第七十二話 ルィツァール国王とラースの悩み


 <ルィツァール城>


 「お連れしました」

 「ご苦労。下がってよいぞ」

 「は、しかし……」

 「娘と久しぶりの再会だ、水入らずをさせてもらえぬかな?」

 

 凄みを聞かせた言葉に案内をしてきた兵士がびしっと敬礼をして下がる。

 シンと静まりかえった謁見の間で目を合わせるベルナと国王。先に声をあげたのは……国王だった。


 「……久しいな、ベルナ。まさかお前が見つかるとは思わなかった。息災だったか」

 「ええ。あれから十年。国王様もお変わりが無いようでなによりです」

 「む……」


 自分が『父親』と呼ばれず難色を示す国王。だが、ベルナはそのまま話を続ける。


 「それで、妾の子であるわたしに今更何の用でしょうか? あの時、逃がしてくれたことは感謝していますが、庶民の子などそっとしておいてほしいものですね……」

 「ふう……その物言い、クラリーに似て来たな。……なぜこんなに近くに居たのだ……どうして今、見つかったのだ……! 今でなければ……!」

 

 ダン! と、椅子のひじ掛けを叩きながら誰にともなく怒りを露わにして怒鳴っていた。国王こと、フレデリック=ルィツァールはベルナを前に苦しそうな顔で歯を食いしばる。逃がしてくれた父親の様子がおかしいと、ベルナは眉を潜めて尋ねる。


 「一体何があったのですか? その様子ではわたしが戻ったことは不本意とお見受けしますが……?」

 「その通りだ。何のために私の父の手からお前を救うため逃がしたと思っている? それはお前がクラリーの娘で愛しているからだ」

 「……お母さん」

 「クラリーは残念だった……」


 目を伏せるフレデリックにベルナが続ける。


 「あの人は?」

 「ルチェラは元気だ。お前の姉もな」

 「……それで、わたしを呼んだ理由を聞かせてもらえますか?」


 ルチェラと姉のことを耳にした瞬間、珍しく嫌悪感を顔に浮かべて用件に入る。フレデリックは口をへの字に曲げてから言う。


 「ここから北に鉱山があるのを覚えているか?」

 「ええ」

 「実はひと月前、採掘をしていると見たことがない石が掘れたと報告があった。特に気にすることもないかったし、鉱石が貴重なものであれば財政も潤う可能性があるからな。……だが、それは石ではなかったのだ」

 「……? 鉱山なのに石じゃない……? どういうことかしらぁ……?」


 そこでスッとフレデリックが手のひらに何かを乗せベルナへ見せる。恐る恐る近づき、それを手に取ると――


 「これは……ドラゴンの鱗!? まさか!?」

 「そのまさかだ……私たちは封印されていたであろうドラゴンを目覚めさせてしまった。ドラゴンは人間に恨みを持っているようでな、知性もあった。そして要求をしてきたのだ」

 「……」


 ここまで聞いてベルナは気づかない人はいないだろうと目を伏せる。昔話やおとぎ話で良く聞かされていた話を思い出す。


 「……生贄、ですね?」

 「……そうだ。この国の姫を差し出せ、とな」



 ◆ ◇ ◆


 「……」

 「ラース、考え事しながらご飯を食べると喉に詰まらせるわよ」

 「あ、うん。……熱っ!?」


 俺はシチューを口に入れると熱々のにんじんに舌をやられて慌てて水を飲む。そこへ父さんが苦笑しながら俺に言う。


 「ベルナさんのことかい? 俺も心配だよ」

 「やっぱり気づくよね」

 「ま、デダイトと二人で暗い顔していればね。私達も驚いたわよ。もう五年は家を行き来しているけど、誘拐されるなんてね……」

 「一体、どういうことなんでしょうねー……姫様だったとして、ずっと放置。でも、今更なんて……」


 母さんとニーナも視線を落とし、困った顔で笑う。母さんは薬草のことや話友達と、俺と同じくらい特に付き合いがあったので内心、かなり心配していると思う。

 俺がため息を吐いていると、父さんが厳しい顔で俺に尋ねてきた。


 「……ラース、探しに行きたいか?」

 「え? あ、うん……そうだね……でも、隣国とややこしいことになったら父さん達に迷惑がかかるかもしれないからさ」


 ベルナ先生がお姫様かもしれないと知った時、父さんも唸っていた。父さんが領主じゃなかったとしても、何らかの責任を負わされる可能性が高い。折角平和に暮らせるというのにそれをいきなり壊すのはやはり得策ではない。

 ……でも、ベルナ先生も家族みたいなものだ、俺は何とかできないかをずっと考えている。


 すると父さんは一瞬目を見開いたあと、大声で笑いだす。


 「はっはっは! ラースはあの時から少し成長したかな? 少し前なら俺達に何も言わず飛び出していたんじゃないか?」

 「そりゃ、あの時はブラオが許せなかったから……」

 「確かに状況は違うけどな。……もしお前が行きたいなら行ってもいい」

 「!?」

 「父さん……?」


 父さんの言葉に俺と兄さんが椅子を蹴って立ち上がる。


 「ティグレ先生と一緒なら許可しよう。それと、向こうへ行き、ベルナさんの様子を確認するだけだ。国王に逆らうような真似はしないと約束できるなら、行ってこい! あの人はずっと俺達やラースを見守ってくれていた。ブラオの件は話してくれればとは思ったがな。家族を心配するのは当然だろう」

 「父さん……。わかった、無茶はしないよ。俺だけでいいの?」

 「子供だけで行かせるわけないでしょ? 私が行くわ。もしひどい目に合わされているなら、友達を助けないとね」


 母さんがついてくるの!? まさかとは思ったけど、どうも父さんはその気らしい。


 「俺が行きたいところだけど、外せない仕事があるんだ。他にできることが無いか当たってみる。そっちは任せるよ?」

 「わかったよ父さん! ラース、今回は僕も行くからね!」

 「うん、頼りにしているよ兄さん」


 まさかのメンバーだけど、母さんと兄さん、そして俺が向かうことになった。居ないかもしれない……でも、俺はなんとなくピンチになっているんじゃないかと胸騒ぎを覚えていた。


 そして――


 「……申し訳ない。身の安全は俺が保証します」

 「馬車はウチのだけど、使ってくれ。すまないが子供たちとマリアンヌを頼むよ。気をつけてな、無茶をするんじゃないぞ?」

 「なんかあったら私は心臓が止まっちゃいますからね!」


 父さんとニーナに見送られて俺達は町を出るため、馬車を走らせる。御者はティグレ先生で、幌つきの荷台に俺達が座る。剣をはじめとして、大きな箱を持ってきていたけどなんだろうね……?


 「町が遠くなっちゃったね。ノーラに何も言わないで出て来たけど、巻き込みたくないしね」

 「ああ。兄さんは残ってても良かったのに?」

 「僕だって先生の教え子だよ? 昔からのね。この前の騒ぎもそうだけど、ラースばかりに無理はさせられないよ」

 

 ありがたい言葉を兄さんがし、俺が微笑む。兄さんも正義感は強いからそう思うのは当然か。そう思ったところで、後ろから猛スピードでこちらを追いかけてくる馬車が見えた。なんだ、あの馬車? ずいぶん急いでいるけど……?

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