしてくれよ」
俺達が決意の顔をしていると、背がかなり高くなったヨグスが微笑みながら俺達にそう言う。ヨグスはすでに別の町で新しい勉強をしているが、兄さんの結婚式に来てくれ、三日後に発つことを伝えたところそれまで実家で過ごしてくれていた。
「ああ、ごめん! わざわざ待っててくれてありがとヨグス。俺達が出たら行くのか?」
「そうだね。僕はもう見送って貰っているし、最後に旅立つふたりを見送らせてもらうよ、ヘレナによろしくね」
「もちろん!」
「へへ、恋人同士で旅かあ、いいねえ」
「ジャック、その恰好……仕事中なんじゃないの?」
ヨグスと入れ替わりジャックが声をかけてくるが、魚屋の前掛けにつっかけというスタイルだ。順当にお父さんと魚屋をやっている。実は町の東西にライバルの魚屋が反対側に一軒あるんだけど、ジャックの愛想の良さでややこっちの売り上げが上がってきたのだとか」
「まあ、父ちゃんには言ってあるから大丈夫だ! ラース、マキナ、お前等なら大丈夫だと思うけど気を付けてな。学院の五年間は本当に楽しかったぜ、ルツィアール国もいい思い出だ! はっはっは!」
あの時はマキナとノーラにジャックが隠れてついてきたんだよなあ。ティグレ先生の鬼のような形相は今でも忘れられない。そこへドラゴンのローブに身を包んだウルカが笑いながら言う。
「本当そうだよ、僕も後から呼ばれたけどおかげで【霊術】のことで自信がついたんだ。ありがとうラース君」
身長の低かったウルカも俺とそれほど変わらなくらいまで大きくなり、優しい笑みで握手をする。一年で一気に大きくなった一番の成長株だ。そこへリューゼが肩を竦めて挟んでくる。
「実際【霊術】はすげぇよ。パーティを組んでいるのは俺とナル、クーデリカとウルカの四人だけどゴーストとアンデッドのおかげで数の有利が取れるんだよな……」
「でも、ミズキさんからリューゼは最初から筋がいいって聞いてるわよ?」
マキナがそう言うと、リューゼが鞘に納めた大剣に触れながら笑う。
「こいつのおかげだな。刃こぼれはしねぇし、切れ味は抜群。デッドリーベア相手でも切り裂けるんだぜ? この鎧もその辺の防具の何倍も上だ。だけど装備に頼りきりってのもまずいと思っていてな、たまには普通の剣を使うようにしているぜ」
流石はリューゼ。楽して強くなることをしないのは見習うべきところだ。俺ともずっと稽古を続けていたし、まだまだリューゼは強くなるだろう。
「リューゼ君は【魔法剣】が使えるし、わたしも【金剛力】で大抵の魔物なら倒せちゃうからね! ラース君が次に帰ってきたらもっと強くなってるから期待してて!」
クーデリカがウインクしながら俺の腕に絡みつき、マキナに睨まれていた。舌を出しながらそそくさと俺から離れると、ルシエラとルシエールが話しかけてくる。
「いよいよだね! ふたりともケガと病気に気を付けて頑張って!」
「まったくウチの可愛い妹を振ったんだから、マキナを大事にするのよ? まあ、飽きたら私とルシエールが付き合ってあげてもいいけど♪」
「間・に・合・っ・て・ま・す!」
「ふふ、外の世界には可愛い子が多いって聞くから、あんたもあぐらをかいて取られないようにすんのよ? ま、ラースは貴族だし? 妾狙いもアリかしら? ねえ、ルシエール、クー」
「お、お姉ちゃん! ダメだよ、そういうのは……」
ぷりぷりと怒るルシエールが、逃げるルシエラを追いかけまわし俺とマキナは声を出して笑った。成長して変わっていくけど、こうして変わらないものもある。多分これはとても尊いことなんだと思う。
「一応、私も挨拶をさせてもらおうかな?」
「間に合ったか」
「みたいねぇ。ティリアちゃん、ラース君とマキナちゃんに行ってらっしゃいを言おうね」
「ラースにいちゃんとマキナおねえちゃん、どっかいくの?」
そして最後に声をかけてくるのはもちろん先生達。学院長先生も来てくれたみたいだ。
で、ベルナ先生とティグレ先生に挟まれて手を繋いでいるティリアちゃんが泣きそうな顔になる。この子もアイナと一緒によく遊んであげたから懐いてくれていた。もちろんマキナもティグレ先生との稽古で俺と一緒に居ることが多かったため遊んであげていたのだ。
泣くかなと思っていると、
「ティ、ティリアちゃんはぼくと遊ぶからいいの! おにいちゃんがいなくなるのはさみしいけど……ぼくが一緒に遊ぶからさみしくないよね?」
と、泣きながらそういうのはニーナの息子、トリム君。鼻水と涙を拭いながらティリアちゃんの前に立って叫ぶ。
するとハウゼンさんがびっくりして頭を掻きながら俺に手を差し出す。
「おう、トリムがこんな大声を……っとそれよりもラースだな! 世話になったな、向こうに行ったらお前の力を見せつけてやれよ? 王都はいいところだが、町が広い分、性格が悪いやつも多いからな。なあ、ティグレ先生」
「ハウゼンの言う通りだ。力は無ぇが変に悪知恵が働く奴が居たりする。お前が強いのは分かっているけど、足元をすくわれないようにな?」
握手をティグレ先生に変えて俺は頷く。確かに力押しだけというのは色々と問題があるし、もっと慎重にならなければとマキナを見ながら決意する。
