第九十三話 過去の清算と未来への贈り物
俺達が叫ぶと、レイナさんとテイガーさんがこっちを振り返った。きょとんとした顔で首を傾げる。
「え?」
「いや、その体はベルナ先生とティグレ先生のだからキスはまずいと思うよ……」
「でも、ふたりって大事な人同士だからいいのかなー?」
ノーラが唇に指を当てて能天気なことを言い、マキナが言い聞かせるように答える。
「ノーラ、中の人がそうでも体は違うからダメよ。ラース君とノーラの体に好き合っている霊が入ってキスしたら嫌でしょう? デダイト君がいるのに」
「んー、ラース君ならいいと思うけどー」
その発言に俺と兄さんが驚き、マキナが肩を揺さぶる。
「「え!?」」
「ちょ、あんたそれはダメでしょ!? デダイト君が居るんだからそんなこと言っちゃダメー!」
「えー?」
「何気に怖いなノーラ……」
何でダメなのか分かっていないノーラと、そんなノーラに戦慄するジャックが冷や汗をかいて呟く。うーん、ノーラの恋愛観念がどうもおかしい気がするなあ。ちょっと問いただしてみようかと思っていると、レイナさんが口を開く。
「ふふ、このふたりは大丈夫だから、ね?」
「本当かなぁ……」
ウインクして俺達にそう言うレイナさんはベルナ先生の体なので複雑だ。困惑していると、今度は国王様達に顔を向けて話し出す。
「キバライド……今はルツィアール国でしたか。私の父がご迷惑をおかけしました」
頭を下げて謝罪するレイナ姫。娘であるベルナ先生の姿なので、国王様は困惑しながら尋ねていた。
「……あなたは、本当にレイナ姫と聖騎士テイガーなのですか……?」
「はい。恥ずかしながら、僕はテイガー。聖騎士であり、この国を建国した初代国王です」
国王様の問いにテイガーさんが答える。サージュがレイナ姫と一緒に来ていた、と言っていたから偉い人だろうとは思っていたけどまさか建国者だったとは……
「ティグレ先生が『僕』って言ってるぜ、似合わねぇなあ」
「お前、怒られるぞ? 黙って聞いていようよ」
ジャックが頭の後ろで手を組み、ティグレ先生が聞いたら間違いなく拳骨を食らうようなことを言い、まだテイガーさんたちの話が終わっていないので口に手を当てて喋るのを辞めさせる。
「レイナとは死に別れたので、別の人と子をなして受け継がせてきましたけど、まだ残っていて良かったとホッとしています」
「ありがとうございます。ご先祖に礼を言われるのもむずかゆいですね……。しかし、私は不甲斐ない王です。妻の心を疲弊させ、ドラゴンの技量も知らずに騎士と娘を向かわせてしまった……」
「ドラゴンは希少な存在ですから無理もありません。人里に降りてくる個体など稀有の稀有。それに大事なのは『気づくこと』です。フレデリック王が王妃や娘たち、騎士達を軽んじていたというのであれば、これから直せばいい。死ななければ人間は何度でもやり直せるのだから」
「……」
……その言葉でテイガーさんは本当に良い人なんだろうと思う。間違ったなら正せばいいし、償いもできる。それができるかできないか、受け入れられるかどうかは本当に重要だ。
国王様は王妃様を一瞬見た後、もう一度テイガーさんに向き直りゆっくりと頷いた。テイガーさんはそれを見て優しく微笑む。国王様に何があったのかはわからないけど、いい方に向いてくれるといいな。
するとそこへグレース様がベルナ先生……もといレイナさんへ近づき焦るように言う。
「そ、その、助けてくださってありがとうございましたわ。それで、ベルナの体は返してもらえるんですの……?」
「え? ああ、そうね……うーん、折角だからこのままテイガーと二人で暮らそうかしら? 私とは結婚してもらえなかったから、今度こそ」
何故かそんなことを言い出すレイナさん。冗談だと思うけど、ノーラがベルナ先生の腰にしがみつき、叫びだす。
「そ、それはダメだよー!! オラ達の先生だから返してー!」
「そ、そうだぜ! ウルカ、お前行けよ!」
「ええ!? ぼ、僕で勝てるかなぁ……」
兄さんとマキナ、俺はレイナさんが苦笑する表情から冗談だと判断し、特に行動はしなかった。わんわん泣き始めたノーラを抱っこしてレイナさんは言う。
「ふふ、嘘よ嘘。……でも、最後に会えてうれしかった。ありがとう、ウルカ君」
「え? あ、うん!」
頭を撫でられ顔を赤くするウルカ。ノーラの涙を指で拭ってほほ笑む。その横にいるテイガーさんにはヴェイグさんが話しかけていた。
「初代聖騎士様、現騎士団長のヴェイグと申します。ここにいる第一王女シーナとは結婚し、次期国王になります。剣技も精神的にもまだまだだと分からされました。精進しますので、見守っていてください」
