第百七十六話 ラース=アーヴィング、卒業!
式のため会場へぞろぞろと歩いて行くと下級生達が目に入る。そんな中、ひそひそと声が聞こえてきた。
(あ、ラース先輩よ、やっぱりかっこいいわね)
(馬鹿、リューゼさんの強さを知らないのか? 伝説の大剣を持ってるって話だぞ)
(ギルド部を作ったマキナ先輩よ! クールよね、ああいう人になりたいわ!)
(ウルカさんだってやっぱり。優しい顔をしてアンデッドを使役するギャップがいいわ……)
(知的なヨグス先輩もカッコいい……)
などなど、ギルド部や武器、対抗戦といった活躍から結構注目を受けていたりする。
「最後だけど照れるな」
「わたしとパティちゃんのことは何かないのー? つまんないー」
「対抗戦のクーちゃんは凄く人気よ?」
「怪力女って言われてるの知ってるもん……」
クーデリカが頬を膨らませてずんずんと歩いていき、俺達は苦笑する。そろそろ入るかなと思ったその時、後ろから声をかけられた。
「やあ、ラース君」
「あ、ルクスじゃないか。おはよう」
「結局、最後まで君には勝てなかったな」
「何言ってるんだ、生徒会長を務めたのに」
一年の時にあの手この手で妨害をしてきたルクス。
あの説教以降、その頭脳はいかんなく発揮され対抗戦や学院生活の改善に活かされていた。ずっと学年の代表を行い、五年生では生徒会長としてみんなの為に頑張っていた。
「お姉さんは?」
「来ているよ。相変わらず親は無関心ってやつだけどね」
悪態をつける程度に割り切れるようになったルクスがため息を吐きながら笑う。
「終わったら向こうに帰るんだろ? 仕事は何をするか決めてたりするのか?」
「とりあえず打ち上げをしてから帰るつもりさ。仕事はそうだなあ、帰ってから考えようかと。君のお兄さんみたいな兄貴なら良かったんだけど、きっと僕の方が優秀だから面倒くさいことになりそうなんだ。おっと、そろそろ行こうか」
「そうだな。……応援してるよ。ルクスはくじけないと思う。対抗戦であれだけ俺とやり合ったんだし」
「ありがとう。負けたものの、君にそう言われると何とかなる気がするよ。近くに来たら是非寄ってくれ」
ルクスは踵を返し会場へと向かって歩き出す。黙って見守ってくれていたリューゼが頭の後ろで手を組んで誰にともなく言う。
「あいつも変わったなあ。領主の次男、ラースを目の仇にしつつも、参考にしてたって感じか」
「さあ、そこは本人にしかわからないけど、自分の中で自信を持てるようなものがあったんじゃないかな?」
「ラース君にもあるの?」
「……内緒」
パティの問いに意地悪く答え、俺達は笑いながら会場へ――
「ああ、ラース君!」
――行こうと思ったらミズキさんに声をかけられそうになり……
「あー! ミズキさんじゃないっすか! 来てくれたんですね!」
「ち、違う!? 私はラース君の卒業をだな!」
「またまたぁ。この前の依頼、俺に荷物持ちをさせてくれたじゃないですか! あ、なんで逃げるんすか!」
「ま、また後でなラース君!」
「あ、はい、気を付けて!」
急に現れたイーファから逃げるようにこの場を立ち去るミズキさん。結局イーファに構ってあげるので優しい人だと思う。そういやマッシュさんはどうしたんだろう。最近見ない。
「待ってくださいよー! ミズキさーん!」
「ええい、しつこい! 会場へ行かんかー!」
「ぐへえ!?」
「ミズキさんも難儀だな……」
「イーファ君が逞しすぎるのよ……」
呆れながらふたりを目で追う俺達。他にもナルやネミーゴ、ホープやオネットといったメンツと挨拶をかわし、会場へ入る。
ばらばらと下級生が入ってくる中、俺達は前の席に座り時を待つ。入学式以外だと兄さんの卒業式以来か。
少し緊張しながら周囲を確認していると、何故か空いている椅子がAクラスとCクラスにひとつずつあることに気づく。何だろうと思っていると、思いがけない人物がそこに座る。
「あ、ああ!? ヘ、ヘレナじゃないか!?」
「え!? あ、本当……! どうしたの!?」
