第二十四話 ラース=アーヴィング入学
「「「「ハッピーバースデー、ラース!」」」」
――あれから一年。俺は十歳の誕生日を迎えていた。兄ちゃんの時にもやったんだけど、十歳の誕生日はことさら豪華にするのがアーヴィング家のならわしいらしい。
例に漏れず、今俺の家では両親に兄ちゃん、ニーナはもちろん、ベルナ先生とノルトも招待し豪華な夕食を楽しんでいる。
「やあ、ラースももう十歳か。子供の成長は早いなぁ」
「そうね、デダイトも十二歳で首席を取るくらい優秀だし、自慢の息子たちよ」
そう言って撫でてくるふたりをくすぐったく思いながら、俺はステーキを口に入れて肩を竦める。それを見ていたニーナがくすりと笑いベルナ先生へ言う。
「んふふ、ラース様照れてますねー。わたしも歳を取るわけですよ……よよよ……あ、ベルナ先生っていくつなんですか?」
「ふえ!? あ、わ、私は二十三歳よ。三人と出会ったのは十八歳だったわ、懐かしいわね」
「ぐぬぬ……年下だった……ラース様が誕生された時は十六歳でした……」
「じゃあ今は二十……」
兄さんが計算していると、
「ダメです! それ以上言うとわたしがなにをするかわかりません……!!」
「いい人いないかしらねえ……」
と、ニーナはわなわなとフォークを握りしめて震えていた。母さんは本気でニーナの相手を探さないといけないかしらと困惑する。その様子に苦笑しながら、父さんが俺と兄さんの肩に手を置いて言う。
「来週はいよいよ入学式だ。勉強、頑張れ。だけどデダイトみたいになろうとして無理をするなよ? お前はお前らしく楽しんでくれ。兄弟とは言ってもひとりの子供だ、デダイトはデダイト。ラースはラースなんだからな」
「ありがとう父さん! うん、わかってるよ!」
流石は父さん、よくできた人格者だと俺は感心する。前世の両親なら弟に負けるなんて、と絶対に言うだろう。なにげに兄さんにもやんわりと言い聞かせているのが凄いんだよね。
――さて、父さんが口にしたように俺は来週から学院へ入学することになった。学費についてはようやく両親から必要な額を聞くことができ、費用は制服込みで二十五万。もっともこれは入学費用で、年間さらに十万ベリルが必要なのだ。
そして俺があくせく働き、貯めに貯めた金額は二十三万四千八百三十ベリル。あと一歩届かずという結果まで入学資金を稼いでいた。
どんなもんだとお金を差し出して得意げに言うと、
「それはお前が貯めたお金なんだから好きに使いなさい。デダイトだって自分で出しちゃいないんだ。お前に出させるわけにはいかないよ」
父さんがそう言って俺に返してきたのだ。
よく貯めたと思ったけど、俺達の見ていないところで、野菜と薬の販路をベルナ先生が行くという別の町にも増やしたりしていたらしい。
向こうの町も領地内なので、父さんを知っている人も多数いたことも良かったようだ。父さんの野菜は評判がいいのでさらに別の町へ出荷されているとかなんとか。その話を聞いて、手伝っていた俺と兄さんも鼻が高かった。
とまあそういうことで俺は無事、オブリヴィオン学院への入学をすることができたのだ。それと嬉しいことはもう一つあって――
「まさかノーラも通えるとはね」
「うんー! オラもびっくりしたけど、孤児院の院長さんがギルドに頼んで入学金を貸してくれたんだー。オラは学院に行くべきだって言われてオラちょっと恥ずかしかったけど……」
「兄さんが一番嬉しいんだろうけどねー」
「もちろんだよ! 学院で一緒だなんて夢みたいだ」
「えへー」
くっ……嫌味も通じないとは、兄さん流石だ。ちなみにノーラはノルトの本当の名前で、ノーラのお父さんは男の子が欲しかったから名前をそう言え、男の子の格好をしろと言われていたからだそうだ。
学院に行くにあたって、ノーラが真実を話してくれた、というわけだ。
……学院は大変なことになるだろうな、と俺は先に予言しておく。十歳になったノーラはそれこそ美少女になり、そばかすも消え、女の子らしい体つきになってきたからだ。
「(兄さんも大変……いや、首席の彼女だから逆に手を出しにくいかな?)」
笑い合うふたりに何もないことを祈りつつ、俺は入学式に臨む。
◆ ◇ ◆
「良く似合うぞラース」
「ノーラちゃんもね!」
「わーい!」
「ありがとう、父さん母さん」
俺とノーラは学生服に身を包み、入学式がある講堂の入り口に立って話をしていた。そして珍しく、ニーナとベルナ先生も町へ来ていたりする。
「おめでとうございますラース様!」
「うふふ、今日から学院の生徒だから私からは卒業ねぇ」
「そんなことないよ。ずっとベルナ先生は俺達の先生だって」
「嬉しいわ、ありがとう♪」
いつものボロボロの黒い服から、サファイアブルーのワンピースに着替えた先生はおめかしをして髪もアップにしている。ノーラといい、ベルナ先生といい、顔を隠している女の子は可愛い子が多いのだろうか? 初めて見たけどベルナ先生はすこぶる美人だった。
「さ、そろそろ始まるから中へ入ろうか」
「兄さんの時と同じだろうし、退屈かも」
「そんなこと言わないの! ほら、行きましょう」
「ふふー。ラース君はじっとしているの苦手だもんねー」
「そ、そういうわけじゃないよ」
母さんに追い立てられ、ノーラに図星をつかれ、中へと入っていく。俺とノーラは生徒席へ行き、椅子に座る。幸い、隣同士だったので知らない子に囲まれるということは避けることができた。
ブラオの息子であるリューゼや五歳のころあったきりのルシエールを探すが、五十人ほどの新入生にも関わらず、俺達はほぼ最後尾なので後ろ姿だけでは分からなかった。特にルシエールはもうあまり良く覚えてないしなあ……
「――ということで、学院を満喫してほしい。以上だ」
パチパチパチ……
お決まりの学院長挨拶が終わり、俺達はぞろぞろと講堂を後にする。この後、親と一度合流しクラスまで向かうのだ。
「一緒のクラスだといいねー」
「だなあ。兄さんも一緒だと良かったのにね」
「仕方ないよー。お兄さんなんだし」
「ま、一番残念なのは兄さんか」
クスクスと笑うノーラに俺もつられて笑う。父さんたちを探していると、後ろから声をかけられた。
「あんた、確か【器用貧乏】のスキルを授かったって子よね?」
「ん? 君は……?」
そこには水色の髪をした気の強そうな女の子が立っていた。
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