第二十三話 家庭訪問
「誤魔化されてくれて助かったなあ。少なくとも学院に入るまでは大人しくしておきたいし」
ひとまず安心した俺は兄ちゃんを迎えに学院へと向かう。
兄ちゃんの通うオブリヴィオン学院は有名な学院らしく、遠くから来る子もいるので寮も完備されている立派な学院だったりする。
基本的に貴族と呼ばれる裕福層はこの国の王都である『イルミネート』の学院へ通うんだけど、めちゃくちゃ厳しい審査があるため入学自体が難しい。なのでここへ連れてくる親が多いのだとか。他の町にも学院はあるからパンクすることはないみたいだけどね。
「あ、兄ちゃーん」
「ラースじゃないか、来てくれたのかい?」
と、よく見れば横に立っているのは、
「こんにちはー」
「ノルトもいたんだ」
「うんー、帰りの時くらいしか会えないからねー」
ノルトだった。入学式の時とは違い、いつものぶかぶか服を着たノルトがえへへと頭を掻きながら笑い、兄ちゃんが手をつないで歩き出す。前髪は切っているので顔はばっちり見える。母親が美人だったのかななどと思いながら、後ろで俺は羨ましいと感じる。
まあ、何度悔やんでも仕方がないと俺は兄ちゃんに声をかける。
「今日はどうだった?」
「いつも通りだよ。剣術はクラスの友達よりラースの方が強いし、魔法はベルナ先生に教わっていたより難しいことはないからね。だけど勉強は新しいことが多くて楽しいよ」
「兄ちゃんは本が好きだからね」
「うんうん」
「いい仕事について父さんと母さんを楽させてあげたいしね。最近ご飯の量が戻ったから野菜とか売れているのかもしれないけど」
うーむ、やはり兄ちゃんの思いもそこにあったか。気づいていないようでちゃんと見ているんだよね兄ちゃんって。だからノルトのことも気づいた……って、いけないいけないまたその思考になってしまう。
俺が頭を振っていると、兄ちゃんが思い出したように口を開く。
「そういえば早く帰らないと、今日は家庭訪問に来るんだって」
「家庭訪問ー?」
ノルトが首を傾げて兄ちゃんに聞く。
「うん。家に先生が来るんだって。担任っていう、クラスに必ずひとり先生がいるんだ。その先生が家で僕のことを親に聞くんだって」
「ふうん。オラは学院に行くことはないと思うけど、オラにはもう父ちゃんも母ちゃんもいないから先生も困るだろうねー」
父ちゃんはロクデナシだったからねー、とスキルを授かった時にひとりで来ていたノルトの言葉を思い出す。彼女にとって両親にいい思い出は無いのだろう。そう思うと両親に愛されている俺は少し悲しくなる。
そんな話をしながらてくてく町を歩きながら家へ続く丘に差し掛かり、ノルトはここでお別れかなと思ったらそのままついてくるという。
「今日は久しぶりに遊ぼうと思ったんだー。だけど、先生が来るならラース君と遊ぼうかな?」
「うん。すぐ終わると思うし、庭で遊んでいてー」
「オッケー!」
兄ちゃんが着替えている間に、その担任の先生とやらがやってきた。抜き打ちなのか、父ちゃんと母ちゃんは知らなかったようで慌てて出迎えた。
現れたのは男の先生で、歳は二十五歳くらいで目つきが鋭い。正直、冒険者で魔物を殺戮してますと言った方がしっくりくるくらいスーツが似合っておらず、ノルトがちょっと怯えていた。
乱暴者だったら困るけど、大丈夫なのかな?
◆ ◇ ◆
「いや、まさか先生自ら来られるとは……」
「言ってくれれば準備をしましたのに」
「僕も今日聞いたからね」
そう言ってリビングで先生を前にした両親が口を開くと、デダイトの担任が軽く頭を下げて申し訳なさそうに言う。
「この度は急な訪問にご対応いただきありがとうございます! 俺……私はデダイト君のクラスを担当している『ティグレ』と言います。この家庭訪問は学院ではなく、お……私の判断でして実家住まいの子のところを回っているんです」
「ほう、それはどうして……?」
「家庭がどのようになっているか確認したいから、です。よくあるのが、学院へ入れるだけ入れて後は放置する親や、お金のない家庭もあります。子供の教育には大人が必須です。どういった環境で育っているのか、それを知りたいと考え独断で行っています。あ、学院長の許可は取ってありますので!」
ティグレはそう言って出されたお茶を飲み、ギンとした目を両親に向けると、マリアンヌは一瞬びくっとする。
「な、なるほど……子供たちのことを大事になさっているのですね」
「もちろんです。大事な子供を預かっている身ですから。それにしてもデダイト君は優秀ですね――」
そこからデダイトは強いのにそれをひけらかさない。周りへの気遣いもでき、勉強も熱心に聞いてくれるとべた褒めの言葉が次々と飛び出し、両親はご満悦だった。
やがて次へ行かねばとティグレが立ち、両親とニーナが玄関まで案内する。
「子供たちのためにお仕事が終わってもこういうことをするなんて凄いですねー」
「そう言ってもらえて光栄ですよ、では……ん? ……ええ!?」
帰ろうと頭を下げたところで、庭にいるラースとノルトが遊んでいるところを目にし、ティグレは驚く。
「はあ!」
「とお!」
カカカン! ビュ! ボゥ!
「やるねノルト、女の子でここまでやれる子はそんなにいないよ!」
「でもラース君にはあたらないよー」
ラースとノルトは木剣を手に打ち合いをしていた。子供とは思えない鋭さに驚くと同時に、時折魔法を混ぜていることに目を見開く。
……ローエンは元領主で戦う人ではない。もちろんマリアンヌも。そのため冒険者がどの程度の強さなのかはまったく把握しておらず、ラースやデダイトが『子供にしては強すぎる』ということは知らないのである。もっとも、ラースはデダイトと違い同年代どころか大人レベルで強いのだが。
「えっと、今おいくつで……? 弟さん、ですか? 女の子がご兄弟?」
「男の子がデダイトの弟のラースで今年で九歳になりますわ。来年は学院へ入学させるので見かけたらよろしくお願いします。女の子はデダイトの彼女ですね」
「先生のような人なら安心できる、デダイトをこれからもよろしくお願いします」
「あ、はい!」
そう言って丘を降りていくティグレは先ほど見た光景を見て興奮を抑えきれなかった。
「(あれが九歳? 剣の振りはブレがなく、思い切りがいい。まるで熟練の剣士のような正確さだ。魔法もどうだ、デダイト君以外の子供は集中して撃つだけで精一杯。剣を振りながら出すことなど不可能なのに。一緒に居た女の子も同年代だとかなり高いレベルだ……なるほど、デダイト君が強い理由が分かった気がするな。デダイト君だけでも驚くことが多かったのにな。……来年……くく、面白いじゃないか。ラース君と言ったか、彼の担任には俺が手を上げさせてもらうとするぜ……!)」
こうして、ラースは自身の知らぬ間に色々な人から目を付けられるのだった。
それからもラースはギルドで雑務の依頼をこなしお金を稼ぎ、ベルナとの魔法訓練に明け暮れる日々を続けていた。
ギルドではミズキを始め、冒険者達から妙に暖かい目で見られることに違和感を感じたものの、生活に変化は無かったのでラースは気にしないことにしていた。
ちなみにギルドマスターのハウゼンとはすれ違いが頻発し、まったく会うこともなく一年が経った。
そしてラースも十歳を迎え――
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