第十話 魔女の山


 「それじゃ行ってくるよ」


 父ちゃんや町の人達はすぐに山の中へと消えていく。ほとんど放置子のノルトだけど、ちゃんと挨拶もできるし、ご飯の残り物を貰うときもきちんとお手伝いをしているのだという。

 父親がクズだということは誰もが知っている。だから町の人はノルトを不憫に思い、探しに来たのだそうだ。


 「大丈夫かな……」

 「心配だね……」


 中には剣を持った冒険者風の人もいたので戦力的には問題なさそうだけど、今日からいないのか昨日なのか……それは分からない。

 ただ、町の人たちの顔を見る限りあまり芳しくない状況のようだった。


 「どうして山の中へ行ったんだろう……」


 心配そうに呟く兄ちゃんに、俺は首を振って返事をする。


 「聞いてみないと分からないよ。……見つかるといいけど……」

 「うん……」


 兄ちゃんにしても初めての友達なので、もしこれで会えなくなったらと思っているのかもしれない。俺達しばらく山の方を見ていたけど、俺は意を決して歩き出す。


 「ラース?」

 「……俺、行ってくる。父ちゃんたちは奥へ行くかもしれないけど、俺達が昔遊んでいた辺りにいるかもしれない。だから、探しに行ってくるよ」

 「ええ!? 見つかったら怒られるよ!」

 「でも、心配だからさ。兄ちゃんは待っててよ!」


 俺は父ちゃんに作ってもらった木剣を手に山のふもとへ向かう。すると、


 「ぼ、僕も行くよ!」

 「大丈夫?」

 「お、弟に行かせて僕が行かないなんてダメに決まってるだろ!」


 俺の手を取ってずんずんと前を歩き出す兄ちゃんを見て、俺はつい微笑んでしまう。


 「なんだよ、なんかおかしいかい?」

 「なんでもないよ、行こう兄ちゃん!」


 程なくして俺達は山へ入り、茂みや木陰をガサガサと探していく。蛇や兎なんかが驚いて飛び出してくるけど、ノルトは見つからない。


 「おーい、ノルトー!」

 「いたら返事をしてー!」

 

 父ちゃんたちに見つかる覚悟で大声を出して呼ぶも返事はなく、鳥や虫の声が静かに聞こえてくるばかりだった。

 昔は普通に入っていた山の中だけど、ノルトがいなくなったということで俺には異質な空間に見えている。大人になったらカエルに触れないのに……いや、似てないか……そんなことを考えていると、兄ちゃんが汗を拭いながらこっちへ来る。


 「やっぱり奥の方へ行ったのかな?」

 「かもね。あ、ここから先は母ちゃんとしか行けない場所だ……」

 「本当だ……」


 母ちゃんの薬を作るための野草は山、この場合は森だけど、その奥にしか生息していないので母ちゃんはここまで来ることがある。俺と兄ちゃんは一回か二回くらいついて行ったことがあるけど、ふたりだけで来るのは初めてだった。


 「これ以上は本当に怒られちゃうなあ。残念だけど父ちゃんに見つけてもらうしかないね……」

 「うん……」

 

 兄ちゃんは落胆していた。多分、俺達で見つけられると思ったのだろう。実は俺も友達を見つけられるのは友達である俺達なんだと思っていた。

 俺は胸中ではわかっているつもりだったが、子供の体に引っ張られるのか、俺達なら見つけられると信じて疑っていなかったりする。

 踵を返して歩き出そうとしたところで、兄ちゃんが顔をあげて俺に言う。

 

 「そうだ、近くに川が無かったっけ? 汗かいたし、顔を洗って帰ろう」

 「あ、いいね。行こうか」


 母ちゃんと水遊びをしたことを思い出し、いそいそと向かう。もしかしたらノルトがいるかも、という期待が無かったわけじゃない。

 だけど見つけたのは俺達にとって最悪のものだった。


 グルルル……


 「うわ!? く、熊だ!?」

 「兄ちゃん!」


 グル……?

 

 そう、熊が川で水を飲んでいたところに遭遇したのだ。俺は慌てて大声を出した兄ちゃんを引っ張って茂みに身を隠す。でも多分今の声で気づかれたような気がする。

 

 「(兄ちゃん、ゆっくり戻るよ!)」

 「(う、うん……)」

 「(でも熊ってもっと奥にいるんじゃなかったっけ……?)


