~幕間 6~ とある結婚式の話
「え? 俺達も行っていいんですか?」
「ああ、今年は担任じゃねぇがベルナに引き合わせてくれたのは他ならぬお前達だ。奥さんもルツィアール国では世話になったし、どうだろう?」
と、二年になった俺達の担任ではなくなったティグレ先生が家に来て俺達一家に頭を下げる。サージュをウチに迎え入れてからそろそろ一年。
いよいよティグレ先生とベルナ先生の結婚式が行われるという告知である。ふたりは学院の教員寮を引き払いあの山の家に引っ越していた。
たまに遊びに行くけど、ティグレ先生がいると別の空間に見えるのが不思議だと思う。もちろん悪い意味でなくね。猛特訓が懐かしいと思うくらいには成長したなと感じる。
俺が感慨深く思っていると、父さんと母さんがにこにこしながら了承していた。
「ベルナ先生はかなり前から息子たちが世話になっているから俺も嬉しい。是非参加させて欲しい」
「いよいよなのね! おめでとう! アーヴィング一家は必ず行きますわ。……というかどこでやるの?」
母さんが尋ねると、ティグレ先生は困惑顔で頭をかきながらそっぽを向き答えた。
「……まあ、ベルナが姫だからな。親父である国王様が城でやらないと許さんってなあ」
「はは、それは仕方がないよティグレ先生。俺達は顔を知っているし気にしないよ」
「それもそうだな。挨拶がてら頼むわ! サージュももちろん来るんだぞ」
<うむ。楽しみにしている>
そう言ってティグレ先生は他のクラスメイトのところへ向かっていった。休みだから家にはみんな居るだろう。ギルド部は引率の先生がいないとダメだから基本闇と光の日はお休みだ。
「結婚かー、オラもデダイト君とすると思うからよく見ておこうっと!」
「そうね。アイナも一歳になったし大丈夫でしょ」
「僕とラースの妹ながら、アイナは泣かないからね……。泣くときは目が覚めた時にサージュが居ないときか、ラースが構わない時くらいだもんな」
兄さんは寂しいと苦笑しながらサージュの背中の上で眠っているアイナを撫でる。兄さんもよく抱き着かれているし嫌われているわけじゃないんだけどね。
……まあ、ノーラと一緒のことが多いからアイナが近くに行きづらいだけだと気づくのはいつだろう? 俺はアイナが可愛いからあえて言わないのだ。サージュも。
それはともかく結婚式、楽しみだなあ。お城の結婚式だからきっと豪華だと思うしね。ベルナ先生と会って六年。最初はボロボロの見た目で“魔女”って言われてて驚いたのもいい思い出だなと思いつつ、プレゼントをどうしようかなどをみんなで話すのだった。
◆ ◇ ◆
「……ベルナ、今、なんと……?」
「はい♪ 結婚式はルツィアールでいいですけど、あまり豪華にしない方向がいいです、と」
「馬鹿な……! 姫の結婚式を質素にするなどできるものか! シーナの時は国を挙げてやったのだぞ」
「ふう、それが嫌なんですよぅ。お城でやるのはいいですけど、身内だけでいいです」
「ば、ばかな……」
ぴしゃりと言い放つベルナにがっくりと項垂れる国王、フレデリック。周りで話を聞いていた仕立て屋や料理人など、結婚式の打ち合わせをする職人が苦笑していた。
「グレースお姉さまに取っておいてくださいね、お父様」
「しかし、グレースはいつ結婚するか――」
「うるさいですわよお父様!?」
フレデリックが頭を振ると、応接室の扉がある方から怒声が響き、フレデリックが慌てて振り返る。
「お、おお、居たのかグレース!?」
「……まったく、油断も隙もありませんわね……。それより、いよいよ結婚するのね」
バツが悪そうな顔の父を睨みながらベルナに近づき、グレースはベルナの手を取ってやわらかく笑う。ベルナは目を細めて頷くと、グレースは話を続ける。
「あのティグレという方、お給料はまあまあだけど、真面目で優しいことは分かりましたし、まあベルナのお相手としては問題ないわ」
