第百八十話 大泣き


 結婚式から三日後の朝、予定通り俺は荷物をまとめて部屋をキレイにする。昔、ニーナに部屋を片付けるように言われて、それ以来散らかさないようにしているし、友達が来ることも多かったからそれほどやることはないけどね。


 「……これも持っていこうか」


 一年の対抗戦で優勝したときにもらったジャケットをクローゼットから出しカバンに詰める。着替えや薬といったものが入り、すでにパンパンになっているけどこれはやっぱり持っておきたい。

 世にはマジックバッグなる見た目より容量が入るものがあるらしいけど、無いものねだりはできない。

 こっそりレオールさんに頼んでいたけど、見つからなかったのは内緒だ。


 「おはようラースお兄ちゃん! 今日はティグレせんせいのところに行く? ティリアちゃんと遊びたいなあ……ってあれ? どこか行くの?」

 「おはようアイナ。うん、ちょっとね」


 そう言ってカバンを肩から下げ、アイナと一緒に部屋を出る。一度だけ振り返り部屋を見渡してから俺は扉を閉める。

 朝食を取るためアイナと一緒に廊下を歩いていると、俺の背中に飛び乗りながらアイナが言う。


 「もしかして旅行? お兄ちゃんはお金持っているし、空も飛べるからいいよね。……まさかマキナちゃんと? わたしも旅行に行くー!」

 「こら、暴れるなって。それよりスキルはどう、慣れてきた?」


 もう五歳になるアイナもスキルを授かることができた。そのスキルとは驚くなかれ【召喚】である。

 

 一体何を? と思うかもしれないが、どうもアイナが契約したものを呼び出すことができるらしい。

 ただ面白いのが生き物なら『契約』で道具なら『マーキング』で可能という点。召喚はレアなスキルではあるみたいだけど持っていない人が居ないわけではない、兄さんの【カリスマ】と似たようなものであるとのこと。

 それはいいとして、召喚と言えばよゲームなら召喚魔法とかで魔物や幻獣を呼ぶものだけど、アイナは無機物もなんとかなるのだ。例えば暑い日に帽子を忘れたとしてもマーキングをすれば手元に寄せることが出来る。


 ……これは『視える』ため、こっそり習得しているのは内緒だけどね。


 「うん! にわとりさんとひよこさんが『けーやく』? してくれたからたまに練習しているの! いきなりは驚くから少し離れたところでやってるよ!」

 「ああ、あの二羽ならちょうどいいかもな。サージュは?」

 「サージュともけーやくしてるよ! でもサージュを呼ぶと疲れるからあまりしないんだー」


 なるほど、魔力を使うから大きさでできることが限られているのかもしれないな。まあ、そんな感じでうちの妹も絶賛成長中という訳だ。

 

 そんな話をしながらアイナを背負ったまま食堂へ入るとすでにみんな揃っていた。 


 「おはよう」

 「おはようラース」

 「おはよう、ラース君、アイナちゃん!」

 「それじゃお願いね」


 母さんがメイドへ合図をすると朝食の準備が始まり、俺はアイナを椅子に座らせてから俺も着席すると、背の高い特注の椅子に座るサージュが口を開いた。


 <よく眠れたようだな。マキナとは門で待ち合わせか?>

 「そうだね、来れる人は見送りに来てくれるって言ってた。結婚式で会ったけど、それはそれだってさ。ありがたいよ」

 「むー、やっぱりマキナちゃんとお出かけするんだ! わたしも行く!」


 アイナがフォークでソーセージを刺しながらぷりぷりと怒り出した。どうも俺の彼女であるマキナを目の敵にしているらしい。けど、マキナは困った顔でやんわりあしらうのが上手いので仲は悪くなかったりする。

 そこで母さんが目をぱちぱちさせながら俺に言う。


 「あら、アイナにはまだ言ってないの? アイナ、ラースお兄ちゃんは今日から王都に行くのよ」

 「おうと? もしかして七日くらい帰って来ないの?」

 

 きょとんとした顔でソーセージをもぐもぐさせていると、父さんが口を開く。


 「んー、七日って数えられるようになったのか偉いなアイナは」

 「えへへ」


 父さんに褒められ笑顔になるアイナだが、次の瞬間その笑顔が凍り付くことになる。


 「ラースは王都でお仕事をするんだ。だから、いつ帰ってくるかは分からないなあ。まあ、王都までは行こうと思えば行けるし、たまには帰ってくるんだろ?」

 「そのつもりだよ。……アイナ?」


 ソーセージを口からはみ出させポカンとしているアイナが『いつ帰ってくるかわからない』という部分をようやく理解し、悲鳴に近い声をあげた。


 「えええええええ!?」


 ――アイナはすぐに朝食をそのままに食堂を出ていき、俺達は早々に平らげると外に出る。兄さんたちの見送りは家の前までと決めていた。

 さっきも言ったけど、今生の別れになるわけじゃないから玄関で十分だと俺が提案した。


 「気を付けてね。知らない人が声をかけてきたらまず疑うのよ? あんたお金持ちなんだから」

 「母さん……俺はそんなに子供じゃないよ……」

 「ははは、この町以外はルツィアールにしか行ったことないだろう? この町は比較的平和だけど、苦い話になるが誘拐事件のようなこともあり得なくはない。他の町や領はまた違う側面を持つ。母さんはそこを心配しているんだよ」