ヴェイグさんの言葉に続き、シーナ様がにこやかに頭を下げる。テイガーさんは少しだけ頷いてから言う。
「うん。僕の造った国を頼むよ。国王だけで国は出来ているわけじゃない、民と協力すること、耳を傾けることを怠らなければ自然と発展すると思うよ」
「はっ!」
「頑張ってね。あとは――」
テイガーさんはレイナさんの手を引き、窓際へと歩き出す。そこにはもちろん――
「大きくなったわね、サージュ」
<……ああ>
「ごめんよ、レイナは守ってやれなかった。それを知られるくらいならと封印をしたのは僕の身勝手な」
<……>
顔を下げてじっと二人の顔を見るサージュ。俺達が固唾を飲んで見守っていると、サージュはほろりと涙を流す。
<また、会えたな。我はずっと待っていたぞ。少し待たせすぎではないか?>
「ええ、そうね……ごめんなさい。国を平和にしてから会いに行きたかったのだけど、戦いに巻き込まれて死んでしまったの……」
<そうであったか。テイガーの涙の意味、そういうことだったのだな>
「寂しかったって聞いたわ。でも、お友達ができたんでしょう?」
<ああ。お前達に続いて、新しい友達だ。……だから、安らかに眠るといい。この世に戻ってきたのは、皇帝のこともあるだろうが、我のことも心残りだったのだろう?>
「サージュ……」
自分がどうしているか、どうなってしまったのか。それがこの世に留まることになったのではとサージュは言う。レイナさんは困り笑いをして名前を呼ぶと、目を瞑って鼻先に頬を摺り寄せた。
「オラ達がずっと友達だから大丈夫だよー!」
「そうそう。友達は裏切らないぜ?」
「いつかサージュと旅をしてみたいわね」
口々にレイナさんへ安心させるように言うノーラ達。続けて俺と兄さんが口を開く。
「助けてもらうこともあるし、助けることもあるかもしれない。俺はその時、サージュの力になりたいと思うよ」
「僕はみんなを見守ってほしいかな? やっぱり強いしさ」
するとサージュは得意げにレイナさんへ笑いかけた。
<どうだ、我の友達はいいやつばかりだろう!>
「ええ、とっても素敵なお友達……私達が居なくても、もう大丈夫ね」
<……うむ。もう、行くのか?>
「ああ。ふたりに体を返さないとね。それじゃ、サージュ、末永く生きてくれると嬉しい」
<もちろんだ。テイガー、お前もゆっくり休むのだぞ>
「ありがとう。それじゃ、レイナ……」
「はい。それでは失礼しますね。もう会うこともないでしょうが、良き人生を――『あなたたちの未来に幸あれ!』」
【真言】だろうか? 最後の言葉を聞いて、俺の体がどくんと熱くなるのを感じる。それを確かめる前に、レイナさんは最後に涙を一粒こぼしながら、
「もう一度だけ、ね」
と、テイガーさんに口づけをした。
そして、体からスゥっと本来のレイナさんであろう姿とテイガーさんが抜け出て、俺達に笑いかけると、フッ姿を消した。
「……行っちゃったね」
<これで良かったのだ。最後に憂いを取り除くことができたから、もう戻ってくることはあるまい。お前達のおかげだ、礼を言う>
サージュがペコリと頭を動かし、俺はその頭を撫でてあげる。
それにしても450年もの間、レイナさんは、死して尚、テイガーとサージュを愛していた。今なら家族に対する愛というものは分かるけど、恋人とはいえ、赤の他人やドラゴンをあそこまで気に掛けることができるものなのだろうか。俺には好きになった女性はいなかった。家族に認めてもらう、それだけのために生きていたのだから。
ルシエール達クラスメイトの女の子は可愛いと思うけど、実は好きだという感情が分からない。いつか、俺にも恋愛というものが分かるときが来るのだろうか?
俺がなんとなく神聖に見えたふたりが消えた跡を見ながらそんなことを考えていると、不意に兄さんが口を開く。
「……動かないね」
「どうしたのかしら……?」
マキナが首を傾げると、ティグレ先生の腕に収まっていたベルナ先生がぷるぷると震えだし、
「わああああ! キスしたキスしたキスしたぁ!? 何で勝手にそういうことするのようぅ!! あ、あうう……」
と、叫びだす。そしてふと、気まずそうにしているティグレ先生と目が合い――
「ぷしゅうううう……」
「あ、おいしっかりしろ!? ベルナ? ベルナァァ!」
顔を真っ赤にしたベルナ先生がその場に倒れるのだった。ま、恨むならレイナさんだよねえ……
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