第十九話 いざ、バイトを始めよう!
さて、兄ちゃんが無事入学して一週間ほど経った。
もちろん町に学院があるため、家が近い兄ちゃんは毎日帰ってくるんだけど、これがまあ楽しくて仕方がない。だいたいこんな感じの話が聞けているのだけど――
「今日は体力測定があったんだけど、グラウンドっていう整備されたところをグルグル回ったんだ。僕、六周くらいしたんだけど、みんな二周目でバテてたんだ。鍛え方が足りないよねー」
とか、
「魔法を使ったらびっくりされた……。的に当てるのは簡単だよね? 維持する方が難しいのに変だよね」
はたまた、
「僕にいつも文句をいう子がいてさ。『お前、魔法使いだろ? 剣術なら負けない!』って突っかかってきたんだ。ラースはそういうことがあったら全力を出せ、なんていうから全力でやったよ。ラースとはいつもいい勝負だけど、あの子には簡単に勝てたなあ。手加減してくれたのかな? 剣士の冒険者希望だって自己紹介で言ってたし」
――という感じで、俺とノルトとしか同年代と接することが無かった兄ちゃんが学院で異質な存在になっているのである。
そりゃあ、五歳のころから五年間ずっと俺とトレーニングを繰り返していたのだ、それも並ではないメニューを。当然、今から授業で体力をつける貴族のお坊ちゃんは追いついているはずもなく、近所のガキ大将レベルの子供が突っかかってきて勝てる道理などないのだ。
でも心配はあった。
「大丈夫? 嫌われたりしていない?」
「うん。みんな凄いねって言ってくれるよ! でも女の子が多いような気がする……ノルトに怒られそうだからあんまり女の子と一緒に居たくないんだけど……」
「なんて羨ましい悩み……」
「え?」
そんな感じでいじめもない。もしかすると【カリスマ】のスキルがあるからかもしれないけど、兄ちゃんは、身内びいきなしにしてもイケメンだし、なんかほわっとしている感じがするから女の子は寄ってくるのだろう。男も一目置いているようで友達が増えたと喜んでいた。
……なんにせよ目立ってくれるのはありがたい。兄ちゃんには悪いけど、父ちゃんを領主に戻した後、後継ぎは兄ちゃんなのだ。人に好かれておいて損はない。
そんな兄ちゃんの動向は今後も期待するということで、俺は自身の学院に入るため行動を開始した。まずは父ちゃんと母ちゃんだ。俺は兄ちゃんが居ない時を狙ってふたりに話す。
「ねえ、父ちゃん。ちょっと痩せたよね? 母ちゃんも。それに服も最近変わってないよね」
「そ、そんなことはないぞ、ラース」
「ね、ねえ、ローエン」
「ううん。俺ももう八歳だよ? 父ちゃんのソーセージが俺達より少なかったり、パンが一つ少なかったり、お肉や魚が小さかったりしてるよね? 俺、父ちゃんたちが心配だよ。父ちゃん達がお腹を空かせるくらいなら俺学院に行かなくていいよ?」
俺がそう言うと、父ちゃん達が複雑な顔をして腕を組んで、しばらく考えた後に口を開く。
「ラース、俺はお前もデダイトと同じことをさせてやりたいんだ。兄ちゃんが行って、お前が行かないとなるとデダイトもショックを受けると思う。だから、気にしなくていいんだ」
「うーん、でも俺は父ちゃんも母ちゃんも好きだからなあ……。倒れられたらそっちの方がショックだよ? だから、ご飯だけは俺達と同じにしてほしいよ。服は買わなくても死なないけど、栄養は無いと死んじゃうから」
「栄養って……難しいことを言うんだなラースは。やっぱりお前も賢いし、学院へ行かせたいよ」
父ちゃんが俺を抱っこして抱えると、満面の笑みでそんなことを言う。表情は苦でもない、って感じで俺も嬉しくなる。
「うん。俺も行きたくないわけじゃないんだ。だから、俺も働く! 町でお仕事をするよ! そしたら父ちゃん達のご飯も減らさなくて済むよね?」
「ええ!? ダメよそんなの。子供に働かせるなんて……。ほ、ほら、ベルナのところで魔法の勉強するんでしょ?」
母ちゃんが慌ててそんなことを言う。が、そこは根回し済みである。
「先生にも許可を貰っているよ! ベルナ先生も『社会勉強でいいんじゃなぁい?』って言ってくれた」
「……妙に似せてくるわね……。なら確認しに行くからね!」
「いいよー」
そして、その足でベルナ先生のところへ行く母ちゃん。だが、俺の事情を知っているベルナ先生の鶴の一声で町で仕事ができるようになった。
「ラース君は優秀ですからー。お仕事も上手くできると思いますよぅ」
「あ、そうなの……?」
「はいー。何か事情があってラース君とデダイト君を町へ行かせたくなかったみたいですけど、八歳ともなればギルドで採取の依頼をやっている子もいるので、頃合いかと」
「うーん……ブラオがちょっかいかけてこないかしら……でも、確かに……」
と、ぶつぶつ言っていたけど、最終的には『ギルドでの依頼』だけなら良しとしてくれた。何故かというと、個人で仕事を手伝った場合、大人によっては子供相手だと足元を見ることがあるのだそう。
でもギルドの依頼は子供相手でも、働いたらきちんと対価を払うように指導されているから安心とベルナ先生は言っていた。ギルドカードとかいうもので記録もしっかり取られるみたいだしね。
で、俺はさっそく父ちゃんとギルドへ来ていたりする。
「すまない、少しいいかい?」
「いらっしゃ……ってローエンさんじゃないですか、久しぶりですね! こんなむさくるしいところにどうしたんですか?」
父ちゃんがカウンターへ声をかけると、眼鏡をかけた優しそうな青い髪の男性が父ちゃんを見て慌てて居住まいを正す。
「はは、俺がここで役に立てることは無いからな。むさくるしいことはないだろ? ギルドのメンバーがいるおかげで魔物から脅威を減らせているし、町の雑務も引き受けてくれるから平和に暮らせているんだからな」
「そう言ってもらえると嬉しいですね。やっぱりローエンさんがりょ――」
「ギブソン」
「あ、すみません……で、今日のご用件は?」
……やっぱり町の人は父ちゃんが領主だったことを知っているのか。知られたくないから止めたんだろうけど、俺は知ってるんだよな。父ちゃんを目で追っていると、ギブソンと呼ばれた男性が口を開いた。
「ウチの息子が仕事をしたいと言い出してなあ……俺は遊んでいてもいいと言うんだが聞かなくて」
「ははは。お父さんも大変ですね」
「ラースです! よろしくお願いします!」
ギブソンさんが俺に目を向けたので、挨拶をして頭を下げると、
「さすが、礼儀正しいですね。僕はギブソン。見ての通り、ギルドの受付をやっているよ。仕事をするならまずは僕に話をする必要があるから、これからよろしくね」
「はい!」
「今日は俺も付き添いで依頼を受けようと思う。ラースはカード作成からだな」
「ローエンさんはお持ちで?」
「ああ、引っ張り出してきたよ……。金を稼ぐのに魔物を狩ろうとしてケガしたのが懐かしいなあ……。俺には向いてなかったんだ……」
「【豊穣】じゃ魔物はたおせませんからねえ……」
父ちゃんも領主を降ろされてから苦労したのだというエピソードだろう。父ちゃん見た目からして戦闘系じゃないイケメンだからなあ。まあ、血を引いている俺と兄ちゃんもだけど。
魔物と戦うのは心配させそうだし、今は控えておきたいなと思いつつ、ギブソンの説明に耳を傾ける俺であった。
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