第十五話 運命の収穫祭②


 ガサガサ……


 俺は庭の植木に忍び込み、首だけ出してキョロキョロと周囲を見渡す。日本の家屋みたいにベランダや縁側みたいに風通しの良い場所はないので、二階に行かれると手の打ちようがない。


 「ニーナはどの部屋に……? お?」

 「――です」


 壁沿いの植木に身を隠しながら窓をチラチラ覗いて行くと、運良くニーナの姿を発見した。ニーナは立ったままで、ソファにふんぞり返る豚……もとい、ブラオだったっけ? と会話をしていた。ニーナの顔は見えないけど、声色で不安げな様子が伝わってくる。俺はそのまま耳を澄ませて会話に集中した。


 「ローエン達は苦労しているようだな?」

 「それも、はい、そうですね……」

 「くっくっく……いい傾向だ。このまま町を追い出してやる日も近いか?」

 「……」


 こいつ、俺達を追い出すつもりなのか? 一体何の恨みがあってそんなことを……俺の疑問は次のニーナの言葉で明らかになった。


 「……もうアーヴィング家に関わるのはやめては如何でしょう? ブラオ様は領主になったのですから満足なのでは? ローエン様達も必死です。売りに来られた野菜や薬を安く買い叩いたり、市場から締め出すような卑怯な真似は……あっ!?」

 「黙れ! 貴様、誰に向かって口を聞いておるか! 私は国王様より任されたこのイストリア領の領主だぞ!」

 「(ニーナ……! くそ、あいつめ……!)」


 激怒して立ち上がり、ブラオがニーナをひっぱたくのが見えたので俺は飛び出すのを必死で抑えて歯噛みする。とりあえず、こいつの嫌がらせだということが判明しただけでもここに来た意味はあったかな?


 「……その地位もローエン様から奪ったくせに……!」

 「黙れと言っている! ニーナよ、お前の母親の治療費を出したのは誰だ? この私だろう? 死にかけていたババアを助けたのはな。ん?」

 「それもあなたの仕業でしょう! あなたのスキルは【薬草の知識】だと後で知りました。そしてお母さんが、毒草の中毒症状で苦しんでいたことも……」


 へえ、母さんみたいに繊細なスキルを持ってるのは意外だと俺は思う。【傲慢な態度】みたいなやつかと思っていたからね。

 それはいいとして、だんだん見えてきた。ニーナがブラオに『領主の地位』を父ちゃんから奪ったと言った。元・領主だと言われれば貧乏なのに家が立派でニーナというメイドがいても違和感はない。

 ついでにニーナが薄給でよいと言った理由もこれで納得がいく。


 ……彼女はブラオのスパイなのだ。


 「証拠はあるまい? 大金を払う代わりになんでもすると言ったのはお前だニーナ。故にローエンとマリアンヌの動向を探らせているのだぞ? やつが育てて豊作になった野菜を先に市場に大量に用意し、価格を暴落させればやつの利益などほとんどない。薬だってそうだ。まあ、薬は最近妙に高価なものを作っているらしいが?」

 「……卑怯者……! ローエン様を領主から引きずり下ろした方法も私の母さんと同じく、二歳になるデダイト様に毒を飲ませたからでしょう!」

 「……ふん、聡い女は早死にするぞ? くく……あの時、使用人だった私がマリアンヌのスキルでも救えない毒草の調合をし子供に飲ませた。信用のあった私は疑われなかったよ。真面目に仕事はしておくものだとおもったね。で、そこへ偽医者を呼び、助けるには大金が必要と金を積ませて領主から降ろし、さらに子供は助からなかったという筋書きだったのだが――」


 ……! 俺はとんでもない言葉を耳にし、頭がカッとなる。こいつ……兄ちゃんを殺そうとしていたのか……!? 


 「――誤算があった。子供は死ななかったのだ」

 「当たり前です! 毎日、不眠不休で色々な調合をして薬草を作っていた奥様が子供を助けられないはずはありません! もしかしたらお腹にいたラース様も流産していたかもしれないのに! ……やはり、使用人のあなたがやったことでしたか……このことは――」

 「ローエンに言うか? やってみるがいい。その時はお前の母親があらぬ罪で捕まるかもしれんがな?」

 「……!?」


 ニーナの顔が青ざめていく……口ぶりから望んでスパイをやっていたわけじゃない。ニーナもまた、家族のために仕方なく言うことを聞いていたにすぎないんだ。さらにブラオは下卑た笑いをニーナに向けて覆いかぶさった。


 「このまま私のものになれ。やつが領主だったころから知っている仲じゃないか?」

 「嫌です! 奥様に知られたら――」

 「なあに、その時はその時さ。領主だぞ、私は?」

 「ロクな政治もできないクソ領主だって言われているのを知っていますか? ふふ、分不相応とはあなたのためにある言葉ですね! ……あう!?」

 「黙って聞いておればぺらぺらと囀る! 今まで我慢してきたが、もういい! 体に教え込ませてやろう!」

 「ああ!? だ、誰か――むぐ!?」

 「くっく、誰も来ないぞ? ここは私の屋敷だ!」


 いけないこのままじゃニーナが襲われてしまう!


 「届け……<ファイア>!」


 俺は小声でクソ豚野郎の髪に向かって火を放つ。手のひらサイズの火が、シュッとブラオに着火した。


 チリチリ……


 「ん? なんか焦げ臭いな……ってうおおおお!? あ、熱いぃぃぃ!? ニーナ、け、消してくれ!」

 「……! 嫌です! もうあなたの言うことは聞きません。もし私の母さんに何かしてみなさい、その時はギルドとローエン様に洗いざらい吐いてやるから……!」

 「うお、ま、待てニーナぁぁぁ!」

 

 そう言ってニーナは部屋を出て屋敷を後にするのが見えたので、俺はホッとしその場を後にする。


 ……あの調子だとニーナは母親のことを思って言い出すことはないだろう。ブラオもニーナに手を出すのは諸刃の剣だとわかるはずだから手は出さないと思う。

 

 さて、ブラオが父ちゃんを罠にかけ領主から引きずり下ろし成り代わったという話は大きな収穫だった。父ちゃん達が隠したがっていることもすべて分かった。

 終わったことだとまずは飲み込み、俺はニーナを追いながら、一人呟く。

 

 「兄ちゃんを殺そうとして、父ちゃんと母ちゃんを陥れた……許されることじゃないよね……?」


 今は五歳。力も金もない俺にできることは、悔しいが無い。これを不用意に父ちゃんたちに言っても領主権限で何をされるかわからないから迂闊なことはできない。


 現状を鑑みて、俺は歯噛みする。


 「……今はその地位を預けておいてやる。ブラオ、俺が必ずお前を地獄に叩き落としてやる」


 俺の生きる目標が一つ増えた瞬間だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る