第百七十九話 言葉を交わす兄弟たち

 

 月明りの夜、俺はひとり庭にある椅子に座り、テーブルに肘をかけて月を眺めていた。背後に気配を感じ、俺が振り返るとそこには見慣れたふたりが立って微笑んでいた。


 「ん、兄さん? それにノーラもいるのか。今日は結婚おめでとう」

 「ありがとうラース……今日は本当に嬉しいよ」

 「ありがとうラース君! オラ達三人はAクラスのみんなよりももっと前からずっと一緒だったし、ラース君にそう言ってもらえると嬉しいな」

 「そりゃあ当然だろ」


 とまあ、今日は兄さんとノーラの結婚式だった。すでに式ももう終わり、賑やかだった式場から家に帰って来たのだ。お酒の入ったグラスを口につけ俺は続ける。


 「兄さんは俺の兄さんだし、ノーラもずっと前から家族みたいなもんだったし、むしろ遅いくらいなんだけど、年齢がようやく追いついたって感じかな。正直なところ、きちんとここまで想い続けていた兄さんが凄いと思うよ」

 「ふふ、なんか照れるね。初めて会った時からこの子だって直感で思ったんだよ、前にも言ったけどラースに取られないよう必死だったなあ。……飲む?」

 

 兄さんがすっと後ろ手にもっていたお酒の瓶とふたつのグラスを俺に見せて笑い、俺は苦笑してそれを強引に受け取ると、俺と兄さんとノーラのグラスに注ぎテーブルに置く。

 ティグレ先生の結婚式の時はまだお酒が飲める年齢じゃなかったけど、今日は堂々と飲んで問題ない日だ。

 

 「んく……果実酒、美味しいねー。オラ、初めてお酒を飲んだけどこれ好きかも?」

 「ふう、ラースとノーラとこうやってお酒を飲めるようになった。僕達も成長したもんだよ、本当に」

 「はは、おじさんくさいセリフを言うのは子供ができてからにしてくれよ兄さん」

 「そ、そうかい? こ、子供……それこそまだ早いよラース!」

 「うう……は、恥ずかしい……あ! デダイト君……じゃなかった、あなた、お酒を一気に飲んだらダメなのー!?」


 何だかんだで背伸びしようとしていた俺達三人。やりとりがあまり昔と変わらないことに嬉しくなりながら、この世界のお酒は美味いなとグラスを傾ける。前世でも飲んでいたけど、こんなにおいしいお酒は初めてだ。

  

 ……それは多分、あの頃はやけになって嫌なことを忘れるために飲んでいたせいだと思う。この世界に産まれ、楽しいことや嬉しいことを体験し、自分の好きな兄さんやノーラが幸せになる。こんなに嬉しいことはない。そこへもうひとり、羽をはばたかせてサージュがやってきた。


 「あれ? サージュ、アイナは?」

 <興奮していたせいかもうぐっすりだ。……ほう、酒か。我にも頼む>

 「オッケー」


 俺は空いていたグラスにお酒を注ぎ、テーブルに座るサージュの前に置くと、器用に両手で持って乾杯をするよう催促する。


 「なんだい改まって? 乾杯」

 <乾杯>


 そう言ってごくごくと喉を鳴らし、美味しそうに飲むサージュ。今ではウチに住み着いて五年経つが、変わらず俺達の傍に居続けてくれる。そう思っていたことが伝わったのか、サージュはグラスを置き、口を開いた。


 <うむ、美味いな……今日はデダイトとノーラの結婚式。つがいになったこれを機に、我はお前達に感謝をしたい。あの時、我を止めてくれたノーラ、ティグレと、その武器を止めてくれたデダイトにラースよ。今こうして楽しく過ごせているのはお前達のおかげだ、本当にありがとう>

 「どうしたんだ急に? ……こっちこそ、俺達と一緒に居てくれて嬉しいよ」

 「サージュは頭もいいし、かっこいいよー!」

 「もしサージュが居なかったら、ルツィアールの騒動も、誘拐されたルシエラも大変なことになっていたかもしれないし、僕たちはサージュと友達になれて良かったと思ってるよ」

 

 俺達がそう言うとサージュは目を瞑り、しばらくしてから笑う。


 <はっはっは、お前達ならそう言うと思った。だからこそここに居る訳だがな。だが、人は成長していく。卒業、というものをしてから遊びに来る者も減った。それぞれの道を歩き出し、とても良いことだが、やはり寂しくもあるな>

 「まあ、仕事をしてお金を稼がないと食べていけないし、結婚をして子孫を残さないといけないから仕方ないさ」

 <うむ。我はいつ死ぬのかわからんが、確実にお前達より後になるだろう。アイナも、デダイトとノーラの子も、ベルナの子もきっとな。……これは友としての頼みだ。我が死ぬその時まで、お前達の子や孫と共に居させてもらいたい。だから、いっぱい子を産んで欲しい>

 「え、ええ……!? オ、オラはいいけど……」


 ノーラが困惑気味に返事をするが、やはり自分だけ生き続け俺達が死んでいくということを考え辛いのだろう。元々寂しがりやなサージュだしそれはわかる気がする。アイナを一生懸命世話するのはそういう理由もあるのかもしれないな。


 「僕は言われなくてもそのつもりさ。この町を守ってくれる優しいサージュが寂しくないよう語り継ごう。いつまでもね」

 「……俺はいつになるか分からないけど、その時がきたら必ず」

 「マキナちゃんとの結婚式、楽しみ!」

 「気が早いって」


 俺達がそう言うと、サージュは目を細めて頷いていた。こいつにも幸せになってもらいたものだ。ドラゴンの雌とかいるのかな?


 そのまま俺達は子供のころの話などに花を咲かせ、深夜まで盛り上がった。スキルを授かる時に出会ったノーラやルシエールの話、ベルナの先生との出会い、兄さんとの喧嘩など――

 

 「色々あったなあ……」

 「はは、ラースこそおじさんっぽいよ。……でも、これからだろラースは」

 「いつ出立するの?」

 

 言いにくそうにしていた兄さんがここぞとばかりに俺に尋ね、ノーラも寂し気な笑顔で聞いてくる。


 「……三日後。もう荷物の準備はしているし、いつでも発てるようにしている。兄さんの結婚式と俺の稽古も終わったし、待ってくれていたマキナと一緒に王都へ行ってくるよ」

 <……寂しくなるな……>

 「別に死ぬわけじゃないし、たまには帰ってくるって」


 俺がサージュの頭に手を置くと、じっと俺の目を見て口を開く。


 <ラースよ、お前はスキルを含め不思議なものを感じる。この町で終わる男ではない、と我は感じている。だが、突出して目立つ者は嫉妬や妬みを買う。覚えがあるだろうが、気を付けるのだぞ? マキナという伴侶もいる。あの誘拐犯のように人質に取られたりすることもあるかもしれない。そのあたり、油断するな>

 「ありがとう。肝に銘じておくよ。【超器用貧乏】で乗り切って見せる」


 俺の答えにサージュは頷き、握手をする。だが、次の瞬間サージュは項垂れて言う。


 <……まずは出発するところから大変だろうがな……考えただけでも恐ろしい……>

 「アイナか……泣くだけで済むかな……」


 実はアイナがスキルを授かるのも旅立っていない理由だったりする。

 だけどどうしてこうなったのか……お兄ちゃん子に育ってしまった。そんな俺が出ていくとなったら――

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