第十一話 魔女のおうちへ行ってみました
兄ちゃんを背負って移動するくらいには鍛えているので、俺は兄ちゃんを背負って“魔女”の後をついていく。ちなみに名前はまだ聞いておらず、”魔女”だとも言っていないので、俺が勝手に呼称しているだけだ。
「~♪」
「(鼻歌……)」
“魔女”は先ほど倒した熊をずるずると引きずりながら鼻歌交じりで前を歩く。片手で引いて行くその姿は間違いなく“魔女”だなと俺は警戒を解かずに一定の距離を取っている。
しばらく森の奥へと歩いて行くと、なにやらいい香りが漂ってきた不意に森が終わるとそこは――
「うわあ! 凄い花畑だ!」
「い、いらっしゃい……こ、ここがわたしのお家、です」
「家も立派な二階建て……本当にここが山奥なの……?」
それほどまでにこの周辺は楽園かと見紛うくらい別世界だった。これがお菓子の家だったとしてもきっと違和感がないくらい。
俺がポカーンとしていると、女性が熊の死体を家の横に寝かせると、俺の背中から兄ちゃんを奪った。
「あ!」
「さ、さあ、お茶を用意しますから、中へどうぞ! お、お客さんがたくさんで嬉しいな」
「ちょっと、兄ちゃんを返してよ!」
俺は慌てて家の中へ入る。外見に比べて中は質素で、入ってすぐは暖炉のついたリビングだった。隣の部屋に通じる場所へのドアはなく、ちょっとした仕切りの向こうにダイニングテーブルとキッチンが見えた。
それに加えて俺は驚くものを見かけた。
「ああ!? ノルトじゃないか!」
「え? あー、ラース君だー。どうしたの?」
呑気に手を振る友達に俺は脱力し、その場にへたり込んだ。それをみたノルトが慌てて椅子から飛び降りて俺のところへやってきた。
「あわわ、どうしたの!? そう言えば泥だらけだね? あ、デダイト君もいるんだ!」
「ああ……お前が山に入って帰ってこないって騒ぎになってたんだ。町の人やウチの父ちゃんも探しに山に来ているんだぞ」
「そうなの!? オラ薬草を取りに山に入ったんだど、帰る途中足を怪我して動けなくなったんだよー。
動物とか魔物は【動物愛護】で離れてもらえたけど痛くて全然動けなくて怖かったんだ。そしたらベルナさんが助けてくれたんだー」
「ベルナさん?」
今、ノルトが凄いことを言っていたような気がするけど、知らない名前が出たので聞き返す。まあ“魔女”の名前だと思うけど――
「あ、、わ、わたし、です」
「わあ!? びっくりした!?」
急に後ろから声をかけられ俺は飛び上がって驚いた。どうやらこの”魔女”の名前らしい。見ればリビングのソファに兄ちゃんを寝かせてタオルケットのようなものをかけてくれていた。……優しい?
横目で兄ちゃんを見ていると、やはり鼻歌を歌いながらキッチンでごそごそとお茶の準備をしていた。
すぐにダイニングテーブルに紅茶が置かれ、俺を手招きして呼ぶ。
「はい♪ ど、どうぞ……」
「あ、どうも……」
おどおどしているのか喜んでいるのか難しいテンションで勧められ、俺は一口、ズズズ……と紅茶を飲む。
おや……!
