第十八話 兄ちゃん学院入学!


 今日はいよいよ兄ちゃんが『オブリヴィオン学院』へ入学する日だ!


 「忘れ物は無いわね?」

 「うん、大丈夫だよ母さん。本当に学院に通えるなんて思わなかったよ僕!」

 「はっはっは! ちゃんと通わせると約束したからな」


 そう言う父ちゃんは少し痩せた。

 俺達以外の食費を削り、父ちゃんと母ちゃんは衣服を買うのを我慢してお金は何とかなったけど、この三年間、犠牲にしたものは大きかったような気がする。

 

 「(やっぱり、怒られても俺はお金を稼ごう。話の分かる人はきっといるはずさ)」


 俺は父ちゃん達を見てそう思っていた。雑用でもなんでもいいから少しでも稼がないと。父ちゃんが倒れたら俺は悔やむに悔やみきれない。領主の座を奪い返せればいいんだけど、まだだ。まだその時じゃない。


 「兄ちゃんかっこいいよ」

 「そ、そう? ありがとう!」

 「おーいおいおい……デダイト様、ご立派になられて……」

 「恥ずかしいよニーナ……」


 ニーナもいい歳になってきたけど、相変わらずだ。いい人が見つからないかなとは母さんの弁。

 

 で、兄ちゃんが身にまとっている学院の制服は、青を基調としたブレザーのような服で、良いところの小学生みたいな感じだった。半ズボンじゃなく、長ズボンだけどね。

 そうそう、兄ちゃんは父ちゃん達を『父さん・母さん』と呼ぶようになった。大人しい方だったけど、十歳になって学院へ通うことに気を引き締めるためか去年から変えていたよ。

 それはともかく、なんだかそわそわしている兄ちゃんに俺はもう一度声をかける。


 「どうしたの? 早く中に入らないと入学式始まるんじゃない?」

 「も、もうちょっと待って……」

 「?」

 「ふふ、ラース、もうちょっとだけ待ってあげましょう?」


 俺が首を傾げていると、少ししてから声がかかった。


 「お、遅れたー。ごめん、デダイト君ー」

 「え? ……誰?」

 「え!?」


 と、酷く驚いたのは声をかけてきた女の子。

 兄ちゃんの名前を言ったということは知り合いかな? 何度か学院へ説明会とかでここに来ていたからね。あ、でも私服だから同級生じゃないのか?

 

 「うう……」


 茶色のセミロングの髪をした可愛い子で、鼻骨の上に少しだけそばかすがある。服は髪と同じく薄い茶色で、半ズボンという恰好だ。よく見れば俺を見て、少し泣きそうな顔をしている。

 そして次に放った兄ちゃんの一言で俺は言葉を失う。


 「ノルト! 来てくれたんだね!」

 「うんー! オラ、デダイト君のかっこいい姿を見たかったからー」

 「ノルト……? ……ノルト!? え!? ノルトってノルトなの!?」

 

 ノルトという言葉が崩壊しそうな勢いで俺はめちゃくちゃ叫ぶ。いや、待って待って、目の前の可愛い子がぶかぶか服を着たあのノルトなの……? すると、ぷうと頬を膨らませてノルトが言う。


 「そうだよー? え、本当にオラが分からなかったの……?」

 「……ごめん……」

 

 俺は謝るしかなかった。

 ノルトは憮然とした顔をしていたけど、すぐに笑顔になり俺に言う。


 「うーん、でもラース君はそんな感じだったよねー。デダイト君は結構すぐオラが女だってわかってたみたいだけど」

 

 まさかのボクッ娘ならぬオラっ娘だったとは……考えると兄ちゃんがノルトが来なくて落ち込んでいた理由はこれだったのか、と理解ができた。兄ちゃんはどうやらノルトが好きなのだろう。

 

 「やっと気づいたの!? 母ちゃんラースの将来がちょっと心配になったわ……こんなに可愛い子なのにね」

 「わわ……オラ、可愛いことないようー」


 母ちゃんに抱っこされ、バタバタとはにかむノルトは確かに可愛かった。むう、この様子だとノルトも兄ちゃんが好き……俺は完全に乗り遅れたのだと痛感する。

 最初に知り合ったのは俺なのに……! とは言わない。何もかも自己責任なのだ……この年から可愛い子を確保するのは意外と少なくない。

 俺達みたいな一般家庭の結婚相手は身近な子が多いらしいとニーナが言っていた。彼女はメイドをしてしまったので、相手に恵まれなかったとぼやいていたから多分、間違いない。


