青年期 ~王都躍動編~
第百七十八話 旅立ちの前にやること
「……」
「……」
張り詰める空気の中、刃を潰した鉄の剣を構えてじりじりと間合いを詰める。見知った相手、何度も剣を交えているからタイミングも分かる。
……これが最後の一撃になるだろう、俺はフッと息を吐いて剣を持つ手に力を込めると一気に間合いを詰めにかかる。
「これで……!」
「……!」
二回、三回と立て続けに相手に剣を叩きつけるように振るうがもちろん、相手も黙って受けているはずもなく剣撃の音と寸前で回避した風切り音が耳に入る。
そして俺は確実に倒すため、自分の特技にまで昇華させた技を放つ!
「ドラゴン……ファング!」
「くっ!?」
左右のフェイントと高速の振り抜きでまるで噛まれたように両方から攻撃を仕掛ける技、ドラゴンファングを繰り出すと、相手の剣が宙を舞い地面に落ち、片膝をついた。
「……ふう、まいった。俺の負けだぜ、強くなったなラース」
痺れた手を押さえてにやりと笑う目の前の相手……ティグレ先生が俺にそう言う。汗を拭いながら先生に手を貸し立たせながら言葉を返す。
「先生のおかげですよ。今日も休みなのに稽古に付き合ってくれてありがとうございます」
「気にすんな。俺も教師をやり出してから戦う機会がめっきり減ったし、いい刺激になるんだ」
笑いながら剣を拾い肩に担ぐと、俺とティグレ先生の間に小さな人影が割って入る。
「らーすくん、パパに痛い痛いしたらダメなの!」
ティグレ先生とベルナ先生の娘、ティリアちゃんだった。今年五歳になる彼女はそろそろスキルを授かる時期になるけど、最近特によく動き感情が出るようになった気がする。
今もティグレ先生の前で手を広げ俺を威嚇していた。
「あはは、ティリアちゃんごめんね。パパが一番強いから俺の稽古はパパが一番いいんだよ」
「パパ、強い?」
「うん」
俺が笑いかけると、ティリアちゃんはにこーっと笑ってティグレ先生の足に抱き着いた。
「パパ、カッコいい♪」
「はは、お前は可愛いな」
「んー!」
ティグレ先生はティリアちゃんを肩に担ぎ笑う。そこへ近くでティリアちゃんと稽古を見ていたベルナ先生が近づいてくる。
「お疲れ様。ラース君、強くなったわねぇ」
「ありがとうベルナ先生。だけど、十回やって三、四回しか勝てないしまだまだ努力する必要があるよ」
「……お前、リューゼの前でんなこと言うなよ?」
「あいつは分かってくれますって」
リューゼは一回勝てるかどうかというレベルなので俺の勝ち数はいい方なのである。
――俺は卒業後、【超器用貧乏】でティグレ先生にこうやって稽古をつけてもらっていた。そろそろ卒業して一年が経つのだが、俺はまだガストの町に居たりする。
「……行くのね」
「うん。王都に行くよ、俺」
この約一年、この町にとどまっていた理由はもちろんある。
一つは、兄さんとノーラの結婚式に出席するためだ。ノーラが十六歳の誕生日を迎える今年、結婚すると決めていたのでそれを待っていた。すでに準備は整いつつあり、後は日取りが決まれば終わりなのでこれは問題ない。
もうひとつは俺の力を底上げするために訓練と稽古に励んでいた。
王都に行くことはマキナと決めていたんだけど向こうに行ったとして、『何をするのか分からない』のでとりあえずこの期間は自分の能力を上げることに集中していたのだ。
もちろん魔法はベルナ先生と行い、執務関連の内政的なものは父さんやすでに働いている兄さんの手伝いをし、色々と勉強した。
いわゆる領地経営なんだけど、これはどこかで活かせるような気がする。出向いたことはなかった村の拡張とか人口の調査とかだ。
他にも色々あるけど差し当たってはこんな感じかな?
