第百七十七話 真っすぐ前を見て
「ラースにいちゃん! 帰ったらパーティ、パーティ♪」
<我は牛ステーキが食べたいな>
「ほら、アイナ、ママが抱っこしてあげるからおいで」
「アイナ、抱っこはにいちゃんがいいー!」
リューゼとブラオの再開を邪魔しないように俺達とAクラスのメンツは移動を開始し、俺の周りをアイナとサージュがくるくる回る。
「さて、俺達は一回帰ってからお前んちに集合でいいんだな?」
「うん。対抗戦と同じで申し訳ないけど、いつものパーティをするつもりだよ」
「このまま行ってもいいけど、両親も呼ばれているし一緒に後から向かうよ」
「僕も行くね! ……ラース、頑張ってね」
ジャックとヨグスがそう言って離れ、ウルカが俺に耳打ちをして手を振りこの場を去る。頑張る、とはこの後のこと……そう、クーデリカに言われた屋上の呼び出しのことだ。
「アタシはこのまま行こうかな? いいかしらあ?」
「わたしもお母さん達を呼ぶんで、お母さん達のところへ行きます!」
「ヘレナちゃんはオラ達と一緒に行こう! ラース君は……やることがあるもんね」
「……ああ」
「? ……なるほどね」
ノーラが神妙な顔で俺の顔を見てそう言った。ヘレナは最初なんのことか分からなかったみたいだけど、門とは逆、建物へ向かって行くマキナ達三人を見て察したようだった。そこに父さんが話しかけてくる。
「ラース、何か用事があるのかい? 先に帰っているよ?」
「え、ラースにいちゃん一緒じゃないの……?」
「ちょっと最後に教室を見ておこうと思ってね。アイナ、すぐ帰るから大人しく待っててよ」
「むー。分かったよ、デダイトにいちゃんとノーラちゃんと遊んでる! サージュ、行こ!」
<うむ。背に乗るか?>
「ううん、走った方が体力がつくんだよ」
「こけるから歩きなさいね」
「待ってーアイナちゃん!」
そう言って駆け出していくアイナを母さんとノーラが追い、兄さんと父さんが苦笑し歩き出す。残ったヘレナは俺に向き直り一言。
「……ラースが何に困っていたのかアタシには分からないわあ。でも、真面目なラースのことだからここまで誰とも一緒にならなかったのはなにかあったんでしょうねえ? だけどここで決めるってことは自分の中で答えが出た、ってところかしらあ?」
「……そうだね。みんなには心配もかけたし、申し訳ないことをしたと思っているよ。それも含めて、俺は俺の決めたことを三人に伝える」
俺はポケットにあるものを触りながらヘレナに応えると、ヘレナは笑いながら踵を返す。
「あーあ、アタシも待てば良かったかなあ?」
「え?」
「なーんてね? きゃは♪ ……また後でね」
「あ、ああ。……行ってくるよ」
もうすでにこの場に居なくなった三人に追って俺は屋上を目指す。
「静かだな……」
外はまだ喧騒が絶えないが建物内は五年生のクラスが中心のため人がまばらにしか居ないからだ。ふと窓の外を見ると、Eクラスのガースや、Dクラスのチルア達がクラスの仲間と泣き合っていたりするのを見て、本当に卒業するんだなと少し寂しくなる。
「楽しかったよな……」
屋上の扉の前でポツリと呟き取っ手を握る。不思議と建物の中と同じく気持ちは穏やかだった。扉を押して俺は屋上へ出る。
「いらっしゃい、ラース君」
そこにはクーデリカが仁王立ちにしていて、真面目な顔のマキナと困った顔のルシエールが横に並ぶ。ドアが閉じると、クーデリカが一歩前へ出て口を開いた。
「……なんで呼ばれたかは、分かってるよね?」
「ああ」
「今日が最後。ラース君は卒業したら王都へ行くって聞いてる。だから、今日が最後」
噛みしめるように二度言い、続けるクーデリカ。そして、少しだけ俯き、沈黙の後、俺の目を見て深呼吸し、言う。
「わたし……クーデリカはずっとラース君が好きでした! 見てくれないから気が無いフリをしたこともあったけど……やっぱり、あの時初めて依頼をした時のラース君がかっこよくて好き。わ、わたしと、付き合ってくれない、かな……?」
ほんのり頬を赤らめ、出会ったころから変わらないツインテールを揺らしながら拳を握る。クーデリカはマスコットみたいで可愛い子だ。少しひねくれた時期もあるけど、素直で一途なところが彼女のいいところだと本当に思うし魅力だろう。
