第七十三話 不穏な空気?
「おーい! 止まってくれー!」
「なんだぁ?」
追いついてきた馬車が並走し、速度を落とすと御者台にいたおじさんがティグレ先生に声をかけてきた。何やら止まってくれと手を振っており、ティグレ先生はしぶしぶ止まり話を聞くことにした。
「何もんだ?」
「オブリヴィオン学院の学院長から届け物だ。ちょうどあんたが出ていくところが見えてな、慌てて追いかけて来たよ」
「学院長が? 俺は辞表を出してきたはずなんだがなぁ」
「え!? 先生学院を辞めちゃうの!?」
首を傾げながら重要なことを言うティグレ先生の言葉に驚く俺。特に気にした様子もなく答えてくれる。
「まあ、学院に迷惑はかけらねぇしな。それにベルナが帰ってくりゃあいつが担任でいいだろ」
「俺はティグレ先生にも居て欲しいんだけど……」
粗暴だけど信頼できる大人だ。今回のこともクラスメイトが悲しんでいるからの行動だと思う。でも、ティグレ先生がいなくなっても同じことだと思うんだけど……
それはベルナ先生のことが済んでからになるかと考えていると、御者のおじさんがティグレ先生に荷物の確認をお願いしていた。
「……この木箱は、俺の装備……」
「わ、かっこいいですね! 先生って元は冒険者だったんですか?」
兄さんが近くで興奮しながら飛び跳ねていると少し寂しそうな顔をして呟く。
「まあ、な。あまりいい思い出はねぇから学院長に預けていたもんだが、今となっては助かるか? ありがたく受け取ったと伝えてくれ」
「こっちの樽や箱は何ですか?」
「ああ、あんた、何でも国王様に謁見するんだって? 手土産の一つでもないと失礼だとか言ってたぜ」
「……そうだな。すまねぇ学院長」
そう言って木箱と樽を搬入する俺達。ティグレ先生はお礼を言ってから再び馬車が走り始めると、母さんが口を開いた。
「いい学院長さんよね。辞表まで出した先生にここまでしてくれるなんて」
「結局迷惑をかけちまっているから、ラースのことを強く言えなくなりましたがね」
「辞表を出すほどベルナ先生を助けたいとは思わなかったよ……」
「あら、ラースそりゃ、当然好――」
「あーあー!! マリアンヌ様、手土産の確認をお願いします!」
「あ、そうね。一応私も持ってきたけど、あの学院長なら面白いものが入ってそうね♪」
手をパンと叩いて母さんが木箱に手をかける。すると中には――
「あら、調度品ね。ふうん、やっぱりセンスがいいわ、この花瓶とか鷲の置物は一級品じゃない?」
「インテリっぽいもんね学院長先生」
「お前、そんな言い方してたら怒られるぞ……怒ったら俺より怖いんだからな?」
「そうなんだ」
学院長の意外な側面を聞いたところで、調度品をしまい他の箱に手を付ける。俺は樽、兄さんはもう一つあった装備の箱だ。
「やっぱりかっこいいなあ……僕も冒険者になろうかなあ」
「大人しいけどやっぱり男の子ね。ラースそっちは?」
「えっとね……あれ? 動いて――」
ガタガタ……
俺が蓋を開けようとした瞬間、突然樽が動き出したのだ。そして倒れると――
◆ ◇ ◆
「生贄……それでわたしが必要になった、と? 義姉さんたちを差し出さないために」
「それは――」
フレデリックが慌てて椅子から立ち上がろうとしたところで、玉座の背後にある扉から人が入ってくる。女性ばかりで三人。一番に口を開いたのは、金髪巻き毛の似合う、グルドーが報告した際にいた女性、グレースだ。
「お父様! いつまでふたりで話しているんですか? ……あら、懐かしい……本当にベルナ!?」
「……お久しぶりですグレース様」
「本当にね。無事でよかったわ」
しらじらしい、とベルナは顔に出さないようにしながら思う。横にいる母親と共に自分と母親であるクラリーをいじめていた張本人が、と。
「はい。ルチェラ様とシーナ様もお変わりないようで」
「フフ、そう畏まらなくてもいいわよ。あなたの母君は亡くなられましたから、今では私が母の代わりと思ってくれていいのよ」
「……ありがとうございます」
本音はどうだかと考えていると、長女のシーナが抱き着いてきた。
