第百六十話 過去の清算

 

 「にーちゃ! さーゆ!」

 「おっとっと……ただいまアイナ」

 「オラはオラはー」

 「のーや!」

 「えへー」

 

 家へ帰ると俺達の気配がしたのか、リビングからアイナが突撃してきて俺の足にがっしりとしがみついてきたので抱っこしてあげると満面の笑みで頬をすり寄せてくる。

 サージュや兄さんに手を伸ばし、ノーラに笑いかけるアイナは大層ご機嫌である。


 「おかえり、みんな。先生、すみませんお世話になりました」

 「はは、気にしなくていいですよ。俺も面白かったんでね。ベルナが待ってるんで俺ぁこのまま帰ります! また明日な! 遅刻すんじゃねぇぞ!」

 「うん、ありがとう先生!」

 「ありがとー!」

 「ばいばい!」


 じゃあなと片手を上げて去っていくティグレ先生を見送ると、次はルシエラが背伸びをして笑いかけてくる。


 「んー、アイナちゃんと遊びたいけどもう夜だし私も帰るわ」

 「暗いし泊って行ったらどうだい? ノーラもそうするし」

 

 兄さんが提案し、父さんも頷くがルシエラはゆっくり首を振って俺達に告げる。


 「ううん。学院へ行く用意もしてないし、お母さん達に顔を見せたいから帰るわ」

 「そっか。じゃあ僕が家まで送るよ」

 「いいの?」


 兄さんは微笑んで頷く。でも最近起こった出来事を思い出し、俺が声をかける。


 「俺が送っていくよ。この前みたいな変なやつらも居ないとは限らないしね。帰りは空を飛べば安心でしょ」

 「そっか……じゃあ、ラースにお願いしていい?」

 「えー、ラースかあ……なんて嘘よ! お願いね?」

 

 ルシエラが舌を出して笑い、俺も苦笑する。

 それじゃあ、と俺は兄さんにアイナを預けて夜道を送ることにした。


 「らーにーちゃ……」

 「すぐ帰ってくるよ。僕達と遊ぼう?」

 <そうだぞアイナ>


 扉が閉まる時にそんな会話が聞こえ、何とかなだめて欲しいと願いつつ家を後にする。月明かりはあるけど、暗い夜道を二人で歩いていく。

 いつもはあんなにうるさいルシエラだけど、今はそわそわしながら隣を歩いていたのでどうしたのかと声をかける。


 「どうしたんだい? なんだか落ち着かない感じだけど」

 「ひぇ!? べ、別に何でもないわよ!?」

 「本当? 夜道が怖いとか?」

 「……」


 俺がそう言うと、ルシエラは恐る恐る俺の服の袖を掴み、ぼそぼそと呟く。


 「最近お母さんに、夜は暗がりに連れ込んで……え、えっちなことをする男に注意しろってよく言われているのよ。今ってほら、外からのお客さんが増えたでしょ?」


 それを聞いてなるほどと思う。もうルシエラは成人である十六歳の一歩手前なので、『そういう目』で見る男もきっといるに違いない。特に商家の手伝いをしているルシエラは顔を覚えられることも多そうだ。


 「そうだね。それでひとりで帰ろうとしたんだから驚きだけど」

 「だって、無理やりついて行ったのに、帰りも送ってもらうだなんて何かダメな感じしない?」

 「ならティグレ先生と帰っても良かったのに……」

 「あ、それもそうね!」


 気付かなかったと口に手を当てて肩を竦める。ちなみに来るときは【増幅】を使い全力で走ってきたらしい。軽口を出して少し安心したのか、ルシエラが話し出す。


 「でも、無理やりついて行って良かったわ。……あのね、私ルシエールが羨ましかった。あの子が産まれてから両親はお店もルシエールの世話もあって構ってもらえなくなったの。だけど、ルシエールは小さいからってずっとお母さんと一緒だった……あの子を憎いと思ったこともあった」

