第九十四話 ティグレ先生とベルナ先生


 「くかー……」

 「こら、ラース起きなさい!」

 「起きるのー」

 「いつまで寝てるつもりだい?」

 「うわあ!?」


 俺は一斉に声をかけられ慌てて飛び起きる。そこには母さんと兄さん、そしてノーラが頬を膨らませてベッドのそばに立っていた。


 「ふあ……もう朝か……」

 「朝か、じゃないわよ。よそ様のとこに泊っているんだからしっかりしなさい!」

 「はーい……」

 「早く起きる! で、顔を洗ってくる!」

 「は、はーい!」


 母さんに尻を叩かれ、仕方なく俺は駆け足で洗面と着替えを済ませる。廊下で待っていてくれたマキナ達と合流し、食堂へと向かう途中でふと窓の外を見るとまだ瓦礫やガラスといった戦いの傷跡が残っているのを目にする。


 グリエール皇帝との戦いが終わり、外へ駆けつけるとかなり数がいたアンデッドたちは跡形もなく消えていた。グリエール皇帝が”ネクロマンシー”を解いて消えたというのであれば、言う通りだったということだろう。

 大怪我をしている人はいたけど、そこは騎士というべきか町の人の被害はなく、家屋や花畑といったものが荒らされる程度で済んでいた。プリーストさん達も頑張っていたそうだ。

 正直なところ、もしグリエール皇帝が【魔眼】を乱発して使っていたらもうちょっと苦しかったかもしれない。

 まあ、一番戦力になる人、ヴェイグさんやイーグル&ホークさんは別の場所で戦っていたし、母さんやマキナ達は人質にするのが関の山だったろうから、手間だったのかもという考え方もあるけどね。

 

 そこから一夜明けて、俺達も回復と片づけを手伝いさらにもう一日経ったのが今、というわけである。片付けなんかはサージュが色々やってくれたので町の方はすぐに終わることができた。

 国の問題は俺達が考えることじゃないからこんなものでいいんだけど、ひとつ問題が残ったままなのが頭を悩ます。


 「あ、先生たちよ」


 ちょうどマキナが廊下の先で悩みの問題であるふたりを見つけて指をさす。ベルナ先生は頬を膨らませてスタスタと歩き、あとからティグレ先生が追う形だ。


 「……」

 「ありゃ俺のせいじゃねぇだろうが、いいかげん機嫌直せよ」

 「べ、別に怒ってませんよう!」

 「じゃあなんで口を聞いてくれねぇんだ?」

 「じ、自分で考えてください……」

 「ええー……」


 そのまま食堂がある方へ消えていく。それを見ていた母さんは苦笑して言う。


 「ふふ、ベルナから言ってあげないとティグレ先生鈍感そうだわね。まあ、わざわざ追いかけて来たんだからベルナのことが気になっているとは思うけど」

 「大事な人ー?」


 ノーラが母さんに聞くと、母さんは笑って頷いた。


 「ベルナ先生がどう思っているかだけどキスのことを見る限り、半々なのかなあ?」

 「ラース君も鈍感っぽいわね……」

 「え? マキナ、なんだって?」

 「何でもないわよ! ……もう」

 「ははは、こりゃ三人は苦労するな?」


 ジャックが笑いながら俺の肩を叩き、マキナが顔を赤くして俯いていた。いや、マキナが俺のことを好きだろうなってのはうぬぼれでなければそうだと思うんだけど、ハッキリ言ってもらわないと自信が無いのだ。

 賑やかに会話をしながら食堂に近づくと、学院長先生とフリューゲルさんとホークさんにイーグルさんを見かけた。

 学院長先生はあまり目立たなかったけど、いつでも俺達のフォローができるよう立ち回っていた。とりあえずレイナさん達が出て来たからアンデッド掃討に全力を出したみたいだ。

 フリューゲルさんや騎士の二人もケガをしていたけど、完全に食い止めていたのは流石だったなあ。


 「さ、開けるよ」

 

 兄さんが食堂の扉を開け、やがて始まる朝食。昨日は王妃様の看病で国王様達抜きで、設営だけはやっていた場所でサージュと一緒に食べ、夜は俺達だけで食事を堪能した。

 で、今日出発することを告げると、最後くらいはと参上してくれたというわけである。


 「ベルナを連れ戻すことから始まり、国内の問題の解決に助力してくれたレフレクシオン国の方々に感謝を!」


 国王様がそう言ってグラスを掲げる。それを合図に食事が始まると、早速フリューゲルさんが国王様に尋ねていた。


 「王妃様のお加減は?」

 「うむ、おかげさまで昨晩意識が回復した。朦朧としていたが、起きていた時のことは覚えているとのこと。改めて私から謝罪をさせてくれ、すまなかった」


 国王様が頭を下げると、ティグレ先生がパンを飲み込んでから尋ねる。


 「結局、王妃様は操られていたってことでいいのか…いいんですか? ベルナはともかく、実子である他の姫さんもドラゴンの下へ向かわせたのは腑に落ちない」

 「ああ、ベルナが戻ってきたときはまだ正気だったようだ。ドラゴンの下へ行けと言えば泣きついてくるだろうと。それで気を晴らそうとしたらしいが、ベルナは向かってしまっただろう? それが気に食わないと苛立っているところを乗っ取られた、というのが真相だ」

