第二十五話 良いこと、悪いこと


 急に目の前に現れた水色の髪の女の子がふふんと鼻を鳴らして俺の顔を挑発的に見つめてくる。

 向こうは俺のことを知っているようだけど、俺は知らな……あ、いや、熊のぬいぐるみが印象深いけど、ルシエールの髪の毛も水色だった!


 「も、もしかしてルシエール、なの?」

 「そうよ! 随分探したわ!」

 

 やっぱり……!? でも、子供のころはあんなに大人しかったのに目の前にいる子は元気の塊、勝気な感じの性格をしていると思う。

 熊のぬいぐるみは持っていなくても、儚げに笑う女の子であると思っていただけに、俺の中でガラガラと何かが崩れていく音が聞こる。


 「時の流れは残酷なんだなあ……」

 「なに? 何の話?」

 「い、いや、何でもないよ?」

 「ほんとうー……? 今、すごくがっかりしたって感じの顔しなかった?」

 

 鋭い。

 しかし、それをわざわざ言う必要はないので愛想笑いで答える。するとひょこっと後ろからノーラが声を上げた。


 「ラース君の知り合いー? あ、可愛い子だねー」

 「! あんたは……?」

 「オラはノーラって言うんだー! と、友達になってくれると嬉しいなー」

 「……ふうん、可愛いわね……ラースの何?」

 「なにってー?」

 「あー、何か勘違いしているかもしれないけど、ノーラは違うからね? ノーラが彼女とか言ったら兄さんに怒られるよ」

 「兄さん……デダイト君、か……そういえばもう婚約者がいるとか言ってたっけ……」

 「え? 今――」


 ルシエールが兄さんの名前を口にしたことに違和感を覚えた俺が尋ねようとした瞬間、兄さんの声が聞こえてきた。


 「ラース、ノーラこんなところにいたのか。父さんと母さんが向こうで待ってるよ?」

 「あ、兄さん。ちょっとこの子に呼び止められてたんだ」

 「その子って……ルシエラじゃないか。なんでラースのところに来ているんだい……?」

 「ルシエラ? ルシエールじゃなくて?」


 そこへルシエラの背後で袖を引く人影が現れ、声を出す。


 「……お姉ちゃん、嘘ついたらダメ」

 「あ!」


 その人影に俺は驚く。

 背は目の前にいるルシエラの方が高く、後から来た人影は顔はそっくりだけど頭一個分くらい背は低く髪は長い。揺れるピンクのリボンでこの子が本物のルシエールなのだと確信する。


 「ルシエール、か?」

 「そう。あの時はありがとう」

 「もう五年も前の話だけどな。結局一回も会うことが無かったから危うく忘れかけていたけど……」

 「実は……私も……」


 まあそうだよね。一回しか顔を合わせたことが無い者同士なんてこんなものだ。実は好きだった、と言われても恐らくピンと来ないと思う。

 俺がそんなことを考えていると、ルシエラが俺の周りをウロウロしながら顎に指を当てて観察してくる。


 「うーん、顔は合格、身長も私より高いし力もありそう。この子がスキル受諾の時あんたが助けてくれたからもう一回お礼を言いたいってずっと言ってたからどんなやつか興味あったけど、悪くないわね! 改めて挨拶しておくわ。私はルシエラ。ルシエールの姉で、デダイトと同じクラスよ。よろしくね」


 「あ、上級生だったんですねー。ノーラです。よろしくお願いしますー」

 「俺は知っているみたいだけどラースだよ。よろしくな。ルシエールも」

 「うん……!」


 熊のぬいぐるみは無いけど、どうやらあの性格のまま育ってくれたらしい。それにしてもルシエラか。性格は真逆。よく見れば髪もルシエールより短いし、目元が違う。

 それでももし本物のルシエールが来なかったら、五年前の怪しい記憶だと信じていたかもしれない。初対面でこれだけのハッタリをかましてくるあたり、要注意人物のような気がする。


 「おーい、ふたりとも何をしているんだい? クラスに行くよー」

 「あ、父さんが呼んでる。行こう、ルシエール。……同じクラスになるといいわね」

 「お姉ちゃん私の言いたいこと全部言うの止めて……」

 「あはは、ごめんごめん! それじゃあねデダイト、ラース!」


 そう言ってルシエールとルシエラはあの時父さんを避けていたルシエールの親父さんの下へ行った。あの姉は勘弁だけど、ルシエールは可愛かったなと思いながら俺達は父さんたちのところへと戻る。


 「兄さんはルシエラを知っていたんだ」

 「クラスが一緒だからね。彼女、勉強は普通だけど剣術は強いかな。僕とほぼ互角だし」

 「へえ……」

 

 兄さんと互角とはやるな……俺は【超器用貧乏】のおかげで体力と剣術の能力は飛躍的に高くなっているので単純な力だと、今の俺は圧勝できる。けど、技巧派な兄さんは隙をついてくるのが上手いので、実際に戦うと7:3くらいだったりするんだよね。

 

 「ふたりとも可愛いかったねー。オラ、友達にしてもらおうー」

 「ルシエールなら同期だし、いいかもね。女の子同士の友達は初めてだろ?」

 「うんー! 孤児院はオラがお姉さんだもん」


 ぐっとこぶしを握りにこにこと兄さんの横を歩くノーラ。すぐに父さんたちは見つかり、近づいていくと、やはりというか会いたくないやつに遭遇する。いや、一方的に突っかかっているだけか。


 「はっはっは! 長男に続いて次男も学院に入れることができたのか? 貧乏人が無理をするな? ん? ニーナ以外にもメイドを雇ったのか? 随分いい女じゃないか。こんな貧乏人のところではなく、私のところに来ないか?」


 そう、ブラオである。

 ニーナは青ざめて俯き、今度はベルナ先生へアプローチをかけているようだった。そしてその横には――


 「お、久しぶりだな! 【器用貧乏】のハズレスキルのラース君? はははは!」


 標的のひとり、リューゼが居た。

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