第七十六話 ルツィアール国の王妃
ここで少し時間は巻き戻る――
<レフレクシオン城>
「陛下、書状が届いております」
「む、ご苦労。そこに置いてくれ」
「はっ! 失礼します!」
レフレクシオン国王、アルバート=R=バルトフィードは執務のため部屋で書類に目を通していた。そろそろランチタイムかとそわそわしていたころ、大臣のフリューゲルから手紙が届けられる。
「ほう、リブラからか。それと……ふむ、ローエンか、領主に戻ってから状況は良くなっておるが、何かあったのか?」
アルバートは封を切り手紙の内容を確認する。別の人物が送ってきた手紙なのに、内容はほぼ一致していた。
「……またラース君か……ふふ、面白い子だ」
手紙を読みきった後、アルバートは会議室へ人を集めるため部屋を出る。程なくして主要メンバーが集まると、手紙の内容を告げた。
「――というわけだ。誰かルツィアールへ『挨拶』に行ってもらいたのだが」
するとフリューゲルが片眉を上げてから口を開く。
「ふむ、私で良ければ行きましょう。ラース君達とは知らぬ中ではありませんし、宰相の私であれば無下に追い返されることもありますまい」
「では護衛には私とホークが」
「この前は恰好悪いところを見せてしまったから頑張らねばなるまいイーグル」
収穫祭でレッツェルと戦った際、搦め手を取られうまく戦えなかった騎士ふたりが手を上げ、アルバートは頷く。
「私が出向きたいのだが、フリューゲルのやつに止められてな。残念だが、任せよう」
「当然です。……誘拐経緯と真偽が分からない以上、信用するのは危ないですからな。それでも隣国ですから戦争に繋がるようなことはないかと」
「うむ。済まないが、ラースとティグレ君の様子を見て来てくれ。彼らはこの国に必要な存在だ」
「「「はい」」」
フリューゲルの言葉にアルバートは頷き、ルツィアールへ赴くように指示を出す。ちょうどノーラやジャック、マキナ達が見つかったころである。
◆ ◇ ◆
一方、ラース達が謁見をしている中裏手ではルツィアール国の王妃ルチェラと、次女のグレースが言い争いをしていた。
「お母さま! どうしてベルナを討伐隊に入れたのですか? お父様はベルナと会いたいからと呼び戻したと聞いています。わたくしとしても腹違いとはいえ妹です、おじいさまが居ない今、一緒に暮らすのも悪くないと思いましたわ」
「……あなた、子供ころよく虐めていたのによくそんなことが言えるわね?」
「あ、あれは、お母さまが仲良くなるにはそう言えとおっしゃったからでしょう! 仲良くして欲しかったらおやつを寄こせや、着ているものを取りあげたり……ベルナのためだと嘘を教えたのはお母さまです! クラリーさんに嫉妬なさっていたのでしょう?」
ベルナの母であるクラリーがフレデリックの愛を受けていたことに嫉妬していたことを問いただす。グレースは仲良くしたかったのだが、娘を使って徐々に追い込んでいたのだ。
しかしグレースの糾弾に悪びれた様子もなく不敵に笑う。
「くっく……その通りなので別に言い返すこともないわね? それにドラゴンの要求を呑むとなると、グレース、あなたも死ぬことになるのよ? ……とりあえず、倒せずとも良いしね。ベルナが生贄になってくれれば少しはドラゴンと……私の留飲も下がるわ。あの女そっくりになって……! 忌々しい……!」
「……っ! お母さま……。では、騎士団長のヴェイグはどうするのです! 姉さまの旦那さまで、次期国王なのですよ!」
「大丈夫。危なくなればベルナを置いて逃げるように言ってあります。ま、代えはどこにでも居りますし……」
「お母さまがそんな人だったなんて……!」
「……」
ルチェラはグレースを一瞥すると踵を返して去っていく。そこへ柱の陰に隠れていたシーナが、顔を青ざめさせてから出てくる。
「ああ……ヴェイグが……それにベルナも……い、今、レフレクシオンから来たという方がドラゴンを倒すには戦力が足りないと……ど、どうしましょうグレース……このままではふたりとも……それに騎士団も無駄死にするかも……」
「姉さま……」
震えるシーナの肩を支え困惑顔をするグレースだが、意を決してシーナへ言う。
「……行きましょう、わたくしたちもドラゴンの下へ。わたくしのスキル【鏡明】を使えばドラゴンと言えど隙はつけると思いますわ」
グレースの提案に目を見開くシーナ。だが、すぐに真顔になり頷く。
「……そうね。お父様へ――」
◆ ◇ ◆
「待って、ティグレ先生!?」
「せんせー!!」
俺達が止める間もなく、ティグレ先生は謁見の間を出て行ってしまう。残された俺達は呆然としていたが、すぐに思い直し母さんへ言う。
「お、追いかけないと!? ベルナ先生もドラゴンの山にいるなら助けに行かないと!」
「落ち着きなさいラース。ティグレ先生も言っていたけど、ドラゴンは危険な魔物。行けばあなた達も餌食になるかもしれないわ。子供を預かっている身としては許可できないわ」
ドラゴンの餌食、という言葉に怯む俺達だが、ジャックがぼそぼそと目を逸らしながら言う。
「お、俺達は大丈夫だよ! いざとなったら逃げるし……」
「そうですよおば様! ベルナ先生が困っているなら、せめてベルナ先生を連れて逃げるくらいはしたいです!」
「うん。母さん、せめて僕とラースだけでもダメかな? 先生の最初の生徒だしね」
「オラも行くー!」
「俺の魔法とジャックの【コラボレーション】があればインビジブルをみんなでかけられるから逃げるのは何とかなるよ」
「でもねえ……!」
「むう……君たち、少し落ち着きなさい、我々も――」
俺達が食い下がっていると、困った顔で国王様が口を開く。しかしその瞬間、謁見の間に転がり込んでくる人影があった。
「お父様! わたくしたちもドラゴンの下へ行きますわ! ベルナを助けにいきませんと!」
「騎士たちを貸してください!」
「お、お前たち!?」
それはこの国のお姫様。そして、ベルナ先生の姉にあたる人達だった。……ってお姫様が行くの!?
まさかの発言に、俺はもちろん国王様も母さんも固まっていた。
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