第九十五話 帰還への道のり


 <む、戻ってきたか>

 「うんー! おうちへ帰るよー!」


 グラウンドに寝そべるサージュが、俺達の気配を感じ首を上げる。騎士達はまだ片付けをしているのでここには居ない。帰るのはいいんだけど、ひとつ問題がある。


 「サージュもついてくるんだよね?」

 <当然だ。まさか友達を置いていくわけではあるまいな?>

 「そんなことはしないよ。だけど、向こうでサージュはどうやって暮らしてもらおうかなって思ってさ。ほら、ちょっと帰っただけであんなに人だかりができたし」


 俺に続いて母さんも困った感じの声をあげる。


 「そうねえ、庭でもいいけど窮屈だろうし……あ、ベルナの家がある山でもいいんじゃない?」

 「あ、いいですねぇ! 少し切り開けば過ごせそう」

 「それでいい?」


 俺が尋ねると、サージュは難色を示す。

 

 <……できれば誰かの家に居たいのだが……>

 「その大きさじゃ無理だよ……」

 「うんー」


 兄さんが苦笑し、流石のノーラも無理だと、コクコク頷く。サージュはカパッと口を開けたまま呆然としていた。


 <それではここの山に居た時と変わらんではないか……! 我も一緒がいい>

 「あらら、急に駄々をこねだしたわね。うーん、まだお金もないし庭の拡張も難しい……」


 母さんが首を傾げると、顎に手を当てて考えていた学院長先生が口を開いた。


 「……サージュ君、体を小さくすることはできないのかい?」

 <む? それができればレイナと一緒にいれたのだ。我はできんぞ>

 「ふむ、ドラゴンというのは賢く魔力も強い。過去の伝承では、大きさを変えられたり、人間の姿になることもできたとあるぞ?」


 学院長先生がおかしいな、と言った感じで首をかしげると、ティグレ先生が腕を組んだまま聞き返していた。


 「本当かよ? 俺が戦ったことがあるやつぁ言葉も喋れないやつだったぞ? 東の方に居たフレイムドラゴン」

 「個体差はあるようだがな。サージュ君ならできそうなのだが……」

 <そこまで言われてはやる価値はあるか? 試そうとしたのも封印されるまえだしな>


 目を瞑って魔力を集中させるサージュ。上手くいくと良いなと思いながら見守っていると――


 <ふむ、こうか? <タイニー>!>


 何かに気づいたサージュが叫ぶと、


 「あ!」


 シュウシュウと小さくなり、子犬ほどの大きさになった。昔飼っていた豆柴を思い出すなあ。ノーラが笑顔で駆け出し、サージュを抱きかかえて高く掲げる。


 「わーい! 小さくなったよー! あ、でも孤児院はペット飼えないんだった……」

 <ふむ、ではデダイトとラースの家で良いではないか? あの家は広かったし、我ひとりくらい何とでもなろう>

 「まあ、領主の屋敷だしね。母さん、いい?」


 兄さんに飛び移ってそんなことを言い、兄さんが母さんへ聞く。母さんはサージュの頭を撫でながら微笑んでいた。

 

 「ま、ウチは構わないわよ? でも出歩くときは誰かと一緒にね。驚かせちゃうから」

 <承知した。ご飯は一食で大丈夫だ>


 サージュが得意げに鼻を鳴らすと、ジャックがきょとんした顔をして口を開く。


 「ちゃっかりしてらぁ」

 「あはは、ほんとね」

 「それじゃ、乗ってきた馬車で帰ろうか。家の馬車だし、置いていくわけにも行かないしね」

 「おう。そんじゃ俺が御者をするから乗ってくれ」


 ティグレ先生の先導で馬車へと向かう。その途中でマキナ達と戦った騎士部の面々が待ち構えていた。マキナがサッと俺の後ろに隠れて彼らを睨みつけるが、向こうはバツの悪い顔で俺達に頭を下げた。