「ええ……よく遊びに来てましたけど、それを確認してたんですか?」
「う……ち、違うわ、妹に会いにいって悪いことはないでしょ!」
グレースはあの事件から半年ほど経ってからよく顔を見せるようになった。それまでは母であるルチェラの容態が回復するまで看病をしていたため動かなかったというわけだ。
しかし自由になったグレースはなにかにつけては騎士を連れてガストの町へ遊びに来ていたのだ。
「……あまり他国に足を踏み入れるのは感心しませんけどね、グレース」
「あ、お母さま」
すると、今度はベルナにとっての義母、王妃のルチェラが応接室へ入ってきた。グレースは気にした風もなく返事をし、ベルナは困った顔で口を開く。あの事件以来、顔を合わせるのが初めてだったからだ。
「……王妃様、お久しぶりです。お体はもう大丈夫ですか?」
「……ええ、あなたも元気そうで。それより結婚ですって? 大丈夫なの? 顔はいいの? お金は稼げているのかしら? 貯金はあるの?」
「あの、王妃様……?」
捲し立てるように言うルチェラに、ベルナが声をかけようとすると、代わりにグレースが口を尖らせて言う。
「お母さま! 言いたいことはそんなことじゃないですわよね?」
「う……で、でも、仮にも姫がどこの馬の骨かもわからないような男と結婚するなんて名折れでしょう!?」
「あはは……」
さっき見た光景にやっぱり親子なんだなとベルナが思った瞬間、ルチェラが一瞬目を伏せた後、ベルナに頭を下げた。
「……ごめんなさいね、ベルナ」
「ふえ!? あ、頭を上げてください!」
「あなたの母親、クラリーに嫉妬する心を利用されて古代の皇帝に乗っ取られて酷いことをしてしまったわ。ううん、もっと昔……あなたが子供のころからいじわるばかりをしてた……」
「……あれは先代国王がわたしとお母さんを忌み嫌っていたから、そうせざるを得なかったんですよね?」
ベルナはルチェラの肩に手を置いてそう言うと、ハッとして顔を上げる。
「知って、いたの?」
「それを知ったのはつい最近なんですけどね。お母さんの残してくれた遺品の中に手紙があって、お母さんがそう書いていたんですよ」
「……そう」
すると、ルチェラは口元に優しい微笑みを浮かべながらため息を吐き続ける。
「クラリーはメイド時代、わたくしの友達とも呼べる存在でした。仲はとても良かったわ……でもあの人と恋仲になったと聞いた時、裏切られたと思った。だからわたくしは……」
「ってことはやっぱりお父様が悪いんじゃない。別に一夫多妻でもいいですけど、正妻を差し置いてはいけませんわねえ?」
「え、そこで俺の話になるのかい!? こほん、仕立て屋、ドレスとスーツについて話をしようじゃないか。そうだ、今日は天気がいい、庭で、な?」
そう言ってそそくさと応接室を出ていくフレデリック。それをグレースが鼻息を荒くして見送る。
「まったく、お父様は。あれでよく国王をやっていられますわね」
「あの人はいざという時は決断力に優れるんですけど、基本的には誰かに支えられないとダメですもの。ふう、ちょっと横やりが入ったけれど、ベルナ今までごめんなさい。それと、結婚おめでとう。クラリーに託されたあなたには何もしてあげられなかったけど」
「大丈夫ですよぅ。色々複雑な想いがあったことは今の歳になってから分かりましたし。だから、王妃様顔を上げてください」
ルチェラは顔を上げた後、ベルナに向かって言う。
「……王妃、じゃなくていいのよ? お義母さんと呼びなさいな」
「いえ、急には難しいですよぅ……」
「?」
やはり親子だとグレースをみながらベルナは苦笑し、グレースが首を傾げる。長いわだかまりが、解けた瞬間だった。
そして少しだけ月日が経ち――
◇ ◆ ◇
「新郎・新婦の入場です!」
パチパチパチと盛大な拍手を受け、白いタキシードと白いドレスに身を包んだティグレ先生とベルナ先生が入ってくる。というか司会が……そう思っていると、隣にいるリューゼが耳打ちしてくる。