「……良かった。おじい様が子供のあなたを憎み、遠くの領主に嫁がせると聞いた時はどうしようかと思いましたが、よくご無事で戻りました……」
「シーナ様。はい、国王様のおかげで今日まで生き延びることができました」
「そんな他人行儀な……」
少しショックを受けているシーナはベルナとよく遊んでくれた人の一人で【投てき】のスキルを使ってよく泣いているベルナを喜ばせてくれていた。
懐かしいと思っていると、フレデリックがため息を吐いて話し始める。
「……今回お前を無理やり連れて来たのは生贄にするためじゃない。ずっと探していたお前をようやく見つけたが、この通り恨まれているだろうとは思っていた。逃げられては困ると秘密裏に行動したというわけだ。……ひとつお願いごともあるが……」
やっぱりかとベルナは目を細めてフレデリックを見る。言い出しにくそうにしていたところで、次女のグレースが腰に手を当てて言う。
「あんたのスキル【魔力増幅】だったわよね? ……今度、ドラゴンの討伐を計画しているんだけど、頭数は多い方がいいわ。だから、騎士たちと一緒に討伐へ行って欲しいの。でなきゃ、わたくしはおろかお姉さまもあんたも共倒れよ。ドラゴンの奴、この国の姫『全員』を差し出せとか言っちゃってさ!」
「まあまあ。私の旦那様である騎士団長のグレイブも参加するのです。勝てぬはずはありません。それにベルナが加われば間違いないでしょう。魔法は鍛えていたのでしょう?」
「はい。事情はわかりました。妾の子であるわたしをきにかけてくれていたこと、深く感謝します。しかし、参加するにはひとつ、わたしもお願いを聞いて欲しいのです」
フレデリックは少しだけ考えた後、ベルナに尋ねる。
「……聞こう」
「ありがとうございます。ドラゴン退治、見事成功すればわたしを二度と探さないで欲しいのです」
「……!?」
「あ、あんた……せっかく……」
「ベルナちゃん……」
フレデリックと姉妹が驚愕しているが、ベルナは冷淡に続ける。
「元々追い出された身ですし、すでにわたしには生活があります。待っている子供たちもいます。だから、その生活を壊さないでいただければ喜んで協力しましょう」
「子供たちって……あんた結婚してたの!? ちょ、相手は誰よ、わたくしより先に結婚してるの!?」
「は!? い、いえ、が、学院の教師をしていますので、その子たち、です。相手は、その……」
グレースは急に焦りだし、顔を赤くしたベルナにピンと来てシーナに言う。
「あれは男がいますわね」
「うふふ、お年頃だもの。グレースちゃんも頑張らないとね? イシュワール国の次男さんはどうなったのかしら?」
「あれはあのガリヒョロが頼りないから悪いんですわ! もっと騎士のようにたくましい人でないと……って余計なお世話です!
自分の話題から逸れてホッとしていると、ずっと黙っていた義母のルチェラが微笑みながら口を開いた。
「ふふ、本人がそう言うならいいではありませんか、あなた。それでドラゴンを倒せるならしめたものでしょう? こちらとしても姫が今更一人増えるのも、ねえ?」
「お母さま、そのような言い方はないのでは?」
シーナがぴしゃりと言い放つと、ルチェラはふん、と鼻を鳴らし謁見の間を出ていく。その後を慌ててグレースがついて行き、フレデリックとシーナが残され、フレデリックがまたもため息を吐いて微笑む。
「すまんな。グレトーがお前を見つけたと報告が入ったあとルチェラが【魔力増幅】でドラゴンと戦えるのではと言い出してな。まあ、シーナたちも会いたがっていたというのもある。息苦しい道中すまなかった、部屋は残してあるからそこを使ってくれ。ドラゴンも、騎士たち総出でかかれば勝てぬ相手ではあるまい」
「伝承では聖騎士が倒したとありますしね。さ、ベルナちゃんお部屋へ」
「……わかりました」
ドラゴンと言えば魔物の中でトップクラスの強さを持つ。それが自分ひとり増えたくらいで倒せるものだろうかと思案しながら、シーナと共に部屋へと向かっていくのだった。
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