第百二十六話 妨害徒競走
「うし! ウルカ、ここで巻き返すぞ!」
「うん、僕には秘策があるから期待していてよ」
魔法戦闘競技はCクラスにしてやられたけど、妨害徒競走はジャックとウルカ、特にウルカのやる気はいつも以上だ。
[さあ、一年生の番ですね! 我々副担任としてはここが一番楽しいところです! 上級生はもう花がありませんからねえ]
「ざけんなぁ! ちゃんと仕事しろお!」
「そうだそうだー!」
[うふふ、ごめんなさいねぇ♪ やっぱり可愛い一年生ですから!]
「……まあ、ベルナ先生がそう言うなら……」
「仕方ねぇな……」
[驚きの手のひら返し!? あとで覚えていなさい……!]
「何する気だあの先生……。ま、いいや、行ってくるぜ!」
「ケガしないようにね!」
ベルナ先生の方が少し遅れて学院に入ったのにこの扱い。
人徳というものを目の当たりにした俺達はウルカとジャックを見送る。ケガをしないように、とはクーデリカの言葉だけど、上級生の戦いはまさにデッドヒートだったからだ。
[さて! この競技は二人出場でポイントは二人分。一位を二回取れば10ポイントなので、是非頑張って欲しいところですね!]
[現在の一年生は断トツでAクラスがトップですし、ここは取りたいところですね]
「それじゃ僕から行こうかな?」
「オッケー、頑張れよ」
「うん、ふふ……」
ウルカが嫌らしい笑いをしてスタート位置に立つ。この競技、もともと障害物があるのに、さらに魔法すら使用して妨害しても構わないというとんでもない競技で、ウォータジェイルみたいな魔法が使えればリードを取るのは難しくない。
[選手が出そろいました! Aクラスからウルカ君、Bクラスはナルちゃん、Cクラスはファラちゃん、Dクラスはリースちゃん、Eクラスはコンバー君となっています!]
[CとDクラスは運動が得意そうではありませんけど、どう攻めるのか楽しみですねぇ]
「スタート!」
Dクラスの担任であるユーリン先生が合図し一斉に走り始める。あれ? ティグレ先生どこ行ったんだろ? 俺がキョロキョロしていると、リューゼが声を上げる。
「あ、ウルカ最下位だぞ!? だ、大丈夫かぁ……?」
「ウルカ君、秘策あるって言ってたし信じようよ」
「クーちゃんの言う通りだよ、リューゼ君ー」
「だな、さて仕掛けるならそろそろだけど――」
[一番手はEクラスのコンバー君! いいぞ、そのままいっちまえぇぇ!]
「くっ……なんて恥ずかしんだ……!」
「なら、無様に負けとくかい? ボクの発明でさ!」
あいつ……リースだっけ? 俺と名前が似ていて思わせぶりなことを言っていたやつだ。見た目より運動神経はいいようで二番手から横につけていた。ポケットから筒のようなものを取り出し中の液体をコンバーへかけた。
「うわ!? ……って、何も――いや、臭っ!? なんだこれ!?」
「うはははは! 『ダークカメムシ』の体液だよ君ぃ!」
「最低だこいつ!? 待ちやが……くさっ……!」
[えげつない攻撃です! 痛くないけど精神的ダメージが大きいー!]
[女の子がやっちゃだめですよぉ?]
「勝てばいいのさ勝てば! おお……!?」
「そうですね、勝てばいいですよね」
[さあ、ここで追いついたのはBクラスのナルちゃん。シンプルに首根っこを掴みポイっと後ろに捨てたぁ! いや、待て、Cクラスのファラちゃんも並走しているぅ!]
「ふふ、足の速さだけなら負けないから! でも、念のため【砂操作】」
「うわっぷ!? め、目つぶしか!?」
「ま、前が……!」
「あっははー! Aクラスは遅いし、もらったわね!」
へえ、砂を操るスキルか。あれは色々応用が利きそうだなあ。俺も使ってみたい……と、思ったところで俺の頭にスキルが浮かぶ。あ、鑑定とオートプロテクションの時と同じで視認できるから覚えられたみたいだ。それにしても、ウルカはまだ涼しい顔で走っているけど……あ、いや何かぶつぶつ言ってる……?
