第百五十九話 ルシエラ


 「あっちぃわね……」

 「もうちょっと恥じらいを持った方がいいと思うけど?」


 火が入った工房内はとても暑く、俺達は上着を脱いで作業の様子を見ているんだけど、ルシエラはシャツに短パンで胸元をパタパタさせているため目のやり場に困る。

 俺達が一年生の時はそれほど体格に差が無かったけど、今では女性らしい体形になってきた。


 「あら、ラースはどこを見てるのかなあ~? 見たい? 見たい?」

 「くっつくなって、暑いんだから。別にルシエラのは見たくないよ」

 「なによ! ……その言い方、私じゃなければ見たいってこと?」

 「そういうわけじゃないって」

 「いちゃついているところすまねえが、そのヤットコを取ってくれ」

 「あ、はーい」


 俺に舌を出しながらアルジャンさんへ道具を渡すルシエラ。兄さんとノーラは家で昼食の休憩をしていて、ここには俺とルシエラ、ティグレ先生が待機している。

 

 「おう、助かるぜ嬢ちゃん」

 「ルシエラだってば。ねえアルジャンさん、さっきの話なんだけど、お父さんが有名で困ったことってない?」

 「んあ? 変なことを聞くなあ。親父さんと上手くいってねえのか?」

 

 手を一旦止めてルシエラの方を向き眉を顰めて問う。


 「そんなことはないけど……ウチって結構大きな商家なの。もし継いで、私がダメにしちゃったらどうしようって思ったりするの。アルジャンさんだったらお父さんの名前を汚しちゃう、みたいな悩みが無かったのか聞いてみたくて」


 ルシエラはお父さんとの仲については否定でも肯定でもないような感じではぐらかし、牙を加工していくアルジャンさんの後ろに中腰で立ちそんなことを言う。


 「事情はよくわからねえが、俺が親父の名が有名で困ったことはねえな。親父は憧れだったし、越えることが親孝行だと思っていたもんさ。何て言っていいかわからねえが、ルシエラが家を継いでダメになること可能性はもちろんあるだろう。けど、『家を継ぐ』って言ってくれたら親は嬉しいんじゃねえかな」


 アルジャンさんは素材から目を離さず、口元に笑みを浮かべてルシエラに語る。


 「そうかなあ……やっぱり潰されたら怒るんじゃない?」

 「なら、ルシエラが親で、出来の悪い子供が継ぎたいって言ったらどうだ?」

 「うーん、継がせるわね。フォローしてあげればいいし。……あ」


 ルシエラがハッとして口を押えて目を大きく見開き押し黙る。その様子に気づき、アルジャンさんは手を止め、ルシエラに顔を向けて言う。


 「そういうこった。ここから先の人生、ルシエラひとりでやっていくわけじゃねえ。困ったら相談すればいいし、誰かに頼ってもいいんだ。俺だって基本的なことは親父に習ったんだぜ?」

 「……」


 作業に戻ったアルジャンさん。ルシエラは何か思うところがあるのか、無言でその作業を見つめ続けていた。そんな彼女を見て、ティグレ先生が呟く。


 「あいつも姉ちゃんとして色々思うところがあるんだろうぜ」

 「承認欲求が強い、とか昔に言ってた?」

 「よく覚えていたなラース。そうだ、あいつは認められたいがためにひとりで何でもしようとする。一年の時、商家であることを自慢していたような感じでクラスメイトに疎まれていたが、あいつにとってはそれがステータスだった。というかそれしかなかったんだ」

 

 自分に自信が無いから周りにあるもので着飾る、みたいな感じだろうか。確かに自分に自信が無いと何をするにも不安でしょうがないんだよね……。その気持ちはわかる。

 