 そう思うと同時に、もしかしてノルトは食べられてしまったのでは、という考えが頭をよぎる。だけど、大きさは俺と兄ちゃんを足しても追いつかないくらいの大きさだ。俺達に倒せる相手ではない。


 「よし、一気に走るよ……!」

 「あ、ま、待って!」

 「え!?  あ……いつの間に!」


 俺達が下山するため走り出そうとしたが、兄ちゃんに引っ張られ俺は尻もちをついて転ぶ。熊はいつの間にか俺達の前に回り込んでいたのだ。


 「ま、まずいよ……」

 「僕たちは美味しくないよね……」


 そのまずいではないんだけど、ゆっくり近づいてくる熊に俺達はすくんでしまった。だけど、兄ちゃんの姿を見て俺は立ち上がって兄ちゃんと熊の間に立ちはだかる


 「ラース!」

 「お、俺が食い止めるから兄ちゃんは助けを呼んできて!」

 「い、嫌だよ、ラースを置いて逃げられない!」

 「いいから! 早く!」


 兄ちゃんは一瞬迷ったけど、共倒れよりはと思ってくれたかうなずいた。だけどその時、


 「ラース! 前!?」

 「え!? うわ一気に来た!?」


 グルッォォォォ!

 熊がよだれを垂らして襲い掛かってきた! 咄嗟に木剣を構えて突き出すと、熊の鼻面にヒットし、熊はびっくりして後ずさる。俺は体当たりをモロに食らって地面に転がる。

 

 「うあ……」

 「ラース!? う、うう……ぼ、僕がラースを守る……!」

 「に、逃げて兄ちゃん……げほ……」

 

 俺がやられている間に逃げ切れるはず……せめて兄ちゃんだけでも助かってほしいと声を出すが兄ちゃんは震えながらも木剣を構えたまま動こうとしなかった。もしかしたら恐怖で動けなかったのかもしれない。


 ガルゥゥゥ!!


 「うわ……く、来るなぁ!!?」

 「にいちゃ、ん……!」

 

 ダメか……父ちゃんと母ちゃんを悲しませることになることに後悔しながら目をつぶる。しかしその時、凛とした女性の声が響いた。


 「<ウォータジェイル>!」


 グルォウ!?


 「……?」


 うっすら目を開けると、間一髪、兄ちゃんの目の前に迫っていた熊が水でできた鎖に絡まれて身動きが取れなくなっていた。直後、さらに声が響く。


 「<アースブレード>!」


 ドブシュ!

 水の鎖で繋がれた熊が地面から突き出てきた土の剣で串刺しになった。しばらくもがいていたけど、熊はすぐに動かなくなった。


 「す、すごい……!」

 「ラース!」

 

 俺が感嘆の声を上げていると、兄ちゃんが茂みに埋まった俺を助け起こしてくれる。草がクッションになってくれたせいで体に擦り傷はあるけど骨が折れたりはしていないようだ。


 「今のは……魔法、かな?」

 「多分……母ちゃんの水魔法とは全然違ったけど……」

 「一体誰だろう」

 

 もしかしたら父ちゃんと一緒に行った人たちかもしれないと思い、姿を現すのを待つ。するとガサガサと音を立てて人が目の前に現れた。


 「あ、あの……だ、大丈夫、かな? 魔法、当たらなかった」

 「で、でたー!?」


 おろおろしながらそう呟くのは女性だった。その姿を見て兄ちゃんはきゅうと気絶する。それもそのはず、その姿はボロボロで真っ黒な服を着て、髪もぼさぼさ……魔女だったからだ。

 

 「兄ちゃんずるい! 俺が気絶できなくなったじゃないか!」

 「あ、だ、大丈夫みたいね。そっちの子気絶しちゃったし、う、うちに、来る?」

 「……食べない?」

 「た、食べません!」


 とは言うけど安心はできない。だけど熊から助けてくれたのは事実で、逃げるにも兄ちゃんを置いて行くわけにはいかない。

 

 「……じゃあ、お願いします」

 「はい♪」


 魔女は手を胸の前でポンと合わせて、首を傾けるのだった。大丈夫かなぁ……

 


 

 

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