 「ぼ、僕頑張って勉強するよ! 大きくなったら僕と結婚してほしい!」

 「ええ!? オラでいいのー!? ……大きくなってもドジかもしれないよー……? 両親もいないし……」

 「いい! 両親は父さんと母さんがいる!」

 「……わ、わかったー」

 

 強く熱弁し、ノルトの肩をガッと掴む兄ちゃん。するとノルトはその言葉に顔を隠して頷き、カップルを飛び越えて許嫁が誕生した瞬間だった。


 「おお……デダイト……勇気を出したな……流石は俺の息子、やるときはやる男だ」

 「これはおめでたいですねー! わたし、パイ焼きますパイ!」

 「これからが大変よーデダイト。ノルトちゃん可愛いから狙ってくる男がいるかもね」

 

 やいのやいのと祝うみんなに交じり、俺もふたりを祝福する。

 

 「兄ちゃんおめでとう! ノルトは俺も良く知ってるし、いいと思う!」

 「ラース……ありがとう!」

 「ラース君、ありがとー」


 そう言って笑うノルトの可愛さに俺は視線を逸らす。うう……俺も早く気づいていれば隣にいるのは俺だったのかもしれない……でも、兄ちゃんと取り合いになるのも嫌だからこれで良かったのかもしれない。


 と、思うことで精神的安定と保つ俺であった……


 そんなこんなで(多分俺だけ知らなかった)ノルトの正体を見ることになり、兄ちゃんの入学式が始まる。でかい講堂みたいな場所で、俺達は生徒の後ろで先生の長い話を待つ。


 「ふあ……」

 「こら、ラースあくびしない」

 「はーい」


 先生の話が長いのはどこの世界の学校もこういうものなんだなと感慨深く思う。まあ友達のいなかった俺に学校生活が楽しかったかと言われれば答えにくいんだけどさ……

 あくびをかみ殺していると、見事な白髪をして、あごひげを伸ばした初老の男性が壇上に立ち声を出した。


 「私はこの学院の学長、リブラ=パーソンである。諸君、入学おめでとう。君たちを歓迎する」


 威厳があるな、と俺は思った。オーラが凄いとでも言えばいいだろうか? そんなリブラ学長が話を続ける。


 「これから君たちはこの学院で歴史を学び、魔法を学び、数学や言語学を学ぶことになるが、進むべき道を見据えて勉学に励んでほしい。平民が勉学を極めて貴族より良い生活した例もあるので、自分が貧乏だからと卑下する必要はないし、自分の生きたい道を進むのも夢物語ではないのだ。また、この学院に在籍するからには貴族も平民も関係ないと言っておく。身分が全てではないのだと知ってほしい思いからだ」


 へえ、そう言う考えの人か。身分に差が無いなんて言って凄い人だな。やはりというか、ざわざわしている親もいるようだ。説明会で聞いただろうに、冗談だと思ったのかなあ。


 「最後にひとつ。成し遂げたいことがあるなら努力を惜しまぬことだ。だが無理をしてはならん。近道は遠回り。努々、忘れないようにな」


 学長がそう締めると、場がシーンと静まり返る。俺はとてもいいことを言う人だと若干興奮していた。すると、学長はニカっと笑い、


 「さて、難しいことを話したが、食堂も図書館もよいものを揃えておる。楽しんで生活を送ってくれ、以上だ!」


 パチパチパチ……!


 学長が頭を下げると拍手が沸き起こり、俺も手を叩いていた。これが学院のトップ……これなら、面白い学院生活が送れそうだなと、俺は二年後が楽しみになった瞬間だった。


「いいなあー、オラも学院に通いたいなあー」


 ……お金、稼がないと……しかし、ノルト可愛いなあ……でももう兄ちゃんの彼女か……


 世知辛い。


 楽しみと不安が同居する胸中の中、入学式は終わったのである。

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