「ラース様、これお守りです。この世界を創造したという神様“クレスト”の加護がありますようにと」
ニーナは柔らかい笑みを浮かべて俺とマキナにお守りを差し出す。三日月を模ったマキナと対照的になっている、裁縫されたマスコットのようなお守りを受け取る。
「……ありがとうニーナ。ニーナも産まれた時からずっと一緒だったよね」
「そうですねえ。ブラオさんとの対決をするから手伝ってくれって言われた時が懐かしいです。もう危ないことは……するんでしょうね、ラース様だし」
「ちぇ、逆にニーナは俺のことを知りすぎているから苦手だな」
苦笑するニーナに俺は頭を掻いて口を尖らせると、その場にいたみんなが笑う。俺は続けて口を開く。
「ハウゼンさんにティグレ先生の忠告も肝に銘じておくよ。今まで教わってきたことを無駄にしないように。次に会う時はもっと成長しているつもり」
「お、言うじゃねぇか。ベルナ、お前も何か言ってやれよ」
ティグレ先生に言われ、ずっとにこにこと笑っていたベルナ先生が俺とマキナの前に来る。
「……あの頃、ラース君は本当に頑張ったわねぇ。わたしの教えることはもうないくらい、ラース君は強くなったわ。だけど、あなた達はずっとわたしの生徒よ、覚えておいてね。ぐす……寂しいけど、みんなそれぞれの道を行かないとね……わたしがティグレと出会えて、お父様たちと和解できたのはあなた達のおかげよ、本当にありがとう」
「おかあさん泣いてるの。んー!」
「ふふ、ありがとうティリアちゃん」
そしてマキナが全員の顔を見渡してから微笑む。そこで学院長先生も俺とマキナに握手を求めてくる。
「王都には私の知り合いも多い。何かあればこの手紙の人物を尋ねてみるといい、これを見せればきっと手を貸してくれるだろう」
「あ、ありがとうございます」
知り合いはヘレナとアンシア、それとルツィアール国で共闘したフリューゲルさんにイーグルさんとホークさんがいる。
それと、もうずっと会っていない国王様と王子なので、ヘレナとアンシアはともかく、城で働く人達を頼るのは難しいため、学院長先生の心遣いはありがたい。俺は手紙をカバンへしまうと、学院長先生は頷いて下がる。
そこでマキナが腰に手を当てて口を開いた。
「みんなも元気でね! 帰って来た時、誰かいなかったりしたら許さないんだから!」
「その時は僕が霊術を使うよ」
「そりゃ死ねねえな! ……ラース、帰ってきたらまた手合わせ頼むぜ?」
「ああ、リューゼ。最初色々あったけど……お前と出会えてよかったよ、親友」
「……! ふ、ふん、とっとと行けってんだ!」
照れるリューゼが背中を向けると、ルシエールが近づいてきて尋ねてくる。
「そういえば王都まで歩くの?」
「うん、乗合馬車はもう行っちゃったし、のんびり行こうかなって。さっきも言ったけど、急ぐ旅じゃないし」
「それもすげぇな……さすがは戦闘職のカップルだぜ……」
「まあ、このふたりは学院時代からそうだったよね……」
「さて、それじゃ私達からプレゼントよ!」
ジャックとヨグスが呆れ笑いをして呟き、ルシエラが近くの路地に入り、程なくして馬車と共に出てくる。
「これは?」
「ウチが用意した馬車よ! あんた達にあげるわ。お金はクラスメイトと私で出し合ったのよ?」
「本当に!? それは悪いわ……」
マキナが申し訳なさそうに言うが、みんなは気にするなと言ってくれ、俺達はありがたく貰うことにした。
御者を変わろうとしたけど、その人が降りないことに気づき俺は首を傾げる。フードを目深に被って顔は見えないのが不気味だ。
「あの、御者の人はどうするの?」
「あー、王都に用事があるみたいだから、そのまま御者をしてもらうわ。大丈夫、信用できる……はずよ」
ルシエラが目を逸らしながら不穏なことを言うが、まあ知っている人なのだろう。特に気にせず、荷台に乗り込むと、ゆっくり馬車は進みだした。
「行ってくるよ! 王都に来た時は歓迎するからな!」
「またね、みんな!」
「元気でな!」
「必ずまた帰ってきてねー!」
「負けんなよ!」
小さくなっていくみんなに手を振り、見えなくなるまで荷台の後ろを見つめていた。そういえば、あの人の姿が無かったな。
「どうしたのラース?」
「あ、いや、ミズキさんとバスレー先生の姿が無かったなって。なんだかんだで来ると思ってたんだけど」
「そういえばそうね。……まあ、今頃イーファ君に追われているのかも?」
「あり得るかな? ……うん、ありそうな気がする」
俺達は笑いながらもう遠くに見えるガストの町を見つめていた。
◆ ◇ ◆
「……良かったんですか、見送り」
「うむ。構わない、こうして最後に一目見られればな」
「実は、本当に好きだったんでしょ?」
「……」
「ま、俺が居ますよ。だから泣かないでくださいよ。さて、今日の依頼をとっとと片付けて酒場にでも行きましょう! ……おごりますよと言えないのが苦しいっ!?」
「ふふ、そうだな。パーッと飲むか。それじゃ、依頼に行こう」
「はい!」
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