 「……」

 

 昔の自分を語るルシエラ。

 知っているはずはないけど、昔の俺と似たような境遇だなと思いつつ、黙って聞く。特に黙っていることに気にしている風も無く話は続く。


 「でもね、ルシエールは私に懐いてくれた。お姉ちゃんお姉ちゃんって。だから決めたの、あの子は私が守るってね。あんたと再会したときも、どうすればいいかなってあわあわしてたのよ?」

 「入学式の時かあ。あれはびっくりしたよね、昼ご飯を勝手に食べるし」

 「あー、あれは……今更だけどごめんね……。ルシエールが話しやすいようにするなら私が変なことをした方がいいって思ったら勝手に……それと人質に取られて本当にごめん!」

 

 反省しています、とルシエラが三年前のことを謝る。別にあの時のことは怒ってはいないけど、


 「うん、謝ってくれたならもういいよ。怒ってはいないけど、ケジメとして受け取っておく」


 そう言ってあげた。


 するとルシエラは泣きそうな顔を一瞬してうつむき、小さくありがとうと言った。


 たった三年、されど三年。

 あの頃はやっぱりまだルシエラも子供で、頭では悪いと分かっていても、ルシエールの為に何かしないとと思ってやった結果なのだろう。

 三年経っても誤魔化さず謝ったこと、両親とルシエールを恨まなかったルシエラに俺は素直に関心した。


 「あ、家についちゃったか。ここまで来ればもう大丈夫よ! ……何か恥ずかしい話をしちゃったけど、聞いてくれてありがとね!」

 「それじゃおやすみ。またね」


 ルシエラは手を振りながら笑い、家の玄関がある裏手に向かっていった。俺もレビテーションで空を飛び、家へと戻る。


 「アルジャンさんと話して何か掴んだみたいだし、ルシエラもいい方向に行くといいな」


 なんとなく気分がよくなった俺は軽い気持ちで家へと戻り、サージュを引き連れたアイナと遊んでその日は就寝。


 そして翌日――


 「――ってことで、次の休みはみんなで行こうか」

 「アルジャンさん、すごくいい人だよー!」


 俺とノーラで休み中の話をし、お金を持ってアルジャンさんの家へ向かおうと提案する。リューゼ達は目を輝かせて話を聞いていたけど、すぐに表情を曇らせて言う。


 「うおお……半額……でも、それでも十万近く要るのか……や、やべぇちょっと足りねえ……」

 「僕もだ……」

 「うーん、わたしも」

 「みんないいなあ……」


 どうやら貯金額はそれほど多くないらしい。

 まあ、二年くらい依頼をしていたけど、基本山分けだし、金額が高い依頼ができるようになったのは最近だから仕方ないと思う。


 「それじゃあ足りない分は俺が出しておくよ。メモして残りは少しずつ返してくれればいいよ」

 「か、返せるかな……」

 「あはは、いつか出世したらでもいいよ。俺はレオールさんとの取引で持ってるからさ。それにみんなが痛い目に合うのは辛いし、装備を良くしておいて欲しいんだよ」

 「そうか……? あー、分かった! 俺はお言葉に甘えるぜ! で、その剣で稼いですぐ返してやる!」

 「私もお手伝いを増やしてみるね」


 リューゼは膝をパンと叩いて俺に言い、ルシエールもそれに合わせて俺の手を取る。リューゼが律儀なのは相変わらずだと思っていると、ウルカやヨグス、クーデリカ達も手を上げて頑張ると了承した。


 別に無償で作ってもいいんだけどタダで、というのは教育上良くないんだよね。それをアテにすることもあるし。それに自分で払ったという方がより自分のモノ感が強くなると思うし、大事にする。


 「ううう……ドラゴン……」


 泣きそうになっていたパティに、俺からサージュに頼んでみることを告げ、これで決まりだと喜ぶAクラス一同。


 だけど休み前、それどころではない事態が起こり――

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