 

 確かにそれはあるかと俺は頷く。


 「またね! オラ達はいつでも待ってるから」

 「辛くなる……ことはラースには無いかもだけど、そうなったら帰ってきてもいいってことを覚えておいてよ」

 「もちろん。その時は叔父さんかな俺も」

 「も、もう……ラース君のえっち……! マキナちゃんに言いつけるよー!」

 「おっと、それは困るな。それじゃ、行ってきます」


 俺は片手を上げて微笑むと、その直後、玄関の扉が開け放たれ息を切らせているアイナが立っていた。


 「どうしたのアイナ? お気に入りのかばんと服じゃないそれ。帽子と……虫取り網はよくわからないけど……」

 

 母さんがアイナにそう言うと俺に向かってダッシュしてきて抱き着いた。


 「わたしもおうとへ行くのー! もう帰って来ないなんていやだぁ!」

 「いや、別に帰って来ないわけじゃないよ?」

 「やー! ラースにいちゃんと一緒がいいのー!!」

 <ふむ、やはりこうなったか……>


 サージュが事情を知りつつもそう口にする。黙って出ていく案もあったのだが、後から暴れ出す可能性があるためこの場で窘めようと芝居をうってきたのだ。ちなみに先に言うのも【召喚】で何をしでかすかわからないので、このタイミングが一番良いと判断した次第。


 「アイナ、俺もこの町は好きだし、アイナのことも好きだ。だけど、今しかできないことってのがあるんだ。王都行きはそのひとつ。アイナにはまだ分からないかもしれないけど、俺は俺のやるべきことのために行ってくるんだ」


 俺がしゃがんでアイナの頭を撫でると、アイナは俺にしがみつき、大声で泣き始めた。

 

 「行っちゃやー! 一緒に行くのー! うあああああああああああああ! あああああああああああん!」

 

 予想通りといえばそれまでだけど、俺が大好きなアイナはわんわん泣く。でも、連れて行くわけにもいかないし、俺離れをするならここしかない。


 「アイナには父さんや母さん、兄さんもノーラにサージュも居るだろ? 俺はたまに帰ってくるから、みんなと一緒に待ってて欲しいな。アイナはまだ小さいから危ない目に合うかもしれない。だからついてきたら兄ちゃんは心配なんだよ」

 

 何度か頭を撫でると、ようやく落ち着いてきたアイナが俺の顔を見上げて鼻をすする。


 「う……ぐす……にいちゃんがこまる?」

 「……そうだね。でもアイナに何かあった方が困るかな? ね、だから行かせて欲しい」

 「あうう……」


 なおも俺の服から手を離そうとしないアイナに、父さんが後ろから近づき、アイナの肩に手を置いて微笑みながら言う。


 「ほら、それじゃラース兄ちゃんが出発できないぞ? お兄ちゃんに嫌われるかもしれないよ?」

 「!」


 父さんの言葉にパッと俺から離れ、父さんに抱っこされた。真っ赤な目をして俺を見てまた涙をにじませる。そこへサージュが飛んできてアイナの手を取る。


 <うむ、偉いぞアイナ。お前もいつか分かるときが来る。ラースもみんなと、お前と離れるのは辛いのだ。もちろん我も。今はラースを見送ろう。我がいるからよかろう?>

 「サージュ……うん……」


 もう一人の兄ともいうべきサージュが諭すとアイナはシュンとして頷いた。


 「ちゃんと帰ってきてね……?」

 「当たり前だろ? 俺がどうにかなることはないけど、アイナに元気な姿を見せに帰る。だからきちんと勉強をして待っていてくれよ? 大きくなったら一緒に行けるかもしれない。ほら、可愛い顔が台無しだ」

 「……! うん! わたしがんばる! ティリアちゃんのお父さんとお母さんにお願いするー!」


 ハンカチで涙を拭いてあげると、パッと笑顔を見せてやる気に満ちた顔に変化する。さっきまで大泣きしていたのにね。


 ――これで家のことは大丈夫。今度こそ俺は一歩下がり、カバンに手をかけて片手を上げる。


 「それじゃ、行ってきます!」

 「行ってらっしゃい! 手紙くらいは出しなさいよ!」

 「気を付けてな。まあラースなら安心だが……マキナちゃんをちゃんと守れよ」

 「アイナは任せておいて」

 「オラ達が寂しくないようにするからね!」


 俺は微笑み踵を返し敷地を出る。最後に、サージュが穏やかな声を背中にかけてくれた。


 <また会おう、友達よ>

 「……ああ、必ず」


 少し泣きそうになる顔を両手で叩きながら、俺はマキナの待つ町の門へと向かうのだった――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る