「うわあ、久しぶりだよ!」
「おお、めちゃくちゃきれいになってんな……」
「はあい♪ みんな久しぶりねえ! 学院長先生から招待を受けて来たのよう。アンシアも、ね?」
見ればCクラスの空席にアンシアがいつの間にか座っており、Cクラスが沸いていた。俺達もまさかのサプライズに驚きと喜びを隠しきれない。ジャックの言う通り、アイドルとして活動しているからか、それとも成長したからか、あの頃よりも女性らしい体つきになり、派手でない化粧が魅力を引き立たせていた。
「これは嬉しいね。パティを加えたAクラス全員で卒業できるなんて……」
「そうだね! ふわあ、可愛いねー」
「ありがとノーラ♪ あなたも大きくなって美人になったじゃない」
ヨグスが涙ぐみ、ノーラがため息を漏らすとヘレナがノーラに笑いかける。マキナやルシエール、交代で入ったパティにクーデリカと、女子たちがこぞって話かけ盛り上がる。
王都の学校は厳しいけど、やはりきちんとしているため快適に過ごせていたとのこと。もちろん、オルデン王子も居て女子はそっちにお熱だったと面白おかしく話してくれた。王子も元気そうでなによりだ。
やがて全員が揃うと周囲がシンとなり、卒業式が始まる。
「これより卒業式を始めます。まずは学院長先生からの祝辞となります」
ベルナ先生が進行役のようで、静かな空間にキレイな声が響く。なんだよ、ティグレ先生もう泣いてるし。
学院長先生が壇上に上がり一礼し、壇上の机に手をかけて咳ばらいをした後口を開く。学院長先生もお世話になったな……
「まずは卒業おめでとう! 無事に全員、卒業できることを心から感謝する。明日から君たちは自由の身。学院に縛られずに生きることになる。家業を継ぐもの、さらに勉学を励むもの、冒険者として活躍を夢見るもの、様々な人生があると思う。どう生きるかは自由。しかし、自由ではあるが、自身の行動には責任を伴うことを忘れないで欲しい。何でもできる、だが、それは自制も必要だということなのだいうことを」
自由の不自由、か。案外、自由とは制限や決めり事があって初めて言えるとかそういう話だったと思う。実際、制約のない自由になると人間不安になるものだ。
「辛いこともあるだろうし、人に騙されたり裏切られたりすることもあるかもしれない。挫けそうになった時はここでの生活を思い出して欲しい。もちろんどうしても辛いならここへ帰ってくるといい。私や先生はここに居るからね。さて、色々あるけど、今までの学院生活で学んでくれていると思うので、これくらいにしておきたいと思う。君達の人生に幸あれ! 以上だ!」
パチパチパチと会場から拍手が上がる。
多分、本当に困って門を叩けば学院長先生は助けてくれる。そういう厳しくも優しい先生なのだ。
そういえば魔物化させた奴らはあれ以降出てこなかった。諦めたのか、他に目的が出来たのか? 学院長先生はそれを気にしていた。骨を調べた結果、人間の骨格ではなくなり、本当にオーガになっていたとのこと。この薬が出回っていたらと思うとゾッとするけど、レフレクシオン王国では他に事件になった記録はこの三年間無かった。
「続いて、卒業生の謝辞。Aクラス、ラース=アーヴィング君」
「はい」
「頑張って!」
ルクスが会長なんだからそれでいいじゃないかと言ったんだけど、最後は領主の息子が締めてくれとお願いされたのでやることになったのだ。
「Aクラスのラース=アーヴィングです。今日は俺達の卒業式にお集まりいただきありがとうございます。あー、言うことを決めてきたはずなんですけど、ここに立ったらそういうの全部飛びました」
俺の言葉にクスクスと笑いが漏れる。緊張でわすれたと思っているようだ。だけど、俺の言いたいことは違う。壇上に立って先生達とクラスメイト達を見ていると、綺麗な言葉は違う気がしたのだ。