「……なんでよりによって司会がバスレー先生なんだよ……」
「俺に聞かれても……ティグレ先生のところの副担にってのと去年の対抗戦でベルナ先生と実況をやっていたからじゃ?」
「何もやらかしませんように……!」
マキナが祈るように言い、Aクラスの席は声に出さないようにくっくと笑う。命の危険を冒してまで何かするとは思えないけどね。
そんな空気とは裏腹に式は予定通り進み、新婦側の代表として長女のシーナ様が挨拶をしていた。
「……ということで、長く離れ離れになっていた妹と和解でき、こうして結婚式をすることができて……ほんとうに……ぐす……良かったです。以上で挨拶を締めさせていただきます」
「シーナお姉さまったら……」
ベルナ先生が涙ぐんでぽつりと呟く。
「ありがとうございました! 姉妹の絆、いいですねえ……わたしも結婚……いえ、なんでもありませんですのことよ? では新郎側の親族挨拶……ってティグレ先生?」
本来なら父親や母親、親族が挨拶をするものだけどティグレ先生には身内が居ない。そのため新郎挨拶と含めて自分で言うらしい。
「……今日、ここに集まってくれた人にまず感謝するぜ。正直、俺みたいなやつが結婚できるなんて思ってもみなかった。英雄と言われて舞い上がり、国から逃げ、何も為せなかった俺がだ」
「先生……」
べリアース国のことを話すティグレ先生はさらに続ける。
「俺は幸せ者だ。ベルナがそばにいてくれるのはもちろん、慕ってくれる子供達に、結婚を認めてくれた国王様。みんなに囲まれて、これ以上嬉しいことはねぇ。頭は良くねぇ俺だが、これからもバシバシ自分とクラスのやつらを鍛えていくからよろしく頼むぜ。ベルナ、これから一緒に生きていこうな。今日は……ありがとうございました!」
「ティグレ……」
「いいぞー! 先生かっこいい!」
「幸せにね!」
「うう、いいですねえ……」
俺達は拍手をしながら声を上げ、母さんやニーナも嬉し涙を流しながら拍手をする。国王様は号泣し、王妃様もあの時とは違い、憑き物が落ちたかのように笑顔で頷いていた。
するとそこへ学院長先生が立ち上がり、国王様達に一礼をした後、司会であるバスレー先生の横へ立った。
「学院長……?」
学院長先生が前に出て俺達が不思議がっていると、ティグレ先生が困り笑いをしながら肩を竦め、学院長先生を見ていた。咳ばらいをひとつした後、学院長先生が口を開く。
「突然、進行を変えてしまい大変申し訳ございません。ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、私はレフレクシオン国にあるオブリヴィオン学院の学院長を務めております、リブラと申します。本日はこのようなめでたい席にご招待していただきありがとうございます」
もう一度頭を下げ、顔を上げた後に話を続ける。穏やかな表情でゆっくりと。
「彼には身内がおりません。さらに幼いころに戦争をさせられ、とても辛い経験をしました。しかし、彼は腐ることなく、恨むことなく、自分と同じ過ちを子供達に起こさせないため、必死に勉強し教師になった。私はそれを聞いた時、こんなに度量があり、優しい男がいるのかと驚愕したものです。私の学院に呼び、今ではここにいる生徒たちに慕われる立派な教師となり誇らしく思っています。きっと国王様の期待に応え、ベルナさんを幸せにしてくれることでしょう」
「うむ」
国王様が頷き、最後に一言、添える。
「私は彼の成長をずっと見てきました。血は繋がっていませんが、今は父としてお祝いの言葉を述べたいと思います。……ティグレ、ベルナさん、結婚おめでとう!」
「……学院長。へっ……何を言うかと思ったら……こっちころありがとうだってんだ……」
「ふぐ……ありがとう、ございます……」
ティグレ先生は学院長が何か言うことは知っていたらしく、目に涙を溜めて鼻をすする。学院長は俺達にウインクをしてから着席した。
