第三十二話 兄と姉

 

 「――だから二十三代目の国王はまず食料を拡大することに決めたわけだ」

 

 体力測定が終わった俺達は学生服に身を包み、先生の授業を黙って聞く。今は歴史の授業で、昔の大飢饉について話してくれた。もう二百年も前の話だし、今はその甲斐あってどの領地も豊かなので夢物語のようにも聞こえる。

 特に前世の記憶を持っている俺は、歴史はこの世界の過去を紐解け、前の世界との比較ができて楽しいなと感じる。元の世界では成績を良くするためだけに詰め込み勉強をしていたけど、きちんと意味を理解して歴史と向き合うと当時の苦労や運、人物が見えてくるから面白い。

 

 「今更、学校の勉強の楽しさを知ることになるとはね」

 「んー?」

 「どうしたのラース君?」

 「いや、なんでもないよ。ちゃんと勉強しよう」


 ルシエールとノーラが、俺が笑っていることを不思議がり声をかけてくる。なんでもないよと黒板に目を向けて続きを聞いた。


 ……カランカラーン


 「来たか……!」

 「腹が減ったぁぁぁ!」

 「こら、ジャックにリューゼ、まだ号令を言っていないぞ。マキナ、頼む」

 「はい! きりーつ! 礼! ダッシュ!」

 「マキナきたねぇぞ!?」

 

 黒髪美少女マキナが挨拶と同時にクラスから消える。礼と言っておきながら自分はせず、足はドアに向いていた。魔法の時のいじらしさはなんだったのか?

 というか俺、今日ずっとマキナのことを見ている気がする。見た目と行動のギャップが凄いから飽きないんだよなあ……

 

 というわけでお昼なんだけど、マキナ、リューゼ、ジャックが駆け出したのはよくある『購買のパン』争奪戦に参加するからである。

 デンジャラスホットドッグとハニークリームトーストという激辛と激甘のパンがあるらしいんだけど、極端な割に癖になるのだと兄さんが言っていた。学院では有名らしい。


 さて、お昼はお金に余裕がないウチに買い食いは難しい。俺は貯めたお金があるけど、あれは極力使わない予定である。領主に戻るには結構な金額が必要らしく、最低でも一千万くらい。

 いつか父さんが返り咲くその時の資金として残したいとなると余分にお金は使えないため当然お昼は弁当になるというもの。それに――


 「ノーラ、一緒に食べよう!」

 「あ、デダイト君、いいよー」

 「こんにちは、ラース君のお兄さんですね」

 「うん。ルシエラの妹だよね?」


 うんうんとルシエールが頷き握手をする。そう、兄さんが俺のクラスにお昼をしに来ることになっているのだ。今までは友人と食べていたようだけど、恋人がいるならこっちを選ぶのだと豪語していた。


 「ノーラのお弁当は?」

 「オラはこれー!」

 「可愛いお弁当箱! 中はお野菜が多いね」

 「デダイト君のお父さんが分けてくれるんだー。お肉は高いって院長先生が言ってたの。領主様が変わってから寄付金が減ったんだって」

 「そうなんだ……」


 なるほど、こういうところにも微妙に影響が出ているんだなと思う俺。まあ、追々考えることなので、俺は会話を楽しむことにしようと考える。


 「体力測定はどうだった? 疲れたろ?」

 「ふたりと遊んでいたから大丈夫だよー」


 「ルシエールは?」

 「私はねぇ」


 兄さんとノーラがラブラブ空間を作り始めたので俺はここぞとばかりにルシエールに話しかける。こういう時は積極的にいかないとずっとひとりという可能性も捨てきれない。

 残る女の子のクーデリカとヘレナは一緒に庭へ行き、マキナは争奪戦に行ったので実質ルシエールしか話す女の子がいないというのは内緒だ。他のクラスはどうなんだろうなあと思っていると、ルシエールが弁当箱を開ける。


 「サンドイッチだね。ジャムのやつが美味しそう」

 「食べてみる? ラース君のトマトと交換してほしいな」

 「トマト好きなの?」

 「うん。熟したのが好きなの」


 珍しいなと苦笑しながら俺が蓋の上にトマトを二切れ置くと、ルシエールが微笑みながら俺にジャムサンドを渡してくる。


 「はい、どうぞ!」

 「ありがと――」


 サッ!


 「あ!?」


 しかし、ジャムサンドは俺の手元に来ることは無かった。なぜなら、俺が手に取ろうとした瞬間、掠め取られたからである。


 「だ、誰だ! 俺のサンドイッチ!」

 「むぐむぐ……やっぱり野イチゴのジャムは美味しいわねー」

 

 満面の笑みでジャムサンドを口にしていたのは、ルシエールの姉であるルシエラだった。

 

 「おい! 俺が交換したんだぞ、なんてことするんだ」

 「え? そうだったの? 目の前に差し出されたから私のものかと思っちゃった」

 「明らかにルシエールは俺に渡そうとしていただろう!?」

 「お、お姉ちゃんダメだよお行儀が悪いし。ラース君、こっちのあげるね」

 「おお……天使がいた」

 

 俺は今度こそジャムサンドを手に取り、口へ入れる。うん、甘すぎないジャムがパンとよく合っていて、紅茶が欲しくなる感じだ。


 「美味しいよ、ありがとうルシエール」

 「どういたしまして!」


 そういって自分もトマトと卵サンドに口をつけ、小さい口をもぐもぐする様子が可愛い。俺も弁当を片付けるかと弁当に目を移すと――


 「あれ!?」


 俺の弁当箱が消えていた。


 「もぐもぐ……デダイト君のお弁当と同じか……相変わらず卵焼きが美味しい……」

 「なにやってんだよ!? 人の弁当を勝手に食うなって!」

 「あ、ごめん。デダイト君がもってくるお弁当と同じか確かめたかったの」

 「弟なんだから一緒に決まってるじゃないか……! あーあ、米粒ひとつ残ってない……」

 

 驚くほどきれいに平らげられ、怒るどころか呆れてしまった。まあ、ニーナの料理は美味しいから仕方ないかと早々に諦める。


 「まあいいや。美味しかったってニーナに言っておくよ。サンドイッチは食べたし、大丈夫だと思う」

 「ラース君食べる―?」

 「僕のおにぎり一つあげるよ」

 「ああ、いいよ。俺は大丈夫だから」

 「ご、ごめんね……ウチのお姉ちゃんが……」


 ルシエールが申し訳なさそうに言うと、バツの悪い顔したルシエラが俺にきんちゃく袋を差し出してくる。

 「ん」

 「なんだい?」

 「私のお昼よ。あんたにあげる」

 「いや、いいよ? 別に気にしてないし」


 俺がやんわり断ると、 


 「だってなんか悪者みたいじゃない私!」

 「悪者だよ!? 逆切れするなって!」

 「ぶー。だからあげるわ」


 どうにも引き下がりそうにないので俺はしぶしぶ受け取りきんちゃくを開ける。その中には、


 「……巨大おにぎり二個……」

 「いいでしょ! お腹いっぱいになるわよ!」

 「一応聞くけど、どうしてこのチョイスなの?」

 「よくぞ聞いてくれたわ! おにぎりだと教科書に隠れて食べることができるからよ! 最近警戒されて食べにくくなってきたけど」

 「早弁か!?」

 「うう……恥ずかしい……」


 似た顔をしているのに、サンドイッチをゆっくり食べる妹とは雲泥の差だった。やはり性格は大事なんだと俺はルシエールを見て思うのだった――

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