俺が声を出そうかと思ったその時――
「うわ!」
「きゃあ!?」
「ひゃん!? ボ、ボクにこんな声を出させるなんてぇ!」
「痛っ!? くさっ!」
「え、何? ……ぶは!?」
ウルカより前を走っていた全員が前のめりに転んだ。ウルカはにやりと笑い、悠々と走る。
「え? 動けない!? ちょ、足を何かが掴んでる!?」
「おいおいおいおい、なんだなんだ!?」
[どうしたことだー? Aクラスのウルカ君以外、急に倒れこんだまま動かなくなったぞ!]
[あー。あれはウルカ君のスキルですねぇ]
[と、言いますと?]
[彼のスキルは【霊術】と言って、幽霊さんと話せるんですねぇ]
[は……? ま、まさか……]
[はい。恐らく足を引っ張っているのは幽霊さんじゃないかと]
「ひいいい!? マジか!?」
「あ、足がぎゅってされてる! 嫌っ!? 引っ張らないで!?」
「ふ、ふふ、や、やるじゃないかウルカ君……! ボクの実験に……あ、ちょ、くすぐったいだろ!? ……あはははは!」
「ふう、ゴールっと」
「お前、さらっと怖いことすんのな……」
「まあ、折角だしね。はは」
[さあ、阿鼻叫喚の中、ウルカ君余裕のゴール! クラスメイトのジャック君に呆れられつつも、笑みを絶やさないぃぃ!」
[アンデッドとの戦いで成長しましたねぇ]
[え? アンデッド?]
[なんでもありませんよぅ?]
ウルカがゴールした後はスキルを解いたらしく、他クラスもすぐに動けるようになった。結果はA、C、B、D、Eというものだ。
リースが親の仇みたいにコンバーへダークカメムシの体液をかけ、涙目の最下位は観客席からも同情の声が上がっていたりする。
「く、くそ……臭い取れるかなぁ……」
「ふむ、四位か。後は任せるぞ! 一日経てば臭いは消えるぞ?」
「一日もかかるのかよ……!?」
「目つぶしで目が痛いんですけど!」
「ごめんねー? 勝負の世界は厳しいのよ? ……二位ならまあいいかしらね?」
ファラがクラスに目配せをすると、ルクスが満足気に頷いていた。ポイントが近いからだろうか? とりあえずEクラスはコンバーがテントから追い出されるという、この学院では珍しい光景があったものの、取り急ぎ第二走者の番になる。
「っしゃ! これで10ポイントだ!」
ジャックが気合を入れて頬を叩くと、隣にいたふたりが口を揃えて言う。
「いや、そうはいかないよ?」
「ジャックのスキルは厄介だってのはさっきのネミーゴの試合で分かったからな」
「はっ! それがどうした! 俺のスキルは無敵だぜ!」
「スタート!」
第二走者がスタートすると、足自慢が多いのかジャックはあっさり離されてしまう。
「え!? くそ! 待ちやがれぇぇぇぇ!」
慌てて追うけどまったく追いつかない。全体的にジャックの能力は良くも悪くも平均的なので、それをコラボレーションで補うのが定石だ。しかし、掴まないといけないというルールがあるためこうなると文字通りお手上げなのだ。
「ああ……あれはダメね……」
「驕っちゃったなあ……ジャック」
「いつもならスタートの時点で誰かに触ってそうだけど、さっきの戦闘競技で調子乗っちゃったかな?」
マキナとヨグスが頭を掻き、俺もついこんなことを口にする。
「うおお……すまねぇ……!」
「はは、しょうがないよ。相手もジャックを警戒しているって思えば重要人物だよ」
「そ、そう言ってくれるのはラースだけだぜ……! 見ろよリューゼとマキナの冷たい視線を!」
俺の後ろに隠れるジャックを尻目に、ウルカがノーラとクーデリカにハイタッチしながら喋りだす。
「僕は頑張ったよ!」
「うんうんー! 霊術面白いねー!」
「そうでしょ? 最近スケルトンを呼べるようになったんだ、今度見せてあげるね」
「ひぃ……スケルトン!? やめてぇぇぇ!?」
見事最下位のジャックと、一位のウルカの表情はまったく逆だったのは言うまでもない。それとスケルトンと聞いてマキナが頭を抱えて蹲っていた。というかウルカそんなことできるようになったんだ……
それはともかく一位と四位で6ポイント。
余裕で優勝できると思ったけど、なかなかどうしてウチに負けず曲者が多い。無差別戦闘競技までに追いつかれるかな……? まあ負けても死ぬわけじゃないけど、折角なら勝ちたいよね。
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