第五十五話 運命の収穫祭⑥


 「せ、先生……?! どうしてここへ……」

 「生徒がピンチなら助けにくるのが先生だろうがよ! ……ま、俺だけじゃねぇんだがな」

 「え?」


 そう言われて耳を澄ますと――


 「こいつは私に任せて、ラース君を助けてやってくれ!」

 「病院がこんなやつらに任されていたとはな……!」

 「お願い……! ここじゃ大きな魔法が使えなくって……!」

 「あの声はミズキさんとハウゼンさん!?」


 そう思った矢先、ベルナ先生と……なんと学院長が入ってくるのが見えた。学院長は国王様のカバーに入り、ベルナ先生は俺の下へとやってくる。


 「みんな……どうして……いで!?」

 「お前が黙って勝手なことをするからだろうが! リューゼに聞いてなかったら国王様も危なかったろう!」

 「ご、ごめんなさい……」

 「あだっ!?」


 俺が謝るとベルナ先生がティグレ先生の足を蹴って激昂していた。


 「ケガした子に拳骨はダメですよぅ! そういうのは後で!」

 「いってぇ……なんなんだあんた……」

 「わたしはラース君の魔法の先生です!」

 「へえ……あんたが……なるほど、先生ね……なら、目的は同じだな!」

 「もちろんです! でもあなたには後でラース君を殴ったお説教です!」

 「俺は間違ってねぇ!」

 「それでもです!」

 

 喧嘩をしながらレッツェルに向かって駆け出すふたり。


 「茶番は終わりかい? 何人来ても僕には――」

 「<ウォータジェイル>!」


 レッツェルが余裕を決めている隙を見てベルナ先生のウォータジェイルが足に絡みつく。全身を絡めとらないのは力任せに引きちぎられるからだと分かっている先生ならでは! そして!


 「憤!」

 「やるね……!」


  グゥワキィィィン!!


 「馬鹿力……!?」

 

 身動きが取れなくなったところにティグレ先生の大剣が炸裂する。俺がダガーで出していた音は本当に子供だましと言えるほど室内に響く剣撃。

ウォータジェイルを引きちぎり、ガードしたレッツェルは吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。 


「うるせえ! リューゼはどうだ!」

「血は止まったし、傷も大丈夫……だけど多分血が足りない……! ブラオは見た目ほど深くないから問題ないと思う」

 「後で血を増やすお薬をマリアンヌさんからもらいましょう<ウォーターバレット>!!」

 「ラース君の魔法の師匠だけのことはあるね、鋭い……!」


 ベルナ先生は普段のぽやっとした感じとは一転、的確に位置取りをする。ティグレ先生の邪魔にならず、確実に魔法を決めていく。レッツェルも思わず褒めているほど鮮やかだった。


 「ならこいつを倒せば何とかなるな。戦! 光! 撃!」

 「速い! これなら……!」

 「でも捨て身ならば当たるよ!」


 ブシュ!


 「チッ、命が惜しくねぇのかヤブ医者!」

 「死ぬのが怖いのは、死ぬ目にあったことがない人間だよ! その胸の傷……。ああ、思い出した! 君は【戦鬼】か! ははははははははは! アレが先生の真似事とは傑作だ! 僕の医者と同じくらい滑稽じゃないかぁぁぁぁぁ!」

 「そう喜ぶなよ、恥ずかしいだろうが……!」


 戦鬼……? 一体何のことだろう……気にはなるけど、俺はブラオの傷を塞ぐと、リューゼとブラオを引きずって扉の前で固まっているニーナのところへと行く。


 「ごめん、ブラオをお願い」

 「ラース様、先生たちが戦ってくれている間に逃げましょう、奥様たちが心配します!」

 「……ごめん、この発端は僕にあるから逃げるわけにはいかないよ」

 「でも……!」

 「俺には戦う力がある。そのために五年間、必死にトレーニングをしてきたんだ! ミズキさん、ハウゼンさん、学院長! そいつは倒せそうですか!」

 「ラース様……」

 

 

 ニーナがリューゼを支えるのを見届け、声をかける。


 「む! ラース君の声援! はああああああ!」

 「なんなのいきなり!? <シャドウネット>!」

 「なんの!」


 黒い網の魔法をハウゼンさんのバトルアックスが切り裂くと、イルミはミズキさんに注射器を投げつけて後退し、叫ぶ。


 「ちぃ……レッツェル先生、私ではこれ以上無理ですよー!!」

 「なら大人しく縄につけ!」

 「なんで痺れ薬が刺さっているのに怯まないのよ!? ハッ!?」

 「こちらにもいるぞ? <ファイアボルト>」


 ミズキさんの怒涛の攻めに驚く俺。結構……いや、剣の腕はかなりいいと思う。学院長も広範囲でない魔法を駆使し、イルミを追い詰めていく。俺も参加して一気に倒すかと考えた瞬間――