「俺が……俺達が言いたい言葉は多分一つなんですよ。先生達、ありがとうございました! 迷惑をかけたけど笑って窘めてくれたり、本当にヤバいときは本気で怒ってくれ、クラスメイトを助けるのも必死だった先生達が本当に好きでした。俺が領主の息子としてここに居られるのはティグレ先生とベルナ先生、学院長先生のおかげです」
ベルナ先生がうんうんと頷き、ティグレ先生がもう限界だ。続けて俺は話す。
「それとクラスのみんなと卒業する他のクラスの仲間にもありがとうと言いたい。友達というかけがえのない宝となってくれたAクラスのみんな。切磋琢磨して競い合い、勝負の厳しさと楽しさを一緒に体験してくれたBからEクラスの皆に心から感謝をしたい。みんな、ありがとう!」
「いいぞラース! 俺もお前と友達で嬉しいぜ!」
「ふん、僕は友達じゃない。ライバルだ!」
「ボクも大好きだぞーー!」
リューゼやルクスが叫び、他のみんなも拍手をしながら何か色々叫びあっている。
<我も嬉しいぞ!>
「ラースにいちゃんかっこいいー!」
「かっこいいー!」
サージュとアイナ、ティリアちゃんが立ち上がって頭の上でぱちぱちと拍手をしているのが見え、微笑ましくつい笑みが浮かぶ。
「以上、ラース=アーヴィングでした! みんな、またどこかで会おうな!」
俺がそう叫んで壇上を降りると、最後にひときわ大きな拍手が起こり、次のプログラムへ進む。何というかテンションが上がっているのもあるけど、ふと、俺はこういうことを言う人間ではなかったなと思う。
この十五年で俺の心はずいぶん変わったってことかな……? でも、両親に愛され、友達ができて嬉しいのは嘘偽りがない気持ちだ。
そして残りのプログラムもそつなく終わり俺達は外に出る。
「んー……! 終わったな。これで俺達は学院生じゃ無くなったか」
「アタシはちょっと前に卒業してるけど、みんなと一緒は嬉しかったぞ♪」
リューゼが背伸びをしながら感無量とばかりに言い、ヘレナも指を立てて満足気に答える。だが、リューゼの卒業式は、もう少しだけ続く。
「あ、あれ……」
「あの人、まさか……!」
会場を出て少ししたところで、とある人物が立ってこっちを見ていた。俺は父さんから聞いて知っていたけど、他のみんなは知らない。
みんなが注目する人物とは――
「ち、父上……? 父上か……?」
「……大きくなったなリューゼ」
「ブ、ブラオさん……」
ルシエールが口を開く。そう、立っていた人物はリューゼの父、ブラオだった。そして後ろから母親もひょこと出てきて笑う。
リューゼは駆け寄り、ブラオの肩を掴んで涙を流す。
「ふう……たまに見に来てくれていたが、実際こうして前に立つと大きくなった」
「父上……いや、親父、どうして?」
「それは刑期が終わったからだよリューゼ君」
「父さん」
リューゼの問いに答えたのはブラオではなく父さん。そして、近くにはソリオさんやルシエラも居た。父さんはさらに続ける。
「刑期は五年。俺が国王様に進言した刑期で間違いないんだ。もしブラオに反省が見られないようなら長引く可能性はあったが……こうして無事出てこれたというわけさ。どうだブラオ、リューゼ君を見て」
「ああ……立派になった……本当に……すまないローエン……俺のために……」
「親父……」
ブラオは涙を流してリューゼを抱きしめた。
リューゼと母親。ふたりの家族が待っていてくれたことに泣いているのか、情けなくて泣いているのか。それは本人にしかわからない。父さんはこの卒業式に出られるよう、刑期を五年としたのだ。
友達に対する情もあったのかもしれない。けど、晴れの舞台に同じ父親としてこの場に居させたかったのだと、俺は勝手にそう思うことにした。
憑き物が落ちたように穏やかな顔になったブラオ。これからは家族に恥じない生き方をしてくれることを願わずにはいられない。
「行こうか。またな、リューゼ」
俺がそう言うとリューゼがこちらを見ずに片手を上げて挨拶をしてくれたので俺達はその場を去る。
――そして俺の学院生活最後の選択をする時が来た。
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