 「ルシエールは商家には使えるスキルだが、あいつは【増幅】。家の役に立つかどうかが微妙なのもコンプレックスだったのかもしれねぇな」

 「……姉妹仲がいいのが幸いなのかな?」

 「まあな。お前とルシエールをくっつけようとしたりするのはお節介だが、妹を想ってのことだろうし」


 その言葉に俺は何とも言えず、ティグレ先生を見る。するとティグレ先生はくっくと笑い、俺の肩を叩いていた。

 その直後、ルシエラはパン! と、両手で頬を叩き口を開く。


 「……うん。私は私。だけど、ひとりで悩む必要もない、か。出来ることが分からないなら、全部やればいいじゃない!」

 「はっは、いい顔になったじゃねえか。少しは吹っ切れたか?」

 「そうね! そうと決まれば早速やるわ! その私のダガー、作るの手伝わせて!」

 「おお!? 危ねえだろうが!?」


 「ったく、元気になったらそれはそれで厄介なやつだな……」

 「はは、ルシエラはちょっと厄介なくらいがちょうどいいのかもしれないね」

 「ラース、今何か言った?」

 「いいや何にも。俺も自分の剣を作るの、手伝っていいですか?」

 「出来が悪くても知らねえからな!」


 アルジャンさんは叫びながら笑い、俺達もつられて笑う。そこで、俺のカバンに入っていたサージュがパタパタと飛び話し始める。


 <失敗されては困るが、もし必要なら我が素材を提供するぞ>

 「うお!? 何だ!? トカゲが空を飛んで喋っただと!?」

 「どうしたんだいサージュ?」

 <うむ、この男は信用できそうだと思ってな。その素材の主だ>

 「え、ってことはドラゴン……!? でも小さいじゃねえか」

 「ああ、サージュは大きさを変えられるんだよ」


 俺がそう言うと、アルジャンさんは目を丸くして言う。


 「マジか……。あ、いや、素材は本当に失敗したときだけでいい。心遣いだけもらっておくぜ。ダメだったから次で、ってのは格好がつかねえからな」

 <そうか。では、我からひとつ作って貰いたいものがあるのだが>

 「おう、なんでえ?」


 サージュは自分の爪を見せてこれを使うように示唆し、作成して欲しいものを伝える。それはやっぱりサージュだなと思うものだった。


 <この爪の先を使って首飾りを作ってくれ。デダイトとラースの妹であるアイナにお守りとして持たせたい>

 「いいのか? 痛かったりしねえか?」

 <攻撃に使う爪だしな。痛覚は大したことはない報酬は我のこっち側の爪でどうだ?>

 「おもしれえドラゴンだな! その話も受けるぜ」

 

 アルジャンさんはサージュを握手をし、爪先を削っていく。ちょっとつるつるになった爪を見ているサージュを抱き、俺はお礼を言う。


 「ありがとうサージュ」

 <気にするな。折角来たのだからみやげのひとつも欲しかっただけだ>

 「義理堅いわよねあんた」


 ルシエラはそう言うが、多分大泣きしたアイナを気にしているんだろうなと苦笑しつつサージュを撫でた。

 

 「あー! サージュが出てる!」


 ちょうどノーラが工房に入ってきて、後から入ってきた兄さんとアルジャンさんの手伝いをして一日を過ごした。


 そして翌日の陽が落ちるころ、俺達はサージュに乗るため山へ向かわないといけないためアルジャンさんの家から去ることになる。


 「……気を付けて帰れよ」

 「ふふ、久しぶりに楽しかったわ。また来てね」

 「うんー! おばさんも元気でね!」

 「お世話になりました」


 すっかりアルジャンさんのお母さんに懐いたノーラが抱き着き、兄さんが微笑みながら頭を下げる。


 「辛気臭い顔しないでよ、また来るからさ!」

 「ああん? うるさくなくていいってもんだ! ……また遊びに来いよ」

 

 出来上がった腰のダガーを手に置きながらルシエラが笑うと、アルジャンさんが悪態をつく。俺も苦笑しながら口を開いた。


 「今度はクラスメイトと一緒に来ますから」

 「やれやれ、うるせえことになりそうだぜ……」


 ルシエラの言葉にぼやくが、アルジャンさんの表情は嬉しそうだ。最後にティグレ先生が挨拶をし、工房を後にした。


 「帽子可愛いよねー」

 <腕は確かのようだ。アイナもきっと喜ぶだろう>

 「ダガーは間違いねえ出来だったからな、剣も期待しようぜ。あいつなら親父を越えるだろうさ」

 「ああいう職人さんもいい生き方ですよね」


 兄さんがそう言い、ティグレ先生が頷く。

 兄さんの剣は次の休みに取りに来る予定だけど、その時に全員連れてくると言ってある。俺の剣は国王様に見せるらしいのでしばらくお預けだけどね。

 とりあえず全員分を半額にしてくれるという話になったので、リューゼ達でも手が出せると思う。いい話が出来たなとみんなの喜ぶ顔を思い浮かべながら家へと戻った。

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