第六十九話 休みの日はベルナ先生の家で
「ティグレ先生」
「ああ、学院長。どうしたんです? 廊下で会うとは珍しいですね」
「たまには学院内を自分の眼で見て回らないとな。ベルナ先生はどうかね?」
学院長のリブラがふらりと近づいてきてティグレに声をかける。話題はベルナのことで、上手くやれているかと聞いていた。
「ああ、あいつ、ラースの師匠やっていただけあって魔法はすげぇですよ。他にも芸達者っていうか……どこで覚えたのかってくらい知識があります」
「ほう、性格も良いみたいだし良かったかな。しかし、ひとつ気になることがあってな」
「へえ、学院長が気になることですか?」
「……お前は私をなんだと思っているのだ? 【戦鬼】に言われたくはないぞ」
藪蛇だったかとティグレが愛想笑いで誤魔化そうとするが、逆にリブラは真面目な顔で顎に手を当てて口を開く。
「『ベルナ』という名前、どこかで聞いた気がするのだ。しかし、どこで聞いたのか……」
「まあ、いいんじゃないんですか? 過去を話したくないのは俺達も似たようなもんですしね。あいつが話したくなったらその時、酒でも飲みながら聞いてやりゃいいんじゃねえですか」
ティグレがあっさり、真顔でそんなことを言うのでリブラが面喰い、フッと笑う。
「……ふう、それもそうだな。なら担任のお前がしっかり見てやるんだぞ?」
「ええ! 任しておいてください」
そう言って軽い足取りで去っていくティグレの背中を見ながら、リブラはひとこと呟く。
「ベルナ先生が来てから、お前の表情はかなり柔らかくなったんだがな? 酒の席でのからかいネタが増えたかな」
くくっと意地悪く笑い、リブラもその場を後にするのだった。
◆ ◇ ◆
「先生の教え方上手いから俺も結構使えるようになったぜ! <アクアバレット>!」
「僕のスキル【霊術】も色々な側面からこうした方がいいって言ってくれるから嫌いだったスキルだけど、最近面白くなってきたんだ」
「オラ、先生大好きー」
「踊りにも詳しいのよね♪ ベルナ先生って魔法だけじゃないんだけど、どこで習ったのかしら?」
と、ある日の昼下がり。クラスではベルナ先生の話で盛り上がっていた。
赴任してきて早一か月が経ち、サブ担任としてティグレ先生と勉強を教わっていたけど、ベルナ先生は魔法以外も知識が豊富だった。
薬草は言わずもがなだけど、ヘレナの踊り、スキル、歴史に数学といったものもしっかりしていたのだ。
Aクラスはベルナ先生と話すのが楽しく、いつも誰かに囲まれているのを目にする。ギルド部は毎日楽しい。
子供のころは俺と兄さん、ノーラだけの先生だったのになと若干寂しく思う反面、あの山に一人で過ごしているころを思い出すと、楽しい毎日は良かったと感じる。
「おら、席につけー! 休み前のホームルームをはじめっぞ」
「おはよう、みんなぁ」
先生達がやってきて、長期休み前の説明に入る。前世と同じく、暑くなると夏休みのようなものがあるのだ。兄さんが長期休暇になっていたことがあるから俺は知っている。もちろん姉のいるルシエールもね。
収穫祭がだいたい7月の季節で、8月の半ばからだいたい20日くらい休みである。この世界、暑い日が短く、すぐに涼しくなる。
それはそれとして、ティグレ先生の話が終わり、俺達は解散となる。ギルド部かなと思いながらカバンを手にしていると、女の子達がベルナ先生のところへ集まっていた。
「先生、休みのどこかで遊びに行ってもいい?」
「オラ、案内するー!」
「薬草とお花畑見たいですー!」
ノーラがドヤ顔をするのが珍しいなと思いながら、やっぱり子供のころから知っている先生が好かれていると嬉しいのだろう。そこへリューゼがやってくる。
「おお、女子はベルナ先生のところかあ」
「お疲れ。リューゼは休み中どうするの?」
「……俺はちょっと王都まで、な。父ちゃんの様子を見に行くって母ちゃんが」
「そっか……」
リューゼは王都で禁固刑になっているブラオに会いに行くらしい。どうあっても親は親。俺の前世と違い、戻れる余地があるならそれに縋ってもいいと思う。
「俺は特に何も無いから、ラースの家に遊びに行きたいかもな」
「僕もだ。本がたくさんありそうだしね」
「ああ、歓迎するよ。是非訪ねてきてよ」
俺がジャックとヨグスに答えていると、がらりと扉が開いてルシエラが叫ぶ。
「私も行くわよ!」
「お姉ちゃんは来なくていいから……」
「ひどくない!? ちょっと最近反抗的じゃない……?」
