第五十六話 戻りつつある日常と爪痕
「ん……こ、こは……?」
「おお! ラース君も目を覚ましたぞ! ご家族を呼べ!」
「……?」
俺はベッドで寝かされているのだと気づき、首を動かす。感覚はあれど、体を動かすのは……
「痛って……」
難しいようで、腕や足に激痛が走っていた。窓の外から見える眩しい光、太陽の位置を見ると昼かそれより少し前かな? ここは……どこだろう。そんなことを考えていると、バタバタした足音が廊下から聞こえガチャリと扉が開く。
「ラース!」
「あ、父さん母さん……それに兄さんも……」
「あ、じゃないわよ! 収穫祭の日、あんたが領主の屋敷で倒れたって聞いて行ってみたら食堂はめちゃくちゃだし、あんたは傷だらけで倒れているし……うう……良かった……」
「……ごめん、心配かけて。国王様やオルデン王子は、無事だった?」
「ふう……自分も相当重傷なのに……まあ、国王様を守ろうとしたのは偉いが、お前が倒れたあとは――」
俺が首だけ動かして言うと、泣き崩れた母さんに代わり父さんが丸い木の椅子に座って経緯を話してくれた。
――まず、あの場を惨劇の場へと変えたレッツェルは俺の魔法で跡形もなく消滅した……ということになっている。何故かというと遺体が見つからなかったからで、助手と言っていたイルミはレッツェルに投げられた後、行方が分からないようだ。町中に血の跡があったとのことだけど、途中で川に飛び込んだのか、川辺で血の跡が途切れており、それ以上追跡はできなかったらしい。
「そうだ……リューゼやルシエールは無事……?」
「それなんだが……」
不意に父さんの顔が曇る。ルシエールは俺がレビテーションで吹き飛ばしたから無事だと思う。もしかして!?
「リューゼが!?」
もしかして薬が間に合わなかったのかと俺は頭だけを浮かして父さんに叫ぶ。するとその直後、またバタバタと足音が聞こえてきた。
「おおおお! 目が覚めたかラーーーース! お前も無事だったか!」
「うわあああああ!? でたああああ!? ……って、お前も?」
「良かった! 俺が助かってお前が死んだらどうしようかと思ったよ! お前の兄ちゃん超こええし、ノーラも笑顔で火を飛ばしてくるしよ!?」
するとずっと黙っていた兄さんがめちゃくちゃ怖い顔で俺とリューゼに口を挟む。
「……僕に言わないで危ないことをしていたんだって? ベルナ先生とニーナにも聞いたよ。……僕はそんなに頼りないかな……? ラースが父さんと母さんのために領主に戻すため奮闘していたのに、僕は気づかず呑気に遊んでいた。どうして相談してくれなかったんだよ……僕がブラオさんに殺されかけたなら、それは僕が復讐するものだろう?」
「……万が一、かな。成功しても失敗しても、俺は家に戻れなかったかもしれない。子供がふたりともいなくなるのは良くないと思って……うわ……!?」
「あなた!?」
そこで俺は頭に衝撃を受け、目の前がくらくらした。目を開けると見たこともない顔で怒っている父さんが握りこぶしを作って立っていた。その迫力に俺はポカンと口を開け、ただ見つめるしかなかった。しばらく俺を睨んでいたが、すぐに泣きそうな顔になって俺の頭を抱きかかえるように包み、優しく言う。
「どっちかとか、そういうんじゃない。子供が死んでしまったり居なくなったら親は悲しいんだ。デダイトのためにやったんだとしても、領主に戻れたとしても。お前が居なくなってしまったら、きっと俺達は死ぬまで後悔をするはずだ。なんで気づかなかった……気づいてやらなかったのかってな。だから本気の拳骨をやった」
俺は父さんの言葉が刺さる。兄さんの為の復讐……領主に戻すための行動だった。俺は良かれと思ってやってきたけど、逆の気持ちは考えていなかったことに気づく。もし兄さんが同じことをしたら? ……俺もきっと怒るに違いない、と。そう考えると、急に胸が痛くなり、俺は多分、初めて子供らしく、泣いた。
「ふぐ……っく……ごめん……ごめんなさい……俺、父ちゃんや母ちゃん、それに兄ちゃんが大好きなんだ……だからこんな風にしたブラオが許せなくて……ひっく……」
俺はしばらく泣き続けた。前世から考えてもこんなに泣いたことは覚えていない。体と精神が近づいたのか。俺が前世からの呪縛から解かれたのか、それはわからない。
