第二十二話 ダメでした


 やっちゃった、とはこのことだ。

 古代魔法自体使える人が少ないので、空を飛べる人間はそう居ない。ましてただの子供にそんな芸当は無理。

 だけど、俺は飛んでしまった。よりによって家族でも、先生でも、ノルトですらなく、知り合ったばかりのミズキさんの前で……


 俺がスタッと地面に降りるとポカーンとした表情で俺を見つめていた。話を進めるため俺が口火を切るが、なんと言ったものか……


 「あ、えっと……」

 「き、君はいったい……」


 ほぼ同時に口を開き、俺がそのまま話を続けた。説明を簡単にして誤魔化そうと思う。


 「俺、魔法が一通り使えるんです。今のはちょっと……そう! 魔法を二回利用してジャンプしたんです!」


 ほら、と、足元にフレイムを放ち、土系の魔法である<アンジャレーション>という地面を沈めたり隆起させる魔法を使ってすぐに戻し、浮いたような状態を作り出す。

 ちなみに落とし穴を掘って大変な目にあった魔法だ。するとミズキさんはなるほど、と手を打って納得してくれた。


 「そういうことか。でも、まだ小さいのに凄いな? 親が魔法使いでない場合、たいてい学院で覚えるまで使えないのに。親は何をしている人なんだ?」

 「父ちゃんは畑で野菜を作っているよ。母ちゃんは薬草で作った薬を売っているんだ。丘の上が俺の家」


 なんとかごまかせたかな? そう思っていると、ミズキさんは目を大きく開けて俺の肩を掴んで声を荒げた。


 「なんと! ラース君はローエン様のご子息なのか……! どおりできゃわゆ……い、いや、凛々しい顔つきで礼儀正しいと思ったよ!」

 「父ちゃんを知っているんですか?」

 「ああ。もちろん私の両親もだ。……ローエン様が領主だったころ、とある病気で私が小さいときに倒れていたことがあったんだ。その時、無償でマリアンヌ様の薬をいただき、私は助かったのだ。こうやって冒険者でいられるのもローエン様のおかげなんだ……」


 何とそんなことがあったとは。といっても父ちゃん達は困っている人を助けないことは絶対にないだろうからそういうエピソードがあっても当然だと思う。ウチの両親はとても優しいのだ。

 あれ? でも兄ちゃんが二歳の時に領主の座を降ろされたってことは、八年前よりもっと前になる。


 「ミズキさんっていくつなの?」

 「な!? ……ラース君、女性に年齢をサラッと聞くものじゃない。女の子に嫌われてしまうぞ?」

 「え、そうなの!? なんかごめんなさい……」

 「ま、まあ、私は別にいいんだがな! ちなみに十六歳だ」

 「え!?」

 

 俺が驚くと、ミズキさんは目を細めて俺をじっと見る。


 「……それはどういう意味の『え』なのかな? お姉さんに教えてくれるかい?」

 「い、いや、大人っぽいなって……」

 

 これは正解か? 思ったよりも若かった、よりはいいと思うんだけどどうだろう!? 俺がドキドキしながら返事を待っていると、ミズキさんは満足気に頷き俺の手を取って町へと歩き出す。


 「うんうん、よくそう言われるんだ、私は。さ、戻ろうか。ぐふふ……」

 「う、うん……」


 何故かミズキさんは俺の手を握ったままずっとにやにやしながら歩いていた。大人っぽいと言ったのがそんなに嬉しかったのだろうか?

 とりあえず俺は魔法について言及されずにすんだことに安堵し、ギルドに報告をした後、家へと戻った。 その時、ミズキさんが一緒に討伐に行ったからと千ベリルもくれた。癒し代という意味は分からなかったけど、貰えるものは貰っておこうと財布代わりにしている革のポーチに入れておいた。

 そろそろ学院が終わるし、兄ちゃんと一緒に帰ろうかな?


 ◆ ◇ ◆


 「ミズキ、随分ご機嫌だね?」

 「わかる? いや、だってめちゃくちゃ可愛いんだもん! 小さい男の子って純真な目をして大好きなのよ! ……こほん、大好きなんだ」

 「僕の前では口調を変えなくてもいいんじゃない? でも、さすがローエンさんの息子さんだけあって賢いし、礼儀正しいよね。将来は何をするんだろうね? スキルが【器用貧乏】らしいから、ちょっと残念だけど……」

  

 ギブソンが『このままギルドに従事してくれると嬉しいけど』と言ったところで、ミズキが声を潜めてギブソンに言う。


 「……マスターは居る?」

 「上に居るけどどうしたの?」

 「ちょっとラース君のことで話しておきたいことがあるんだけど――」


 珍しくミズキが神妙な顔つきでそんなことを言うので、気になったギブソンはミズキと共に二階へ行き、ギルドマスターの部屋を叩く。


 「いいぞー」

 「失礼します」

 「お、ギブソンに……ミズキちゃん? どうしたんだ、おっさんに囲まれるなんてらしくない」

 「し、失礼します……。べ、別に私は小さい男の子が好きなわけでは……」

 「くく、俺はおっさんに囲まれるなんて、しか言ってないがな? まあ、座ってくれ……それで?」


 細身だが、筋肉の付き方に無駄がないギルドマスターがギブソンとミズキのふたりに目を向けてそう言うと、ミズキが口を開いた。


 「……ハウゼン様はラース君をご存じですか?」

 「ラース……? ああ、ギブソンから聞いているよ。ローエンさんの次男だってな! 元気のいい子だって聞いているけど?」

 「あの子と今日スライム討伐に行ったんですけど――」


 ミズキはラースが空を飛んだこと、魔法の腕前も悪くないことをギルドマスターのハウゼンへ話す。もちろんなのだが、まったくごまかせていなかったのだ。

 ギブソンは目を見開いて驚き、ハウゼンは腕組みをして口をへの字にしてミズキの話を聞く。少し考えた後、ハウゼンはミズキとギブソンへ言う。


 「ローエンさんはこのことを知っているだろうか?」

 「薪割りの件ではラース君の力が強いことは知っていそうでした。けど、彼のスキルは【器用貧乏】ですし、薪割りは何度も繰り返しやるものなのでそれでだと思います。……しかし、古代魔法は流石に知らないかもしれませんね……」

 「ラース君は力も強いのか……」

 

 ミズキが呟くとハウゼンは膝を叩いてからふたりへ提案をする。


 「今は何もしないでおこう」

 「え? いいんですか?」

 「うむ。ミズキをごまかそうとしたのだから、何か事情があるのかもしれんしな。あのころの歳の子は自分の力を自慢したがるもんだが、それがない。言いたくないなら聞くのも野暮というものだろう? だが、危険が無いよう見守ってやることは必要だ。町の外に出るようなことがあれば注意してみてやれ」

 「わかりました。他の冒険者連中にも言っておきますね」


 ギブソンがそう言って席を立つと、ハウゼンが頷きふたりを見送る。だが胸中では――


 「(ローエン様の息子に力があるなら、もしかすると領主の座を取り戻せるかもしれんな。いや、ローエン様は心配をかけまいと自身が領主であったことは言っていないかもしれないな……ブラオをどうにかして引きずりおろしたいが……)」


 現領主であるブラオに不満を持つものも多く、ギルドマスターもその一人であった。ハウゼンは交代劇の裏に何かあったのではないかと睨んでいたが、当時証拠を見つけることはできなかった。

 

 「(それはいいとして、元気のいい子だとは聞いていたがどんな子なのかな? 毎日来ているみたいだし、そのうち直接会ってみるか)」

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