「美味しい……!」
「そ、そう? 良かったぁ」
「オラも貰ったけど、美味しいよねー」
手をパンと叩くベルナは表情が見えないので、声色と口元で判断するしかないが今は嬉しいと分かった。そう言えばなんとなくノルトっぽいなと思う。紅茶にはハーブでも入っているのか熊と“魔女”に出会った時の緊張感が抜けていく。ホッとしたところで俺はノルトへしゃべりかけた。
「で、どうしてまた薬草なんか取りに来たんだ? 母ちゃんに言えば多分あったと思うよ」
「……うん……父ちゃんが急におなかが痛いって言いだしたんだー。病院に行くお金はないし、ラース君のお母ちゃんも頭をよぎったけど、薬草をタダで貰うわけにはいかないから自分で採りに来るしかなかったんだよね」
えへへ、と頭を掻いて照れるノルトへ盛大なため息を吐いて言う。
「とりあえずそういう時は俺達にも言えって! ノルトだったら、俺達が言えば父ちゃんとか母ちゃんが一緒に行ってくれたのに……帰ってこないって聞いてめちゃくちゃ心配したんだぞ……」
「ご、ごめんね……」
「す、すぐ見つけられて良かったよ。……町の人たちが探しているなら行かないとね……もう帰る?」
少し寂しそうに言うが、心配しているみんなに無事を知らせないといけないし、捜索させるのは時間の無駄だと俺はうなずく。だけど出る前に一つだけ尋ねることにした。
「えっと、ベルナさんは“魔女”なんですか?」
「え? うん。女の魔法使いだから魔女だと思うけど……」
「あ、はい」
口元に指をあてて当たり前だよ? と言わんばかりに首をかしげる。歳はニーナより若いかな? 今のしぐさで一八歳くらいに見える。
「そうじゃなくて、町の人とか噂している子供をさらったり食べたりする人なのかってこと!」
「えー!? ま、魔女って子供をさらって食べたりするのぉ……!?」
うん、どうやらこの人は天然っぽい……多分そう言う人ならノルトは即食べられているだろうし、町の人が言う“魔女”ではないらしい。質問を変えてみる。
「魔法を使えるんですよね? それを教えてもらったりはできますか?」
「え? べ、別にいいけど……わたし、攻撃魔法ばっかりだよ?」
「あ、教えてくれるんですね! じゃあ、今度また来たときに教えてください!」
「ま、また来てくれるの! うんうん、いいよー!」
「あ、オラも教えてほしいー!」
「も、もちろんよぅ♪」
ノルトとベルナさんが両手を握り合ってぶんぶん振っていてとても仲良しに見える。一晩いろいろ話したのかもしれないなと思っていると、兄ちゃんが起きてきた。
「ここは……? あ、ラース! それにノルト! 無事だったんだ!」
「デダイト君、目が覚めたんだ! ごめんねー」
ひしっと抱き合うふたりが微笑ましいと思いながら、俺はベルナさんに挨拶をする。
「それじゃそろそろ行くね! ありがとうベルナさん。ていうかどうしてひとりでこんなところに住んでいるの?」
「えっと、わ、わたしお花が好きで、薬草の研究をしているの。ここは珍しい薬草も生えているから、自生じゃなくて栽培ができないかなとかそういうことをしているの……」
魔女はどうやら研究者だったらしい。両親とかいないのだろうか……? 天然ボケのお姉さんと色々話をしてみたかったが、今はノルトを町へ届けるのが先決だ。
「行こう、兄ちゃん、ノルト」
「うん!」
「ま、また来ますー」
「うんうん♪ か、帰りはノルトちゃんが【動物愛護】が使えるから送らなくて大丈夫かな?」
「多分! それじゃ」
俺達はベルナさんの家を出ると、父ちゃん達を探すため森を動き始める。陽が暮れる前にと思っていたけど、思いのほかすぐに見つけることができた。
「父ちゃん!」
「デダイトにラース!? そ、それにノルトじゃないか!」
「おおーい! 見つかったぞー!」
父ちゃんと一緒にいたおじさんが大声でみんなに知らせると、安堵した町の人がノルトを撫でたり、涙を流したりしていた。
「良かったなあ……。あのクソ親父は俺達がとっちめてやろうぜ。ふたりはローエンさんの息子さんかい? 助かったよ、やっぱりローエンさんがりょ……」
「グレンさん、ノルトも見つかったし戻ろう。お前たちも母ちゃんには何も言わないで出て来たんだろう?」
おじさんが嬉しそうに何かを言いかけたが、父ちゃんがそれを遮るように話しかけ聞き取れなかった。
その後、無事下山するとノルトは呑気に俺達に手を振り、大人たちに囲まれて丘を降りて行った。
そういえば一緒に居た人たちは父ちゃんを蔑ろにしなかったような気がする。まだ秘密はありそうだ。
で、俺達はというと――
「勝手に山に入ったのはダメだなー? ノルトを見つけたのは良かったけど」
「だ、だよね? あ、俺疲れたから部屋に戻るね」
「あ、ず、ずるいよラース!?」
「兄ちゃんだってベルナさんを見て気絶したじゃないか!」
「つべこべ言わない!」
ゴッ!
次の瞬間、父ちゃんのげんこつが俺の頭に落ちたのだった。でも、ノルトが無事でよかったなあ。クソ親父、会ったらどうかしてやりたい……
“魔女”だと思っていたベルナさんが普通の魔法使いだったのは驚いたけど、魔法は面白そうだし、楽しくなりそうだよね。
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