第七十八話 ドラゴンの棲む山へ


 ――ガラガラガラ……


 俺達を乗せた馬車は最速ともいえる速さで草原を走っていた。俺達が使っていた馬車から馬が一頭いなくなっており、さらに装備が入っていた木箱の中も空だった。結構な武器も入っていたんだけど、それが全部。


 「残ってたお馬さん寂しそうだったよー……」

 「ちゃんと連れて帰ってあげましょうね」

 

 ノーラの頭を撫でながら母さんが微笑む。

 グレース姫たちとは違う馬車の荷台で俺達は到着を待っている。まだ時間はありそうなので俺は母さんに尋ねてみた。


 「俺達が行くこと、よく許可してくれたよね。……まあ、今更なんだけど……」

 「本当よ! ……ま、止めても勝手に出ていきそうだからね、あんたたち。それなら一緒に居ていざってときに私が引かせた方がまだマシだと思ったからよ。言っておくけど、騎士さんたちの前に出ることは許さないからね?」


 口は笑っているけど目は笑っておらず、俺と兄さんは怒った時の母さんだと冷や汗を流す。

 

 「わかってるよ……」

 「う、うん……」

 「お前の母ちゃん怖いんだな……」


 ジャックがぶるりと震えたところで、窓の外を見ていたマキナが口を開いた。


 「……これで足りるのかな? ティグレ先生はもっと居た方がいいって言ってたけど……」

 「うーん、ベルナ先生を助けたらみんなで逃げちゃえばいいよー!」

 「それだと、ドラゴンが追ってくるんじゃねぇ?」

 「あ、そっか。強そうだもんねーどうしよう……」

 「でも、ノーラの言う通り、まず逃げるのは重要だと思うよ? ドラゴンがどれくらいなのかわからないけど、僕たちの目的はベルナ先生だから無理して倒す必要はないかな」

 「ちっとこの国の人には悪いけど、それが一番かあ?」


 ジャックが背を壁に預けて天井を見上げながら言う。俺もそれは思うけど、ベルナ先生は巻き込まれた側だし、いつかは解決しなければならない問題のはず。

 子供の俺達に討伐を期待はしていないだろうからどさくさはアリだ。ただ、勇敢なお姫様達が死ぬようなことは避けたい。


 「ドラゴンかあ……どんな感じなんだろう……」

 「やっぱりでかくて火とか吐くんじゃねぇ? 怖いけど、一目見たいってのはあるなあ。それにもしかしたら【コラボレーション】で……あ、いや。難しいか?」

 「?」


 ジャックがぶつぶつ言いながら独り言を言い出したのでそっとしておき、俺は兄さんと話す。状況によっては兄さんが必要な場面がありそうだからだ。


 「兄さんの【カリスマ】ってどんな感じ?」

 「ん? そうだね、実感はあまりないんだけど、クラスメイトが言うには『騒がしくてもお前の声は耳に届く』って言われるね。後、ケンカを仲裁するとすぐ仲直りしてくれるよ」


 ふんふん。マイルドな感じで兄さんらしいね。【カリスマ】は意味合い的には人を惹きつけるのが一般的だけど悪い意味だと『支配』に発展する。宗教の教祖なんかがいい例かな? 少し惹きつけるとは違うけど、そのうち何か変わるのかもしれないね。

 とりあえずいざという時には兄さんに動いてもらえる算段をつけ、俺はマキナと一緒に窓の外を見る。


 「いざとなったらちゃんと逃げなよ?」

 「う、うん……でも、ラース君がいれば、だ、大丈夫よ!」

 「俺もドラゴンとは戦ったことないし、ティグレ先生があそこまで言うんだ、勝てないと思うよ」

 「そっか……」

 「ま、こっちに来たら全力で戦うけどね」

 「……うん!」


 そんな会話をしながら約三時間が経過。俺達はドラゴンがいる山へと到着し、ふもとへ馬車を止める。そこで、ノーラがびっくりした声を上げ駆け出す。


 「ノーラ、危ないわよ」

 「大丈夫ー! ティグレ先生が乗ってきたお馬さんだよー」

 「あ、本当だ。ってことはここから登ったのか。あまり時間はかけたつもりはないけど、先生速いなあ……」


 「ひとりと騎士団の隊を比べてはいけませんわ。わたくしたちも行きますわよ!」

 「姫様は騎士たちの中央へ。子供たちはその後ろの騎士たちの輪へ入ってくれ」

 「子守とはついてねぇなー」

 「こら! 悪態をつかないの! ごめんね、君たち。この馬鹿の口が悪くて」

 「いえ、お姉さんも騎士ですか?」

 「そうよ。興味があるの?」

 「わ、私、オブリヴィオン学院の聖騎士部にいるんです! いつか騎士になりたくて」

 「そう! 国は違っても目指すところは同じだから、頑張ってね!」

 「はい!」


 マキナが目を輝かせて頷くのを俺は微笑みながら見ていた。あんな目に合わされてもへこたれないマキナは頑張り屋だと思う。……さて、ここからが本番だ。ベルナ先生、待っていてよ!



 ◆ ◇ ◆


 「う、ぐ……」

 「がは……!?」

 「だ、団長……!?」

 「……強い、なんてもんじゃないぞ……こいつは……ベルナ姫、お逃げください……」

 「いいえ、あなた達を置いて逃げれるわけありません」


 騎士団長でシーナの夫であるヴェイグがベルナを庇うように立つが、ベルナは横に並び立ち杖を構える。


 「シーナ様の旦那様を死なせるわけにはいきませんからねえ……わたしが合図したら逃げてください」

 「馬鹿な……!? 騎士が女性を置いて逃げるなどできようものか!」

 「ふふ、お優しいですね」


 逃げる気などないと激昂するヴェイグに微笑むベルナ。すると、ドラゴンが首をおろして喋りかけてきた。


 <これっぽっちの人間で我を倒せると思ったか? 貴様らの血肉で封印された渇きを癒すとしよう……>


 グォォォォォォン!!!


 ぐぁば! と、ドラゴンの口が開き、咆哮が響き渡った。

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