教師になってから出会ったって聞いたことがあるけど、もしかしたらその時色々あったのかも。学院長先生も優しいからね。その辺の話もいつか聞いてみたい。
「ウチのボスがいい話をしたところでケーキの登場ですよ! お待ちかねのお酒もありますぜ、へっへっへ!」
続けてケーキ入刀に乾杯、食事を楽しみつつたまに国王様や王妃様からのお言葉があり、グレース様が国王様にツッコミを入れる。そんな中、王妃様を含め、家族みんなに囲まれているベルナ先生を見て、心の底から良かったと思った。
「バスレー、てめぇ俺の皿からエビを盗ったろ今!?」
「ふあんのふぉとふぁわふぁりまへんえー」
「先輩、お行儀が悪いですよぉ……?」
「ひぇっ!? ご、ごめんなさいー!」
……うん、本当に良かった。
バスレー先生は見なかったことにして食事に戻っていると、ウルカがてくてくとベルナ先生の下へ歩いていく。サージュも一緒に。
「? ウルカ君、どうしたのかしらぁ?」
「えっとね、ベルナ先生のお母さんが最後に挨拶がしたいって」
「え!?」
その場に居た全員が息を飲み、ウルカの様子を見守る。なにやら魔力を込めた瞬間、薄っすらとベルナ先生によく似た女性が浮かび上がる。
「お、母さん……!?」
「クラリー……!?」
ベルナ先生と国王様が声を上げると、ベルナ先生のお母さんは微笑み、口を動かす。
『――』
「……なんて言ってるんだ?」
「久しぶり、かな……? 本人の精神力によるところが大きいし、時間が経っていると存在が希薄になっちゃうんだよね。悪霊にならず成仏するタイプの人だけど」
ウルカが残念そうに言うが、ベルナ先生は今までに見たことが無いくらい泣き声をかける。
「あの、あのね……わたし、今日までちゃんと生きてきたよ……お母さんのおかげ……生んでくれてありがとう……結婚式に姿を見せてくれて、う、うれ、嬉しかった……!」
『――』
その言葉に、にっこりと微笑んでベルナ先生の頭に手を伸ばすが、やはり何を言っているのかは分からなかった。
そこへティグレ先生がお母さんの前に立ち頭を下げた。
「……俺はティグレ。しがない教師だが、今日ベルナと結婚させてもらった。若くして亡くなったお母さんの代わりに、俺が必ずベルナを幸せにする……します、から。安心してください」
『――』
お母さんはやっぱり笑顔で、ティグレ先生にぺこりと頭を下げた。
そして最後に――
『幸せにね、ベルナ』
そう言って空へと上がる。
<うむ、迎えも来ていたようだ>
「え?」
サージュが口を開くと、天井付近にいつの間にか天に帰ったはずのレイナさんとテイガーさんが笑って手を振る。
<これが本当のお別れか? 未練は無いのだな?>
サージュが聞くと、レイナさんはぐっと拳を前に出しウインクした。テイガーさんは苦笑し、頷く。
<……そうか。ベルナの母君と共に安らかにな>
「サージュ……」
「あーう?」
サージュを慰めるように後ろから抱き着くアイナ。そして、三人は笑いながら、今度こそ本当に光と共に消えた。
「お母さん……ありがとう……」
「……」
泣くベルナ先生の肩を寄せ、ティグレ先生は消えた三人の居た場所をいつまでも見ているのだった。
……お母さんはベルナ先生をティグレ先生に託して心置きなくあの世へ行った。俺も一度は死んだ身だけど、心配する相手も、される相手も居なかった。死してなお心配されるベルナ先生を素直に羨ましいと思った。
俺も結婚する時には、父さんや母さんが胸を張れるような人間になっておきたいと、心から思う。
だけど今日の主役は俺じゃない。だから一言だけ。
「結婚おめでとう! ティグレ先生、ベルナ先生!」
そう言った俺にティグレ先生は顔を向け、ニカっと歯を出して笑ってくれたのだった――
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