「いえ、お姉さんはラース君にべたべたしすぎるからダメです」
「うんうん!」
「マキナちゃんとクーちゃんまで!?」
最近は女性陣にルシエラがよくツッコミを入れられるようになっていた。特にルシエールが姉離れ、もとい姉を離すよう努めているように見える。
そんな感じで、ギルド部はしばらくお休みだとスライム討伐をこなしてから今日が終わる。ノーラを送り、兄さんとふたりで帰っていると、やけに荷物を持った人が多いような気がするなと思い声を出す。
「なんか見かけない顔が多いような気がするね」
「ああ、休みに入ると観光客が増えるからね。この領って他の場所より涼しいみたいだから避暑地にする人がいるみたい。だから宿が多いんだって」
「へえ、さすが兄さん。経営も手を出し始めたのかあ」
「まだまだだけどね」
兄さんが照れながら苦笑すると、宿からでてきたおばさんに声をかけられた。
「あら、ローエンさんの息子さんじゃない」
「こんにちは! 忙しそうですね」
「ああ、急に団体が押しかけてきてねぇ。まあ、うちは万々歳だけどね! ローエンさんも領地のお金を稼ぐため頑張っているし。野菜、まだ作ってるんだろう? 勉強、頑張るんだよ?」
「はーい!」
と、元気よく返事をして帰宅する俺達。ニーナが出迎えてくれ、父さんと母さんが笑う。休み中はなにをして過ごそうかなと考えていると――
「もう三日経ったのか……」
「どうしたラース? なあヨグス、本ばっかり読んでないで俺達と遊ぼうぜ? ……くそ、ダメか! のめりこむと全然聞きゃしねぇ!?」
今日はジャックとヨグスが遊びに来ていた。気づけば俺はぐーたら暮らしになり、ニーナに起こされご飯を食べたらベッドでゴロゴロしながら適当に魔法を使っているくらいだった。
何とかそれは払しょくできたけど、ヨグスが本を読み始めたため、俺とジャックは暇を持て余していた。
「ベルナ先生のところ行ってみる? もしかしたらマキナ達もいるかもしれないし」
「そうだなあ……ノーラが張り切っていたし、集まってたら面白いかもな」
「いいね、行ってみようか」
「うお!? 聞いてたのかよ!?」
早速とばかりに家を出る。
「暑いから気を付けなさいよ!」
「わかってるって!」
兄さんはノーラのところに居そうだし、イコールそれはベルナ先生のところに居る可能性が高い。ギルドに行ってたり、他に遊んでいるかもしれないけど。
ジャックと他愛ない話をしながら今では少し懐かしい丘に差し掛かったところで――
「あれ? ティグレ先生じゃん! 何やってんの?」
「う!? ……なんだお前たちか……な、なんでもねぇよ」
するとヨグスの眼鏡が光り、口を開く。
「……ベルナ先生に会いに来たんですね……?」
「な!?」
「あー、休み中は会えないからな! なんだよ、俺達もそうだから一緒に行こうぜ!」
「あ、いや……」
ジャックが分かっているのかどうかわからないけど、ぐさりと来る言葉を放つ。そわそわしているのは……そういうことなんだろうなあ。
喧嘩ばっかりしているようで、実は――ということみたいだ。ティグレ先生がねぇ……
「へぇー」
「なんだラース! その目をやめねぇか!」
「先生も、男ですね」
ヨグスが眼鏡を直しながら言うと、後ろから声がかかる。
「あれー、ラース君にジャック君にヨグス君もー! ティグレ先生もいるー」
「どうしたの? みんなもベルナ先生と遊ぶの?」
「や、休み中にラース君に会えた……!」
クーデリカはともかく、マキナにそう言われて俺達は頷く。後ろには兄さんも居て、いまから行くところだったようだ。
「ここがベルナ先生のおうちですー」
「わあ、お花畑! すごい!」
「薬草畑もすごいわ!」
「鑑定し甲斐がありそうでいいね!」
庭を見て思い思いの感想を述べているみんなに対し、俺とティグレ先生は目を細める。……これだけ騒いでいるのに、ベルナ先生が出てくる気配がないからだ。
「……別の町に買い出し、かな?」
「動くなよお前ら。確認してくる」
ティグレ先生が玄関のドアをそっと開け中をのぞく。しかし、すぐに勢いよく開け放ち入って行った。俺も慌てて追いかけると――
「これは……!?」
家の中はめちゃくちゃに荒らされ、まだほのかに湯気が出ている紅茶のポットが台所に残されているだけだった。
なんだ……いったい何があったんだ……!?
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