第七十話 消えた先生


 部屋が荒らされているのを見た俺とティグレ先生はすぐに外へ飛び出て、みんなへ告げる。


 「ベルナ先生が消えた。俺は空から探索に行く。兄さん、みんなを連れて家まで戻ってもらえるかい? ……ここに残るのは不味い気がする」

 「ど、どういうこと……?」

 「わ!? 家の中がめちゃくちゃだよー……」


 ルシエールとノーラが口を開くと、ティグレ先生が肩を叩いて来た道を指さす。


 「悪いが、急ぐ。大人しく戻ってくれ」

 「わ、わかりました! みんな、行くわよ……!」

 「僕が一番後ろにつくから、ジャック君とヨグス君、前を頼むよ」

 「オッケーだぜ!」

 「わかりました」


 兄さんと男子二人で女の子を挟む形にし、下山を始めたのを見届けると俺はティグレ先生と顔を見合わせて頷く。すぐに俺は空を飛び、ティグレ先生は隣町の方へと下っていく。俺達が登ってきた道以外からこの家へたどり着くのは難しいため、すれ違わなかったところを見るとこっち方面の可能性が高いだろうと向かっていく。

 

 「くそ……なんでベルナ先生が……!」

 

 空から探すも、それらしい人影はない。ベルナ先生は小柄ではあるけど、成人した女性だ。抱えて下山するには一人では難しいと思うんだけど――

 ベルナ先生の家から隣町までは2kmほどで、それほど遠いわけでもないため時間によっては町を越えられている可能性が高い。


 「魔力が切れてきた……ティグレ先生と合流しよう……」

 

 俺は十五分ほど飛んだものの、魔力切れになったため、地上へと降り立つ。ティグレ先生はベルナ先生が踏みならしたとみられるけもの道を真っすぐ降りていた。


 「ラース!」

 「ダメだ先生、どこにもいないよ!」

 「くそ……このまま町まで出るぞ、目撃者がいるかもしれねぇ」

 「うん!」


 <ミストの町>


 俺とティグレ先生は下山し、すぐ近くにあるミストの町へと入っていた。俺達の住むクレスタの町より規模は全然小さいから、目撃者の期待ができそうだと周辺を探しながら町を歩いていく。

 端から端まで歩いたものの見当たらず、俺はその辺にいる女性に尋ねてみることにした。


 「すみません。ここに最近……数時間前後で怪しい人とか来ませんでした? 変に大きな荷物を持っていたとか、眼鏡の女の人と一緒だったとかなんでもいいんです」

 「ええ? 怪しい人ねえ……ううん。そういうのは無かったかな?」

 「そうですか……ありがとうございます」


 俺ががっかりした様子で頭を下げると、女性は一瞬考えた後、俺を呼び止めた。


 「あ、君! 眼鏡をかけた女の人ってもしかして少し汚れた服を着た人かな?」

 「……! そ、そうです服に無頓着で、放っておくと前髪が顔に隠れるようなずぼらな人です!」

 「お前なにげに言うなあ……」


 ティグレ先生が腕組みをしながら目を細めて俺を見るが、それはスルーした。今はそれどころじゃないからね。


 「その人なら少し前に町を出ていったわよ。何人かの騎士風の人達に連れられていたみたいだけど、知り合い?」

 「騎士……? ああうん。俺の先生なんです! ティグレ先生、行こう!」

 「ちょっと待てラース。そいつらは当然、徒歩じゃなかったよな……?」

 「ええ、宿屋に馬車を停泊させていたみたいよ。そのまま三時間前くらいかしら? 町を出ていったわね」

 「……助かる。ああ、最後に一つだけ。どこの貴族か分かったりしねぇか? 家紋とか」

 「うーん……そこまでは……」

 「いや、いい。ラース、戻るぞ」

 「え? 他の人にも話を……」


 俺が抗議の声を上げるも、ティグレ先生は俺の手を掴んで元の道を引き返していく。そのままベルナ先生の家へと戻り、適当な椅子に腰かけてから口を開く。


 「ったく……どういうこった? わざわざこんな山奥に住んでいる女をさらうとはな……」

 「うん……」

 「……だけど奇妙な点がふたつある。ラース、わかるか?」


 不意にそう尋ねられてびっくりする俺。思い当たるふしはあるのでそれを口にする。

 

 「ひとつは、部屋は荒らされていたけど抵抗した跡が無いことかな? ベルナ先生の魔法なら何かしら燃えていたり破壊されていてもおかしくないし、花畑も薬草畑も無事だった」

 「ああ」

 「もうひとつは用意周到なこと。突発的な犯行、例えば後をつけて襲うつもりだったら、町に馬車まで用意はしないと思う。だからこれは『ベルナ先生』を最初から狙っていたってことだ」


 俺がそう言うと、ティグレ先生は頷いて言う。


 「その通りだ。お前、あいつのことどれくらい知っているんだ?」

 「……いや、実はよく知らなくて。この前他国の人間だってことを知ったくらいだよ」

 「出会ったのは?」


 迷いなくそう聞いてくるティグレ先生に違和感を覚えつつ、俺は五年前だと答える。


 「わかった。お前はもう家へ帰れ、あとは俺が調べる。学院長なら何かわかるかもしれねえ」

 「俺も行くよ、ベルナ先生は家族みたいなもんだし」

 「馬鹿、デダイトやクラスメイトが心配しているだろうが? あとでちゃんと教えてやるから、な?」

 「……うん。約束だよ!」

 「おう! ……さて、と……」


 ティグレ先生は踵を返し、颯爽とその場を去る。その時、ポケットから何かが落ちたのを発見し、それを拾う。

 

 「せんせ――……もう行っちゃったか。流石に足が速いなぁ。これって……イヤリング?」


 落とした時に破れたのか、紙袋の中身がポロリと出て来たので慌てて受け止めると、それは金色のイヤリングだった。もしかしてプレゼントだったのだろうか。


 「……必ず見つけないとね」


 俺はそう決意してイヤリングをポケットに入れて自宅へと戻った。



 ◆ ◇ ◆


 <???>


 ガタゴトガタゴト……


 街道を走る馬車の中で、ベルナは厳しい表情で窓の外を見ていた。分岐路に差しかかり、あっちの道を行けば学院のあるクレスタの町に行けるのだと思いながら、顔を馬車内に移す。


 「……今更わたしに何の用があるのかしらぁ?」

 「……」

 「……」

 「だんまり、ねぇ。まあいいわ、どうせすぐここに戻ってくることになるでしょうし」

 

 馬車の中で言葉を発さずにじっと座っている男たちに聞こえるように呟くベルナ。その中のひとりが口を開いた。


 「……戻れるものか……あなたはなんのために呼び戻されるのかを知れば、そんな強気ではいられまい……」

 「え?」


 それだけ言うと男はしゃべらなくなり、馬車はガタゴトと車輪の音だけを立ててある場所へと向かって行った――




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