だけど、俺の答えは決まっていた。
「ごめん。俺はクーデリカとは付き合えない」
「……!」
大きく目を見開くクーデリカが俺のところに歩いてきて、手を上げる。叩かれるかと思い俺は目を瞑る。 これも覚悟していたことだ、ずっと気持ちを知りつつ答えを出さなかったんだ。【金剛力】で殴られても仕方がないと。
だが、俺の予想とは裏腹に、ふわりと体が包み込まれた。慌てて目を開けると、クーデリカが両手で抱き着いていた。
「ク、クーデリカ……?」
「ふふ……これで最後。ラース君の口からきちんと聞けたから、もう……おわ、り……う、ぐす……」
俺の胸で泣きだし困惑する。マキナとルシエールに目を向けると、微笑みながら頷く。抱き返してやれと。ぎこちない動きでクーデリカを抱きしめ、泣き止むのを待つ。数十分ほど経っただろうか? クーデリカが泣き止み、そっと離れていく。
「えへ……ごめんね、びっくりさせて。分かってたことだけど、やっぱり辛いね。でも、ありがとう、はっきり言ってくれて」
そう言って笑うクーデリカは昔のままの笑顔だった。俺の胸がチクリと痛む。俺が口を開こうとすると、クーデリカが俺の唇に指を当ててウインクする。そして、ルシエールが前へ出て微笑むとクーデリカが下がる。
「次は私。でも、私はお礼を言いたい、かな? 領主邸で変なお医者さんの人質になったり、私の代わりに誘拐されたお姉ちゃんを助けてくれたこと。あの時、私達が人質にならなければってずっと気にかかっていたわ」
「あれは仕方ないよ。不幸中の幸いだったし、ふたりが無事で良かったと思う。だから気にする必要はないんだ。ルシエラだってみんなで助けたじゃないか。だから俺だけってわけじゃないさ」
俺がそう言うと、ルシエールはにっこりと微笑んで頷く。
「うん……ラース君ならそう言うと思った。だけど、やっぱり先陣を切って助けてくれたのはラース君だったから、だからありがとう」
ルシエールがそう言った後息を吸って真っすぐ俺を見る。
「……こんな私だけど、五歳で初めて会ってリューゼ君から助けてくれた時から私はラース君が好きでした。でも、これからどんどん凄い人になるラース君とは……私は釣り合わないから、気持ちだけ言わせて? ずっと好きでした!」
「……っ」
ルシエールは笑いながら涙を流しそんなことを言う。ルシエールはあの時からだったのか……俺も可愛い子だと思っていた記憶がある。
「……ごめん。ずっと何も言わずに……」
「ううん。私はラース君があのお医者さんを倒した時、負い目もあったけど、横に並ぶのは無理かもとも思ってたんだよ。でも予想通り、ラース君は凄い人になった。だから、私はお礼と気持ちだけ、ね?」
……正直、ルシエールと一緒に旅をしたり王都に行った場合、スキルが分かればこの前のように狙われることは多いんじゃないかと思う。優しいルシエールにはこの町で穏やかに過ごして欲しい。
「ふたりともごめん。俺には……好きな人がいるんだ」
「……うん」
「……」
俺がそう言うとルシエールが頷き、マキナが体を震わせる。俺はふたりの間を抜けてマキナの下へ向かう。
「ラ、ラース君、好きな人、居たんだ……ま、まさか、リース? それともミズキさん、だったり……?」
恐る恐る上目遣いで俺に尋ねてくるマキナ。この状況でその選択が出てくるとは……と俺は苦笑する。
「し、知ってると思うけど、私もずっとラース君のこと好きだったの。スライム討伐の時、同い年で凄い魔法を使ったり、冷静な判断ができたりカッコいいって思ってた。で、でも好きな人が居た、んだ……」
マキナの目にじわりと涙が浮かび、手で拭う。
「あ、あれ、おかしいな。誰が付き合うことになっても後悔しないって決めてたのに……あれ……」
自分でも不思議だといった感じであふれ出る涙を拭うマキナ。そんな彼女の手を取り、俺はポケットに入っていたイヤリングを手渡す。
「あ、え……? これは……?」
「……これ、昔ティグレ先生がベルナ先生に渡すためのプレゼントだったんだ。ベルナ先生が誘拐された時に落としたのを俺がずっと持ってて、返しに行ったら先生に言われたよ『いつかお前が大事にしたい人に渡せ』ってね」
