第七十五話 一足違い


 「……ここがお城ってやつ? すげぇな……」

 「ふわあ、凄いねえ。デダイト君のおうちより大きいー」

 「国王様の住むおうちだからね」

 「ラース君、こういうところにスカウトされてたのね……」

 

 ジャックやノーラが正門からお城を見上げ、口をポカンを開けて感想を言う。マキナだけは違う感想を持ったようだったけど、ティグレ先生が門番へ話をしたことが通ったらしく、城内へと案内される。


 「うう……緊張してきた……」

 「宿に残っていれば良かったのに……」

 「だってお前、謁見の間に行けるとか俺達みたいなガキにはあり得ないんだぞ?」


 ベルナ先生のことは二の次っぽい発言を聞いてイラっとする。興味本位なら来なくて良かったのにと思っているとマキナがポカリとジャックの頭を叩いていた。


 「あんた、ベルナ先生を助けに来たんでしょうが。今から宿に帰ってもいいのよ?」

 「う、わ、悪かったよ……」

 「怒られてるー」

 「静かにねノーラ」

 「はあい」


 母さんと手を繋いで歩くノーラの横を兄さんが歩く。俺はティグレ先生と一緒に先頭を歩き、ほどなくして謁見の間に到着した。重い扉が開かれると、凛とした表情の国王様が目に入り、両脇には数人の騎士を従えていた。その中にはあのグレトーの姿もあった。


 「オブリヴィオン学院の教師と聞いているが、グレトーは知っているか?」


 確認をしろと意味合いを含めて聖騎士部の顧問であるグレトーを呼び、ティグレ先生の前に出て顔をじっと見る。少しだけどグレトーの表情がすぐれないところを見るとこれは当たりか?


 「……は、確かにこの男は見たことがあります。が、顧問でもないお前がどうしてここにいる?」

 「この前の試合の件でお礼をしたいと思っていたのですが、あいつは忙しくてですね。代わりにご挨拶に伺いました。まずは手土産を……」

 

 そう言って調度品を手渡すと、グレトーが検品し国王様の前へと差し出す。 


 「ふむ、良いものだな。ありがたく頂戴しよう。用件はこれだけか? ではあとはグレトーに任せよう」

 「は!」

 「いえ、話はこれだけではありません。……実はウチの学院の教員が何者かにさらわれましてね。行方を追っているのです。ベルナという名前でこちらの王女と同じ名前なのですが、なにかご存じではありませんか?」


 ストレートに言ったなあティグレ先生!? もうちょっと絡めていくかと思ったけど、ドラゴンのことがあるから焦っているのかもしれない。ドキドキしながら成り行きを見守る。

 

 「そ、そんなものはいな――」

 「良い。グレトー。そういえば教師をしていると言っていたな……」

 「やっぱりベルナはこの国の……?」


 ティグレ先生が零すと、国王様は頷き事情を話し始めた。


 「こんなことを君たちに言うのも恥ずかしい話だが、彼女は私の父……つまり先代国王に疎まれていてな。それで外へ出していたのだが、いつしか国外へ出ていってしまってな。行方が分からなくなっていたのだ。しかし、先日グレトーがベルナを見つけたと報告があり、連れ戻したというわけだ」

 「ならどうして誘拐のようなことを……やっぱり生贄にするために?」


 つい、俺がポツリとみんなが疑問に思っているであろうことを口にするとそれについても答えてくれた。


 「……先代の件でベルナは私達から逃げるように姿を消した。だから、直接帰ってきて欲しいと言っても帰ってきてはくれないと思っての行動だ。今は長期休み期間ということもあり、居なくなっても旅行か何かだと思ってくれるだろうとな。ドラゴンのことも知っているのだな? 生贄の件は誤解だ、私達はドラゴンを討伐するつもりでいるからベルナは生贄で連れ戻したわけではない」

 