 「イルミ、いいですよ。先に中庭へ逃げなさい。僕もすぐに追います」

 「よっしゃ! バイバイ、脳筋貧乳女!」

 「待て……!」


 ガシャンと、薬瓶を足元に投げるイルミ。割れた瓶からしゅうしゅうと嫌な臭いを出す。


 「くっ……なんだこれは……」

 「下がってハウゼンさん! 吸わないよう注意して!」


 この匂いは塩素ガスか……! いわゆる混ぜるな危険の、塩素と酸を混ぜた液体から出るガスだ。致死量にはそれなりに吸わないといけないけど、意識を混濁させるには十分。それを扉の前に投げられたので、俺達はいやおうなく食堂に集まることになる。

 俺の体力が回復してきたと感じ始めたころ、ティグレ先生とベルナ先生がレッツェルを追い込む。


 「断空!」

 「<ハイドロストリーム>!」

 「ぐは……!?」

 「やった!」

 

 俺が出る幕もない様子で片膝をつくレッツェル。イルミを逃がして切り札でもあるのかと思ったけど、そういう雰囲気はなさそうだ。

 それにしても二人を相手にあそこまで立ち回れるあいつは一体何者なんだ……?


 「チェックメイトだな、ヤブ医者」

 「くっく……流石に【戦鬼】相手では歯が立ちませんかね」

 「いや、こいつの魔法のおかげだ」

 「こ、こいつ!? あなたにこいつ呼ばわれされる覚えはありません。でも剣の腕は凄かったですよぅ」

 「そりゃどうも。それじゃ拘束させて――」


 直後、レッツェルがにやりと笑う。


 「くく……勝てはしませんが、逃げることはできますよ?」

 「なに?」


 ピィィィィ!


 ガシャアアアアン……!

 レッツェルが口笛をけたたましく鳴らすと、庭と繋がる唯一のガラス壁が粉々に砕け散った。そこには先ほど逃げたはずのイルミが目を細めて笑っていた。


 「はい、ストップ。レッツェル先生お待たせ」

 「いいタイミングですよ。さ、これでも僕を攻撃できますかね?」

 「まとめて潰せばいいだけだ……!」

 「……!? 待って先生!」


 俺は薄暗い庭に立つイルミが捕まえている人影を見て冷や汗が噴き出した。


 「ラ、ラース君……」

 「ラース……!」

 「ルシエールにルシエラ!? ダンス会場へ行ったんじゃないのか!」

 「ご、ごめんなさい……ラース君が気になって追いかけて来たの……そしたら……う……」

 「喋らないでね? 動くとこの二人の喉はバッサリ行くけど、それでも動く?」


 俺達が後ずさると、


 「さ、レッツェル先生」

 「ええ、ありがとうございます。もつべきは助手ですね」

 「……二人を離せ」

 「いえいえ、離したら襲ってくるでしょう? このまま預からせていただきます。そうですねえ……」


 レッツェルが少し思案した後、ルシエラの首にメスを当ててからにんまりと口をゆがめて言う。


 「明日の朝には首だけか、首から下だけが川で見つかるかもしれませんね! ははははははは!」

 「ヒッ……」

 「うっうっ……」


 ルシエラの首筋から血が流れ、ルシエールは涙ぐんでいた。馬鹿笑いするレッツェルを見て、俺はリューゼのことを思い出し、頭に血が上る。だけど、冷静に。今やるべきことを遂行するため体が勝手に動いていた。何度も何度も繰り返し使い、【超器用貧乏】に馴染ませた俺の魔法を――


 「てめぇ……。おい、ラースはどうした?」

 「え? あ、あれ……いない……。まさか……!?」

 「おや、逃げ出し――」


 ザクン……


 「……! あ、あああああああ!?」

 「レッツェル先生!? うぶ……」


 ザシュ……!


 俺はこいつらが目を背けた瞬間を狙ってインビジブルで姿を消し、レビテーションで一気に近づいた。足音が立たないし、上から攻撃がくるとは考えにくいと思ったからだ。ダガーでレッツェルの腕を落とし、イルミの腹部にダガーを刺すとレッツェルは目を見開き、初めて見せる激怒の表情をしながら残った腕で俺に反撃をしてきた。


 「ラースぅぅぅ!」

 「二度も友達を手にかけようとしたな……! ふたりとも消えろ……! <ドラゴニックブレイズ>!」

 「あ、あれは古代魔法か!?」


 学院長の声が聞こえたと同時に、ベルナ先生の家にあった本から学んだ俺の最大火力がふたりを襲う。

 

 「きゃあああああ!?」

 「イルミ!」


 包み込む瞬間、レッツェルはぐっとイルミの腕を掴み、遠くへと放り投げた。この土壇場で逃がすのか!? だけどレッツェルは逃げきれず竜の顎を模した炎に飲み込まれた。

 

 「お、おおおおお!? ……く、くくく……見事……ですよ……! ラース君! 君の顔、覚えた……ぞ……ラース=アーヴィング……」


 次の瞬間、レッツェルの体は炎と共に消え去っていった。


 「ラース!」

 「ラース君!」

 「こ、殺した……俺が……あいつを……う……おえ……」


 俺は人を殺したという事実の認識と、魔力が尽き、体が限界を迎え、そのまま意識を失うのだった――

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