マキナがきょとんとした顔で、俺とイヤリングを交互に見る。そして言葉に意味に気づいたマキナが顔を赤くしてあわあわとし始めた。
「え、そ、それって!? ラース君の好きな人って――」
「マキナだよ。これからも一緒に居て欲しいと思う」
「う、うう……ラ、ラースくぅぅん!」
「おっと」
マキナが長い黒髪を揺らし、赤い顔のまま俺に抱き着いてきたので、抱き返す。気を張っていたからか、泣き止まないマキナの髪を俺はそっと撫でる。
サージュの火球を殴る勇ましさがありながら、アンデッドを怖がる可愛いところもあるマキナ。無茶をするのを放ってはおけない子だ。
「……良かったねマキナちゃん」
「あーあ、いいなあ。わたしもラース君と冒険者しながらイチャイチャしたかったあ」
「こればかりはラース君の気持ちもあるし」
「でも領主の息子だし、チャンスあるかも?」
「もう、クーちゃんったら!」
ルシエールとクーデリカがそんなことを言い笑い合う。確かにその通りなんだけど、マキナを気にするようになったのが精いっぱいなので多分そんなことになったら俺の心が破綻しそうな気がする……
「ごめんね、ふたりとも……」
「いいよ。マキナちゃんなら諦めもつくよ! 三人でずっとここまでやってきたんだし」
「そうそう。……幸せになってよ?」
「そこは……頑張るよ」
「うふふ、そうだね、もしマキナちゃんを不幸にしたらクーちゃんとお仕置きにいくからね!」
「そりゃ、気を付けないと」
ルシエールが元気にそう言い、俺が肩を竦めるとその場にいたみんなが笑う。ふたりのことも好きだけど、それは恋愛の好きじゃない。五年かけて、恋愛というものがようやくわかった……気がする。まだスタート地点だから、これから頑張っていかないとね。
「はあ……泣いて笑ったらお腹すいちゃった。さ、振られた腹いせにパーティでは食べるよー!」
「私も! クーちゃん一緒に食べようね」
ふたりは先に扉から出ていこうと歩き出す。あと腐れが無いとは言えない。けど、笑顔で居てくれたことは俺にとってかなり助かった。
「俺達も行こうか」
「うん! ……ありがとう、ラース君」
「ん……似合うよそれ」
イヤリングを付け、改めて笑いかけられると一気に顔が赤くなる俺。昔はこんな気持ちになったことがなかったから驚きと新鮮な感覚だと思った。
――そんな空気の中、出ようとした扉が激しく開かれ、俺達は一瞬立ち止まった。そして屋上へ来た人影は俺を見てぐっと拳を握る。
「見つけましたよラース君! 屋上に行く姿を見かけたとリーク情報がありましたが正しかったようですね! パーティするんでしょ!? わたしも連れて行ってください!」
「バスレー先生!? あ、そっか……今年は一年生の担任だから誰にも呼ばれてないんだっけ……」
「その通り! 前に担任をやったよしみで是非! 損はさせませんから!」
「いや、いい雰囲気が台無しなんだけどさ……」
「へ? あ、ルシエールちゃんにクーデリカちゃん? なんで両脇をがっちり固めるんですか? 笑顔が可愛いですね! あ、あああああああ!?」
バスレー先生はルシエールとクーデリカに引きずられ絶叫と共に消えた。最後まで騒がしい人だったな……
「あはは、もうバスレー先生ったら変わらないわね」
「だなあ。俺達も変わることなく一緒にいれたらいいな」
「……大丈夫よ。私は五年も待ったのよ? もう今更誰か他の人なんて眼中にないわ」
「あ、今の嬉しいかも」
「もう……さ、行きましょ!」
――マキナは満面の笑みで俺の手を引き、一緒に学院を出る。
「ラース君?」
「いや……」
一瞬門の前で学院を振り返った俺に声をかけてくるマキナ。すぐに向き直り歩き出す。これで本当に卒業だ。色々あった本当に。前世を通してもこれ以上ない充実感があったのは間違いなく、尊いものだった学院生活だ。
明日からクラスの仲間は居ないけど、またいつか出会う時に胸を張れるよう、まっすぐ前を向いて生きていきたいと思うのだった――
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