第七十一話 高嶺の花か雑草か
ラースと別れたティグレはまっすぐ学院へ向かい、リブラの元へ赴いていた。話を聞いたリブラは難しい顔で顎に手を当てて言う。
「……ふむ、ベルナ先生が……」
「さらったのは騎士風の男達らしいんだ、何か心当たりはねぇか!」
焦っているのか、敬語を使えていないティグレに苦笑しながら答える。
「……無くもない」
「マジか!? お、教えてくれ!」
「だが、もしそれが当たりなら我々では手が出せんかもしれん」
「どういうこった……?」
「思い出したのだ『ベルナ』という名を。当時十六歳でルィツァール国から逃げ出した第三王女のことをな」
「んな……!? ベルナが王女? さ、さすがにそりゃねぇだろ学院長……」
ティグレが肩を竦めて苦笑するが、リブラの表情を見て嘘ではないのだと感じとり、ソファに腰を落とす。
「まあ、情報は持っておくに越したことは無い。が、それを知ってどうする? 返してくれとでも言うのか? 第三王女とてルィツァール国の姫だ、国王殿がはいそうですかと返すと思うか?」
「……」
「残念だが、これ以上私たちの手には――」
「いや、もういい、です。ありがとうございました……」
ティグレはぺこりと頭を下げ、ふらりとしながら学院長室から出ていく。リブラはその様子を見てため息を吐きながらデスクへ腰かけていた。
◆ ◇ ◆
――ベルナ先生が行方不明になり、すでに二日。
家で経緯をみんなに話した後、あまり気の乗らない状態のまま解散となった。ノーラが激しく落ち込んでいたので、その日はウチに泊めてあげたのはまた別の話。そんな俺は、約束通り家でティグレ先生を待っていた。
「ラース様、お友達が来ましたよー」
「あ、すぐ行くよ!」
ティグレ先生は相変わらず来ないけど、ベルナ先生のことを知ったAクラスのみんなが俺のところへやってくる。内容はもちろん『助けに行こう』なんだけど、場所が分からなければそれも叶わない。
「オラ、寂しいよー……」
「私も……魔法、上手くなってきて褒めてくれたのに……」
ノーラとルシエールが俺の部屋にあるソファで、ニーナの作ってくれたクッションを抱きしめて暗い顔をしていた。ルシエラは来ていない。
「なあ、何とかならないのか? ラースならパパっと助けてこれるんじゃね?」
「居場所が分かればやるけど、闇雲に動くのは危ないよ」
「……冗談だったんだけど……お前すげぇな……」
ジャックが冷や汗をかきながら肩をすくめると、マキナが口を開く。
「行くときは私達も行くからね? 先生を誘拐しようだなんて許せないわ!」
「子供の僕達にもできることがあればいいけど……」
兄さんがノーラを宥めながら沈んだ表情を見せる。俺と兄さんとノーラは他のみんなよりも付き合いが長いせいもあるのでことさら心配なのだ。
そこでまたしてもニーナに声をかけられる。また誰か来たのかな?
「今度は誰だい、ニーナ?」
「そ、それが……」
ニーナが一歩横へずれるとそこには――
「……よう」
「うわ!? ティグレ先生!? どうしたのその顔!?」
目の下にものすごいクマを作ったティグレ先生が片手を上げていた。俺が中へ入るように言うと、
「すまねぇがご両親も呼んでくれるか?」
そんなことを口走り、よくわからないままリビングに通す。父さんも母さんも応じてくれ、今いるクラスメイト達も交えると、妙な空気になる。
「ごくり……」
「何かわかったのかしら……?」
固唾を飲んで見守っていると、深呼吸した後に喋り始めた。その内容は驚くべきもので、ベルナ先生はこの前マキナ達と戦った聖騎士部の連中が属するルィツァール国の第三王女……かもしれないとのことだった。確証はない。けど、俺と出会った時期と国から消えた時期が近いとのことでほぼ間違いないだろうという。
「……ベルナ先生がまさか……」
「山の中に住んでいたのは身を隠していたかったからかしら……? でも逃げ出したなら大人しく帰るのも変だし……」
「ベルナさんはお友達です! なんとかなりませんか、ローエン様」
「オラもなんでもするからー!」
ぴょんぴょんと跳ねるノーラをやんわり宥めながら、父さんが口を開く。
「うーん、もし本当なら難しいね。俺の力じゃ国相手にどうこう言えることでもない。自分の娘をいったい誰に返すのかって話になってしまうからね」
「やっぱ、そうですよね」
ティグレ先生が力なく笑う。もうどうにもならないだろうか?
「いるかどうかを確認しに行ってみるのはどうかな父さん。なんで帰っちゃったか話だけでも聞きたいんだよ」
「それは俺もそうだが……隣国というのがなあ……」
父さんは渋い口調でそうぼやく。せめて領内ならとこぼしていたので下手に口を出すと国家間の問題になりかねないような感じだ。
「ま、そういうことだラース。お前は……お前たちは何もするなよ?」
「ベルナ先生をこのままにしておくわけにはいかないよ!」
「ラース、お前は領主の息子だ。この件はもう手を引け。折角戻った親父さんの領主をまた降ろす気か?」
「う……!」
確かに……俺が隣国の領主の息子だと知られれば国王様を通じて何らかの制裁があって然るべきか……
「じゃあな、ちゃんと宿題しろよ?」
俺達が固まっていると、用事は済んだとばかりにティグレ先生が立ち上がり片手を上げて去っていった。直後、
「ねえ、デダイト君……ベルナ先生どうなるのー?」
「残念だけどティグレ先生が言うのもわかるからね……。下手に突撃したら犯罪者だよ」
「うう……」
ルシエールが泣き出し、シンと静まり返る。
「さ、さあさ、お菓子を焼きましたからみんなで食べましょう? ね?」
「ありがとうニーナ。ルシエール、食べよう?」
「う、うん……」
とりあえずルシエールを宥め、お菓子を食べた後は模擬戦や魔法の訓練をしたりして過ごした。領主の息子として、俺はどうすればいいだろうか……そして出た結論は――
◆ ◇ ◆
「……ん、手紙? ……返事が来たのか?」
早朝、リブラが学院長室へ入ると、机の上に封筒が置かれているのを見つけ手に取る。『返事』にしては簡素なものだから違うかと封を切り中を確認すると、
”辞表”
そう書かれた紙が一枚、入っていた。
「あの馬鹿……早とちりをしおって……!」
顔色を変えたリブラが慌てて学院長室から出ていった――
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