母さんが頭を撫でてくれたり、兄さんが手を握ってくれたりしてくれようやく落ち着くと、リューゼが口を開く。
「ラース……ごめんな、父上が……おじさんも、兄ちゃんも……」
「リューゼ君がやったわけじゃないし、君が気に病むことは無いよ」
「僕も、なんとか元気だしね」
父さんと兄さんが微笑み、リューゼも力なく笑い、俺の方を向く。だから俺も口元に笑みを浮かべて言ってやる。
「……俺も気にしてないよ。それより、これからお前の方が大変だろ?」
「へへ、まあな。父上はギルドに拘留されちまった……裁判までしばらくこのままだ。でも、いいこともあったんだぜ?」
「いいこと?」
家は取り上げられ、父親は拘留。それでいいことがあるだろうか? 俺は目を細めて尋ねる
「……ああ、騒ぎを聞きつけた母上が俺を迎えに来てくれたんだ。収穫祭のあの日、父上と俺のことで話をするつもりだったんだってよ」
「へえ……! それは本当に良かったじゃないか! ……俺の我儘でブラオをあんな風にしてしまって悪かった」
「気にするなって。領主なんて堅苦しいのより、冒険者の方が俺には合ってるし。……それに、父上も助けようとしてくれたって聞いたぜ? 憎い相手だろうに、俺なら多分できねえ」
「死んで楽になるのは違うと思っただけだよ……」
――そうじゃない。俺は人を殺したくなかっただけなのだ。だからブラオとレッツェルは捕らえるつもりだった。だけど――
「う……」
「どうしたのラース? デダイト、お医者さんを呼んできて!」
「うん!」
「だ、大丈夫……ちょっと気分が悪いだけだから……」
「無理をさせたかな、ごめんよラース」
「ありがとう父さん」
そこへ、さらなる来客が声をあげる。
「あー! ラース君起きてるー!」
「良かった……!」
「……」
「あ、ノーラにルシエール、それとルシエラじゃないか。はは、なんとか起きたよ」
「もう一週間も起きないから……私、心配で……あの変な人達に捕まって、ラース君が魔法を……私達のせいだってお姉ちゃんが……」
一週間だって!? そういえばリューゼが収穫祭のあの日とか言ってた気がする。そう思っていると、ルシエラが動揺した声をあげる。
「ちょ!? ……わ、悪かったわよ……あんなところにいなかったらラースは全力を出さなくて良かったかもしれないし……追いかけようって言ったの私だし……」
ごにょごにょと言い訳を言うルシエラ。俺は目をつぶったまま、ため息を吐いて返す。
「別にいいよ。多分、王子でも国王でも人質に取っていた可能性があるからね。それくらいあいつは強かった。先生二人を相手にして引かなかったくらいだし」
「ありがとうラース君。本当にごめんね?」
「そ、そう? それじゃ……お礼、ね?」
「え!? ちょっとお姉ちゃん何をする気なの!? ……ダメだって!」
「な、なら、ルシエールがしなさいよ!」
「わ、分かった……!」
瞬間、頬に何かが触れ、
「あー!!」
と、ノーラが叫んだ。え? なに? どうしたの? 気になって俺が目を開けると、顔を赤らめたルシエールがもじもじしていた。
「ふう……これで少しは……」
「もうお姉ちゃんなんか嫌い……。それにお姉ちゃんはデダイト君が好きなのになんでラース君にちゅーをしようとしたの!」
「「え!?」」
「え!? ちょ、ちょっとルシエール何言うのよ!? ごめんって! ラースとあんたをくっつけるために――」
ルシエールの驚きの言葉に兄さんとノーラが揃って声をあげる。それでもルシエラはガクガクとルシエールの肩を揺らして何やら弁解を続けていた。色々と爆弾発言が飛び出す中、ルシエールのちゅーが気になり、俺はリューゼに尋ねる。
「なあ、もしかしてさっき頬に触れたのって……」
「うるせえ! 寝てろバーカ!」
「うーん、ラースは起き上がれるようになってもまた入院するんじゃないかなあ……」
何故かリューゼに怒られ、父さんから呆れられた。なぜだろう……
そして、そこからさらに三日ほどベッドの上で生活となり、クラスメイトや両親、兄さんが見舞いに来てくれた。
完治して退院後、国王様と王子がまたこの町へとやってきたのだった。
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