 「その、悪かった……グレトー先生の言うことを聞いて勝てばいいってことだけが目的となってて、酷い目に合わせてしまった」

 「昨日、グレトー先生と騎士部が集められて副団長達にしこたま怒られたよ……」 


 どうやらイツアートさんが言っていた件が伝わったらしい。勝てば自信に繋がるし、悪いことばかりではないと思うけど、やり方がねえ……。いじめと何が違うのかって話だし。

 すると主将らしき人物が俺の後ろに居るマキナに熱弁を奮う。


 「先生は騎士部の顧問を一旦取り下げて、地獄の特訓に入るんだって。俺達も心を入れ替えて、正々堂々勝てるようにするから、その時はまた戦ってくれ」

 「……は、はい。その時はお願いしますね。オブリヴィオン学院のみんなにも伝えておきます……!」


 マキナの言葉にすまなそうな笑顔で握手をすると、ゴングがずいっとやってきてそっぽを向きながら言う。 


 「わ、悪かったな」

 「がるる……いえ、もういいですよ。ラース君にコテンパンにやられたみたいですから。今度は私一人で勝って見せますし」

 「こ、こいつ……! 負けねぇからな」

 

 ゴングは鼻の下を掻きながら顔を赤くし、騎士部の下へ戻っていく。


 (え、お前それだけ?)

 (告白でもするのかと思ったぜ)

 (いや、あの彼氏がいたらそれは無理じゃね……? 奪うにしても、俺でも勝てるかわからねぇし……)


 よく聞き取れなかったけどなんかわいわいし、ゴングが『うるせえ!』と叫んでドスドスとどこかへ行ってしまい、みんなで追いかけていった。


 「なんか賑やかだったね」

 「ま、これで少しはまともになるといいけどね。レイナさんも言ってたじゃない、やり直せばいいってさ」

 

 兄さんが俺の言葉にうなずくと、今度こそ馬車へと乗り込み、ゆっくりと馬が歩き出す。


 「良かったねー、またお馬さん一緒だよー」

 「ひひーん」


 ノーラが馬に声をかけると、元気に鳴いた。町を出て、しばらく歩いたところで、まだ疲れを残した子供たちは居眠りを始めたので俺はティグレ先生と話をするため御者台に移り、一緒に座っていたベルナ先生との間に顔を出して両手で頬杖しながら口を開けた。


 「なんでベルナ先生とティグレ先生があの二人と似てたんだろう。偶然にしては出来すぎな気がするんだけど」


 結局ふたりは恋人同士になったし、目つきの差はあれどテイガーさんも似ていたらしい。子供も生まれていないって言ってたから、子孫でもなさそうなんだよね。


 「偶然、ってのは存在するもんだ。ベルナはこの国の人間だし、450年も経ってりゃなんかがあってもおかしくねぇんじゃねぇか?」

 「そうねえ。もしかしたらずっと昔……グリエール皇帝のお父さんのそのまたお父さんかお母さんに兄弟がいて、その血筋の子孫がわたしだったのかもしれない、って考えると面白いんじゃないかしらあ? で、ティグレはテイガーさんがご先祖様ってわけ」

 「はっ! そんな都合よく行くか! だいたい、俺は東の方にある”べリアース”王国の出身だぜ? そりゃないだろ」


 ティグレ先生が鼻で笑うと、ベルナ先生が微笑みながら言う。


 「でも、テイガーさんの出身はわからないし、そうだったら……ちょっとロマンティックじゃないかしら?」

 「……ふん、運命なんて信じちゃいねぇよ。俺は俺の意思でお前を好きになったんだ」

 

 顔を赤くして悪態をつくティグレ先生に、俺とベルナ先生が顔を見合わせて笑う。そこでもう一つ、気になっていたことをようやく口にする。


 「ティグレ先生ってどうして【戦鬼】って呼ばれているの? スキルのこと?」

 「そうねぇ。わたしも聞きたいわぁ。噂では戦場では敵なしとまで言われているのよね」


 俺の問いに重ねてベルナ先生が言うと、ティグレ先生はどうしようか思案していたが、フッと笑って話出す。それはティグレ先生の過去のことからだった。


 「……俺のスキルは【武器種別無視】どんな得物だろうが、俺に使えない武器は無いというスキルなんだ」

 「へえ! かっこいい!」

 

 男ならそういうスキルを持ちたいと思うやつだ。リューゼあたりは絶対羨ましがる。俺が興奮気味に顔を上げると、ティグレ先生が遠い目をして語り始める。


 「そう、かっこいいし、実際に強い。だけどな、それじゃ駄目だったんだ……」


 それは先生を、先生にしたとても悲しい話――

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