「らーすくん、ティリアが遊んであげるー!」
「うーん、そうしたいけどそろそろ帰るよ」
「えー! わたし遊びたいよー」
「今度はアイナも連れてくるからまたね」
「……本当? ならがまんする……」
泣きそうな顔で俯くティリアちゃんの頭を撫で、俺は先生達に挨拶をする。
「それじゃ、次は兄さんの結婚式で!」
「おう、あの時のお返し、期待してろよ!」
「向こうへ行く前にもう少し魔法も鍛えておきましょうか。ティリアがどんなスキルを授かるか楽しみねぇ。ラース君みたいに器用貧乏でもいいかも?」
「はは、泥臭いスキルですから、可愛いティリアちゃんにおススメはできないですけどね」
「ママ、わたし可愛いってー!」
「はいはい、あなたもラース君大好きねぇ。それじゃまたねぇ」
俺は片手を上げて山を下りていく。空を飛んで行ってもいいけど、少しでも体に負荷がかかるように楽をしないよう気を付ける。
「ま、子供のころから通ってた道だし今更だけど」
軽やかに下っていくと、子供のころ住んでいた懐かしい家が見えてくる。庭は父さんが作った畑がまだ残っていて、引っ越した時に苗は移動したけど新しく野菜を植えたらしい。
そんな畑で見知った家族が土いじりをしているのが見えたので俺は声をかけた。
「こんにちは、今日はハウゼンさんもお休み?」
「おお、ラースじゃないか! ティグレ先生のところに行ってたのか?」
「ええ、いつも通り稽古をつけてもらいに行ってました」
すると、ハウゼンさんの後ろに隠れていた男の子が俺だとわかり、パッと笑顔で駆け寄ってきた。
「ラースおにいちゃんこんにちは! みて、おおきなじゃがいも! ぼくがほったんだよ!」
えっへんと胸を張るこの子はハウゼンさんとニーナの子供のトリム君。現在三歳でティリアちゃんの一つ下、アイナの二つ下になる。
赤ちゃんのころからアイナとティリアちゃんとよく遊び、幼馴染ともいえる存在なのだ。ただ、俺達みたいに顔見知りなら今のように元気よく挨拶してくれるけど、初めての人相手はめちゃくちゃ人見知りをする。
ニーナやハウゼンさんの後ろにさっと隠れてしまうほどに。
「ふふ、周りが女の子ばかりだから、男の子の遊びができるラース様が好きなんですよねこの子。そろそろデダイト様の結婚式ですけど、それが終わったらやっぱり出ていくんですか……?」
「うん。お金はあるけど、俺は器用貧乏がハズレじゃないってことを知ってもらうという目標があるんだ。王都なら実績を積める仕事もあるだろうし人も多い。だからうってつけって訳」
俺の言葉にハウゼンさんは複雑な顔をしつつも肯定してくれる。
「ニーナ、ラースは剣も魔法も強い。さらに古代魔法も使えるんだ、この町で収まる器じゃない。俺としても子供のころから知っているし寂しくもあるが。若いうちに外の世界を知っておくのは悪いことじゃないんだよ」
「それは分かりますけど……やっぱり寂しいですよ」
ニーナの表情が曇ったころに気づき、トリム君が俺の袖を引っ張って言う。
「らーすにいちゃん、どこかへいくの?」
「ああ、ちょっと遠くにね」
「えー……ぼくあそぶひとがいなくなっちゃうよ……」
「アイナやティリアちゃんと遊んだらいいんじゃないか?」
「あのふたりぼくをおいてはしっていっちゃったりするんだよー」
ぷうっと頬を膨らませて抗議の声をあげるトリム君に苦笑しつつ、俺はもう一回頭を撫でて歩き出す。
「ま、アイナには言っておくよ! またね」
「うん! ばいばーい!」
「行く前にうちで飯、食っていけよな!」
「奥様達によろしくお願いしますね」
ニーナ達一家に見送られ今度は丘を降り始める。俺はアイナになんて言ってやろうかとほくそ笑みながら家路につくのだった。
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