 「ったく、人騒がせな……」


 ティグレ先生がそう言って嘆息すると、グレース様が口を尖らせた。


 「それはあなたもですわ。……で、ウチのベルナをどうする気ですの?」

 「もちろん学院に連れて帰るぜ。そのために来たんだからな」

 「そうではなくて、あなた、ベルナのことが好きなんじゃありませんの? 学院や子供たちのためでもあるでしょうが……あなた自身はどうお考えで?」

 「お、おい、俺は……」


 と、ティグレ先生が口ごもっていると、ベルナ先生が話し出す。


 「……わ、わたしは……わたしはティグレ、先生のことが好き……です」

 「んな……!?」

 「あら」

 

 驚くティグレ先生に、顔がほころぶシーナ様。ベルナ先生はお構いなしに、全員が聞いているこの場で言葉を続ける。


 「子供たちのために笑い、叱り、連れ去られてどこに行ったかもわからないわたしを探して隣国へ。ドラゴンに立ち向かうその姿を見て好きにならないはずがないわぁ! 出会ったときから口げんかばかりしていたけど……わたしは、ティグレが好きですよう?」

 

 顔を赤らめてティグレ先生に微笑むベルナ先生。おっとりしているようで、実は芯の強い人なのだ。だからこそベルナ先生に復讐を打ち明けることをしたわけで。

 それに対し、ティグレ先生は少しだけ困った顔をした後、口を開く。


 「……俺は……子供たちの……いや、俺も男だ。誤魔化しはしたくねぇ、俺もベルナ、お前が好きだ」

 「おお! 言った!」

 「むう……」


 ジャックが冷やかし、国王様が渋い顔をする。あの時レイナさんが大丈夫って言ってたのはこれを知っていたからかな?

 

 「国王様、ベルナは妾の子だと聞いています。ですが、それでもあなたの娘。このような場所で失礼とは承知の上で申し上げます。……ベルナと結婚させてはもらえないでしょうか?」


 嘘!? ティグレ先生そこまで言っちゃうのと俺は目を丸くして胸中で叫ぶ。他のみんなもそう思っていたようで、母さんや学院長先生も口をポカーンと開けて聞いていた。

 もちろん、一番びっくりしたのはベルナ先生だ。


 「ふえええええええ!? ああああああの、お、お付き合いとかからじゃないのぅ!?」

 「いや、どうせ一緒になるなら後も先もないから、ここで言質をもらっておきたいんだ」


 あっさりと言うティグレ先生。良くも悪くも真っすぐで真面目だから仕方ないか……それよりも、国王様が何というかが気になる。

 グレース様やシーナ様、マキナにノーラといった女性陣が特に固唾飲む。


 「――では」


 そしてゆっくりと国王様が口を開く――


 「――条件がひとつ、ある」


 ごくり。


 「……たまにでいい、ふたりでこの国へ顔を出してくれ。それが、条件だ。ベルナ、この男で良いのだな? 【戦鬼】と呼ばれた、この男で」

 「……はい。といっても、お父様が許可をくれなかったらもう戻ってきませんでしたけどねぇ?」

 「な……!?」


 ベルナ先生の言葉に呻く国王様。その様子がおかしく、緊張の糸が切れたのでみんなが微笑む。そこで、グレース様がハッと気づき、ベルナ先生へ言う。


 「あなた、今『お父様』と言いましたね? ほ、ほら、わたくしをお姉さまと呼びなさい!」

 「え、ええ? そ、それはここではちょっと……」


 失言だったと体を小さくするベルナ先生。この後、グレース様が『お姉さま』と言うまでずっと構っていたことは言うまでもない。


 「……これで、本当に終わりかな?」

 「そうだね兄さん。みんなもお疲れ様」

 「うん! 僕はわざわざ連れて来てくれて嬉しかったよ! でも、マキナとジャックは大丈夫なの?」


 ウルカが俺に握手をしながらぶんぶんと手を振り、そういえばとふたりに言う。ジャックは気の抜けた声で返す。


 「え? なにが?」

 「いや、ふたりは黙って出て来たんだよね……? もう結構日が経っているしめちゃくちゃ怒られるんじゃ……」

 「あ……!?」


 マキナが思い出したかのように声を上げる。まさか……忘れていたのか!?


 「だ、大丈夫……俺はラースの家に遊びに行くって言ってるから……泊りで遊んでいると思われているだろ……」

 「わ、私、どうしよう!? ラ、ラース君、私も家に泊っていたことに――」

 「できないよ!? 女の子をずっと引き留めていたって噂になるから!? それに、もう色々言っても無駄じゃないかなあ」


 俺がそう言うと、マキナが「え?」と小さく言う。そしてすぐに、


 「私がご両親に手紙を出しているから、それは無理よ?」

 「学院長の私もティグレ先生も、ベルナ先生も居るぞ? ……親御さんにしっかり叱ってもらいなさい」

 「そ、そんなあ……」


 ガクリと項垂れるマキナであった。

 

 食事が終わると、フリューゲルさん達は再度謁見の間で国王様と話があると奥へと引っ込んでいった。去り際にまた会おうと言い、後から帰るとのこと。


 さて、それじゃベルナ先生を救出したしガストの町へ帰ろうか!

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