第三十三話 リューゼとルール


 「ふう……食った……まさか初日からこんなことになるとは……」

 「あ、あの、ごめんねお姉ちゃんが……」


 兄さんとルシエラはクラスに戻り、嵐のようなお昼が終わった。ルシエールが謝ってくれるが、肝心の姉からの謝罪は無く俺の中でめでたく危険人物認定が降りた。


 「~♪」

 「あと一歩だったのに!」

 「ぐぬぬ、明日だ……!」


 争奪戦はマキナの一人勝ちで、机で悠々と鼻歌をしながら甘そうなパンを食べていた。黙っていると美人なのに惜しい子である。

 というわけで今日のイベントはお昼までがピークで、この後は特に何事もなく授業が終了した。途中ノーラがうとうとしていた、ルシエールが起こすのが微笑ましかったくらいだ。


 「では、僕はこれで」

 「僕もー! 家の手伝いしなきゃ……」

 「あたしもー。早く王都に行きたいわぁ」


 ヨグスやウルカ、ヘレナは早々に帰宅。


 「俺は購買でちょっと買い食いして帰るわ」


 ジャックは学院に残りマキナは、


 「部活動に興味があったから部活棟を回ってみるわ。聖騎士部というがあるらしいの。良さそうだったらそこに入って鍛えるつもり!」


 と、意気揚々とクラスを出て行った。


 「部活かあ、考えてなかったね。ルシエールもやるの?」

 「ううん。私は家に帰ってお勉強かな? スキルがあまりお家の役に立たないから、計算を覚えようかなって思ってるの」

 「おうちが商家だもんねー。ラース君、ルシエールちゃんと結婚したらお金持ちになれるかもー?」

 「も、もう、ノーラちゃん!」


 どのくらいの規模の商人なのかわからないけど、ルシエールと結婚というのは興味があるよね。顔を赤くするルシエールを見て、ノーラがいいパスを出してくれたと思った。


 「だね。まあ、ウチはお金がないから釣り合わないかもだけど」

 「そんなこと――」

 「ははは! よくわかっているじゃないか貧乏人!」


 と、お金の話をしたところで現れたのはもちろんリューゼだ。だが俺は『ルール』に乗っ取り、ノーラへと話しかける。


 「ノーラは兄さんを待つんだろ?」

 「うんー。ルシエールちゃんは?」

 「お姉ちゃんと帰ろうかと思ってるの。そろそろ来るはずだけど……」

 「そっか。なら、俺は一足先に帰るよ……って言ってもギルドに行くんだけどね」

 「ギルドへ? なにかするの?」


 それを横で聞いていたリューゼが俺の肩を掴んで激昂する。ま、流石に一日ほとんど無視してやったしこうなるかとは思っていたけど。それでも俺は無言で肩の手を払いのけてルシエールの言葉を返す。


 「うん。俺、少し前からギルドで依頼を受けているんだ。お金を貯めないといけなくてね」

 「へえー、偉いね!」


 ルシエールが目をキラキラさせて俺を見ると、リューゼが俺の肩を小突いてから言う。こっちは顔を真っ赤にしていた。


 「……てめぇ、まじでいい加減にしろよ! 何で俺を無視するんだ!」

 「いい加減にするのはお前だ、リューゼ」

 「へ、へへ……やっとこっちを……」

 

 リューゼに目を向けると、少し下がりながら口を開こうとするが、俺はそのまま続ける。


 「悪いけど、俺はお前に対して『ルール』を決めているんだ。その『ルール』に従って俺はお前と話すつもりはない」

 「な、なんだと!? お前、貴族の俺に向かって舐めた口を聞きやがって……! それになんだ『ルール』ってのは!」

 「教える必要はないかな? そもそも俺はお前と仲良くするつもりはないから気にするな。俺に話しかけてこなかったら気分を悪くすることもない。俺のこと、嫌いなんだろう?」

 「……なんでだ……なんで俺と仲良くする気はないとか言うんだ? 言えよ!」

 

 何故か食い下がるリューゼに、俺はため息を吐いてから一言だけ最後に言ってやることにした。


 「……お前が自慢する領主の父親に聞いてみればいいさ」

 「な、なんで父上が出てくるんだ!?」

 

 意外な人物の名前が出てリューゼが動揺していると、


 「ラース、ノーラ待たせたね。おや、君は領主の」

 「帰るわよルシエール! 家の手伝い、しないとね」


 兄さんとルシエラがクラスに来たのだ。俺はすぐにリューゼから目を背け、ふたりに声をかける。


 「俺達も今から出ようと思ってたところだから入れ違いにならなくてよかったよ」

 「そっか。えっと、彼はいいのかい?」

 「え? ああ、友達でもなんでもないし、別にいいよ」

 「ラース君、そういうのは良くないと思うよ?」


 ルシエールが眉をしかめて俺にそう言う。確かにその通りなんだけどね。こればかりはルシエールに嫌われたとしても曲げるわけにはいかない。


 「あいつが俺を友達だと思ってないんだ。だからいいじゃないか」

 「貧乏人が調子に乗って……!」

 「お前がその調子ならいつまでたっても俺はお前と話す気はないかな? 行こう、みんな」

 「なになに? 喧嘩? 私も混ぜてよ!」

 「お姉ちゃんダメ!」

 

 俺達はリューゼを置いてその場を去る。追いかけてこようとしたリューゼだったけど、廊下に出たところでティグレ先生に捕まりそれはできなかった。

 

 俺が自分で課した『ルール』。

 それはあいつが、貧乏人と言ったり、人を貶める発言をした場合に無視を決め込むというもの。あいつが今日一日絡んできたり、発言を聞いていたがやはり傲慢な発言が多い。特に俺に対して。

 恐らく、父さんの息子ということでブラオが吹き込んでいるのだろう。正直、リューゼは父親の身代わりをさせられているようなものだと思う。

 威勢はいいけど、それは虚勢。ブラオが父さんを恐れているという裏返しなのだと、入学式の時突っかかってきたときに分かった。


 あまり思い出したくないものだけど、ああいう手合いには二種類あって、前世の弟のように完璧に近い人間が人を見下すパターンと、自分が弱い人間だとわかっていてさらに弱いものを貶めて自分を守ろうとするパターンだ。

 ブラオは後者。リューゼがそうなるかどうかはこれからの生き方でわかるだろう。


 そしてリューゼと友達にならない理由はもう一つある。


 いつか必ずブラオを地獄に落とすのであればあいつにも必然的に痛い目を見てもらうことになる。ならば発言を諭し、仲良くなってから裏切られたと思われるより、最初から恨まれていた方が……俺の気が軽い。


 「ラース君、怖い顔しているよ……? どうしたの?」

 「あ、いや、何でもないよ、途中まで一緒なんだっけ?」

 「あんたたち家は? 私達は商店街よ」

 「オラは孤児院だよー」

 「僕とラースは同じだから知ってるだろ?」

 「あ、そっか」

 

 俺はわいわい話すみんなを見て、心の中の黒いものが少し晴れるのだった――

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