第十六話 考えるべきことは


 「あ、ラース遅いよー!」

 「ごめん兄ちゃん、ちょっと苦戦してた!」

  

 途中までニーナを見送り、恐らく実家だろうという家屋に入っていきホッとした俺は、広場に戻り家族を見つける。兄ちゃんはすぐに俺のところに走ってきて心配そうな顔をし、


 「お腹大丈夫? お薬飲むかしら?」

 「父ちゃんの背中に乗るか?」


 と、両親もたいそう心配してくれた。さっきの話を聞いて改めて家族の顔を見るとふいに泣きそうになる。

 「(兄ちゃんが死にそうになったから、母ちゃんはベルナ先生の薬草をあんなに貴重がっていたのかな)」

 「なに? 私の顔をじっと見て? ちゅーしたくなった?」

 「ち、違うよ! ただ、母ちゃんは凄いなって」

 「ははは、急にどうしたんだ? まあマリアが凄いのはそうだけどな!」


 そう言って笑う父ちゃんに、俺はどう伝えていいか分からず、身振り手振りを使って言う。


 「父ちゃんも凄いよ? いつも俺達のために野菜を売りにいくんだもん。ご飯が食べられるのは父ちゃん達のおかげだよ!」

 「おいおい、どうしたんだ本当に……?」

 「ふふ、お祭りで興奮しているのかもね? さ、帰りましょ。おんぶする?」

 「ううん。兄ちゃんと手をつないで帰るー」

 「ホント、仲がいいわねー」


 母ちゃんがそう言い、俺達は笑いながら丘の上の家を目指す。俺は幸せだ……前世じゃ、こんなことが無かったからふたりにどう感謝を伝えていいか分からない。でもこれから頑張ってもっと伝えようと思う。

 

 そんな決意をしたその日、ニーナは俺達の家へ帰って来なかった。


 ◆ ◇ ◆


 そんな収穫祭もあっという間に終わり、暑さが増してくる季節”紅の節”に入っていた。このころになると、周囲の状況も変わるもので、大きな出来事といえば――


 「はあ……」

 「なんだよ、兄ちゃん張り合いないなあ」


 トレーニングの人数がひとり減った。というのも、ノルトがあまり遊びに来なくなったのである。何故かというと、収穫祭の時にノルトの父親が暴れたらしい。

 酒を飲んでケンカになり、仲裁にはいったノルトを叩いたのを見た人がギルドに通報。親の資格なしと、反省のため一度牢獄へ入れられ、ノルトは孤児院に引き取られた。父親はもう牢屋から出ているけど、ノルトには一切会えないようにされているとかなんとか……そのノルトはというと、


 (オラ、孤児院のお手伝いしないといけないから毎日はこれないかもー)


 と、同じ年代くらいの子と友達になったことをこの前来た時に話していた。俺達以外に友達ができたのは喜ばしいのだけど、兄ちゃんはそのあとからこんな調子だった。


 「うーん、しっかりしてよ。俺達の友達をやめたわけじゃないんだし」

 「うん……でも心配だよ」


 確かに新しい友達にいじめられていないか、孤児院に馴染めているかは俺も心配だけどね。俺が兄ちゃんとの会話と母ちゃんに言うと『うーん、デダイトの気持ちはラースがもうちょっと大きくなったらわかるかな?』とほほ笑むばかりだった。ノルトは五日に一回くらいしか来ないけど、来ないわけじゃないからいいと思うんだけど……


 それともうひとつはニーナのこと。

 あの収穫祭以降、ブラオのところへ行っている様子はなく、ちょっかいを出されているということもなさそうで安心した。


 ただ――


 「すみません、少しお金が必要になったので、お昼は働きに出ても良いでしょうか? あ、もちろん朝と夜はデダイト様とラース様のお世話はやりますからね!」


 と、メイドとは別の仕事を始めたのだ。

 恐らくスパイを辞めたことにより報酬を貰えなくなったからだと思う。兄ちゃんがあんな調子なので、俺はこっそりニーナの後をつけたことがあるんだけど、パン屋で働いていた。

 何日かニーナの実家も見ていたけど、チンピラやそれっぽいのが姿を見せなかったので、ブラオも攻めあぐねているのかもしれない。一歩間違えれば領主どころか犯罪者だし。

 

 「誘拐はリスクが高いのかな」


 海があれば船で高跳びできるかもだけど、陸路で女性一人を連れて歩くのはなかなか難しいのかもしれないと勝手に想像し、ニーナが無事であることを今日も感謝する。

 そして俺はそんなことを考えながら、ひとりベルナ先生の家へと向かっていた。


 「こんにちはー」

 「あ、ラース君こんにちは♪ ひとり?」


 ベルナ先生に促されてリビングへ行き、椅子に腰かけてから話を続ける。


 「うん。父ちゃんの作った道は歩きやすいからすぐ来れるしね。兄ちゃんはノルトが居ないから家で本を読んでいるよ」

 「うふふ。いいところを見せられないからねえ」

 「? いいところ? ノルトに見せるの?」

 「まあまあ、ラース君にはまだ早いかな? 今日はどうするの? 魔法の訓練? 薬草摘み?」


 ベルナ先生が母ちゃんみたいなことを言い、俺は憮然とする。だけどすぐに深呼吸し、居住まいを正す。

 今日、一人で来たのは理由があってのこと。

 

 それは――


 「ベルナ先生、俺にもっと魔法を教えてください。実は――」


 俺はベルナ先生に家族の事情を話した。最初はびっくりした顔をしていたけど、兄ちゃんが死にそうになったことや、ニーナが襲われそうになったこと、そして嫌がらせをしているといったあたりで頬を膨らませる。


 「なんて人でしょう! わたしそう言う人大っ嫌いですー! わたしもあっちで……あ、ううん、それよりラース君、魔法を強くしてどうするの? 領主さんは悪い人だけど、魔法で痛い目を合わせても、殺すことはできない以上、必ずラース君を恨むわ。立場を使って殺しに来るかもしれない。そういうことなら教えることはできないの」


 まあ、先生ならそう言うだろうと思っていた。もちろん直接やれれば一番いいけど、先生の言う通り、殺せば犯罪。中途半端に生かせば復讐されるだろう。俺に敵わないなら他の家族に、というのはあり得ることだ。だから俺は先生に言う。


 「大丈夫! 豚や……領主はまだウチをどうにかしようと企んでいるみたいだから、みんなを守るために強くなりたいんだ」

 「……」


 先生は口をつぐんで考える。どうするか思案しているのだ。前髪が長いので目をつぶっているかどうかはわからない。やがて先生は目を開き、俺に告げる。


 「わかったわ。でも、無茶なことはしないようにね? わたし、たまにあなたのお家へ行ってマリアさんにラース君達のことを聞くからね? それで無茶をしているようなら教えるのはなしにします」

 「うん! 大丈夫、あいつは社会的に抹さ……ううん、大きくなったらあいつよりお金を稼いで領主の座を取り返すつもりだから」

 「うん? なにかいま良くないことを……」

 「ぜ、全然そんなことないよ! さ、なにからやる?」

 「そうねえ……」


 こうして、兄ちゃんが居ない時にもベルナ先生に師事を仰ぐことになったのだった。

 まだ焦る必要はない。じわりじわりと力をつけていくことが今の俺にできることなのだ――

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