 その言葉を聞いた時、俺はすぐに反論してしまう。


 「……お言葉ですが、勝手な話ではないですか? 事情はあったかもしれないですが、見つけたからと無理やり連れて帰るのではなく、ベルナ先生の意思を尊重すべきではないのでしょうか? それで帰りたいと望んだのであればいいと思いますが、ご自身でおっしゃるように逃げるように姿を消したのであれば帰りたいとは思っていないのでは」

 「む……」

 「小僧、貴様国王に無礼であるぞ!」

 「……申し訳ありません、出過ぎたことを言いました」

 

 言い過ぎたとは言わないけど、国王様の手前良くはないことは理解している。だけど、俺はもう一つ言いたいことを言う。


 「……ですが、ベルナ先生はお……私たちの先生です。もし酷い目に合わされているなら、どうか学院に返していただきたいと思います」

 「……」

 

 国王様は難しい顔で俺を見る。俺も見返し、兄さんやノーラ、マキナにジャックも真面目な顔で国王様を見ていた。静まり返る中、母さんも続けて言葉を発してくれる。


 「ご無礼をお許しください。この子の母であるレフレクシオン国はガスト領主の妻、マリアンヌと申します。ベルナ先生は私達と知り合ってから、いえ知り合う前から山の中でずっと暮らしていたようです。お風呂も入らずぼさぼさの髪に、薄汚れた服を着ておりました。私は彼女とずっと過ごし、家族のように思っています。もしベルナがここにいることを望んでいないのであれば――」

 「領主の子に妻か……そう私をいじめないでくれ。言う通り、これは私が父を止められなかった責がある。ベルナも言っておったよ、これ以上関わらないでくれとな」

 「国王様、この者たちにそこまで言うのは……」


 横に居た大臣か宰相のような男が渋い顔で窘めるが、国王は続ける。


 「他国のものとはいえ、危険を冒してまで私の娘を返せと言う彼らを無下にできるものか。しかし、一足遅かった、ベルナは封印が解かれたドラゴン討伐に向かっている。しばらく戻ってこないと思うが、その時はベルナの言うようにしてやろう」

 「!?」


 その言葉を聞いてティグレ先生の顔色が変わる。今なんて言った!?


 「国王! ベルナ……先生はドラゴン退治に行ったのか!?」

 「うむ。ベルナの魔法は強力だ、討伐に力を貸してもらいたいと妻が言ってな。私は行かずとも良いと言ったのだが、約束だからと――」

 

 すると、踵を返してティグレ先生は走り出す。


 「お、おい、そんなに慌ててどうしたのだ!」

 「この中にドラゴンに詳しい奴がいないだろうから仕方ないでしょうが……魔法使いはどれくらいいる? どれくらいの魔法が使えるものが同行していますか?」

 「ふ、ふん。上級魔法が使えるのが五人、それとベルナ姫だ! それに騎士は五十人に、騎士団長も副団長もいるぞ!」


 するとティグレ先生が激昂する。


 「少ない! 魔法使いなら三十人、戦闘ができるものは百を越える人数を揃えなければドラゴンは倒せねぇ! そもそもどうして封印されていたと思ってんだ!」

 「……!」


 ティグレ先生の言葉の意味に気づき、その場にいた全員が冷や汗を出す。そうだ、危ないのであれば倒せばいい。そうしていないのは――


 「封印が精一杯だったってことだ! くそ、野生のドラゴンならまだしも封印されていたドラゴンだと……!」

 「どこへ行くのだ!?」

 「追いかける! 北の山でいいんだな!」

 「あ、ああ……お、お前はただの教師ではないのか……?」

 「【戦鬼】そう言えばわかるか? 邪魔したな!」

 「お前が……!?」

 「あ、待ってよ先生!」


 【戦鬼】と聞いて息を飲む騎士たち。

 そう言い捨ててあっという間に出ていくティグレ先生に追いつけず、俺達はただ立ち尽くすのみだった。

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