第九話 友達


 一瞬見えたあの姿……ボロボロの服に長い髪。あれは間違いなく母ちゃんの言っていた魔女に違いない。その日の夕食に家族へと話すことにした。隠し事は良くないからね。


 「……多分そうね、私が見た時もそんな感じだったわ。山奥じゃなくて近隣まで出てくるようになったってことかしら……? トレーニングは別にいいけど、山には近づかないでね」

 「うん」


 ということで、やはりあれは”魔女”で合っているらしかった。ならば全力で山には近づかない方がいいだろうと兄ちゃんとうなずき合う。

 すごく気になるけどもし帰ってこれなく……最悪死んだりした場合、両親の悲しむ姿が目に浮かぶので俺は山には近づかないことにした。心配はかけられないよね? もっと大きくなったら考えてもいいかもしれないけどさ。


 それから一週間。

 今日も兄ちゃんと外でトレーニングという名の鬼ごっこをしていると、家に続く道の向こうに人影が見えた。背格好からして子供みたいで、それがだんだん近づいてくると見覚えのある顔が見えてきた。


 「あれ? 君は確かノルトだっけ?」

 「ああ、ラース君だ。やっと見つけたよー」

 

 相変わらず目の見えない髪と、薄汚れた緑色をしたぶかぶか服を着たノルトがのんびりした口調で手を振りながら声をかけてきた。


 「誰?」

 「ああ、俺がスキルを手に入れる時に聖堂にいた子でノルトっていうんだ」


 すると兄ちゃんがポンと手を打ってから笑顔で手を差し出す。


 「前にラースが友達に会いたいって言ってた子だ! 僕はデダイト、ラースの兄ちゃんだよ、よろしくね」

 「あ、あわわ……オ、オラ、手が汚いから、その……」

 「気にしないでいいって、俺達も泥だらけだしね! 久しぶり!」


 俺が強引に握手をすると、あわあわしながらぶんぶんと手を振る。その様子が面白いなと思いながら、俺はノルトをトレーニングの休憩で使う丸太椅子に案内し、話を続ける。


 「それにしてもよくここが分かったね? 俺も町に行きたいと思っていたんだけど、父ちゃんたちに止められててさ」

 「うん。オラ、また会ったら遊ぼうって言われたのが嬉しくてラース君を探したんだけど全然見つからなくて困ってたんだー。で、この前野菜を売っているラース君のお父さんを偶然見つけて追いかけたの」

 「そっか、ずっと探してくれていたんだ! 会いに来てくれてありがとう」

 「ああ、うん……へへ……」

 

 表情は見えないけど、足をぷらぷらさせて口元が微笑んでいるので嬉しいようだ。すると今度は兄ちゃんがノルトへ話しかける。


 「ノルトのスキルはどんなの? 僕は【カリスマ】っていうやつなんだ」

 「オラのスキルは【動物愛護】っていうんだ。最近やっと使い方が分かってきたよ!」

 「へえ、どんな感じ?」


 俺が聞くと、ノルトは鼻息を荒くして俺に顔を近づけてくる。髪の隙間から見える瞳の色も茶色いなと思っていると身振り手振りで教えてくれる。


 「あのね! オラが動物を撫でると毛がふさふさになったり、艶がよくなったりするんだ! 手を叩いて呼ぶと目が合っていたらペットじゃなくても寄ってくるんだよ! もう町の野良猫とは友達なんだー」

 「他には?」

 「うーん、今のところはそれくらいかなぁ。あ、でもオラが餌をあげると猫たちはいつもより元気かも? でも、えへへ……父ちゃんにはくだらないスキルを授かりやがってって怒られたけどねー……牧場の犬を操るくらいしか仕事がないからねー」


 と、俯きながら落ち込むノルトを見て俺と兄ちゃんは困り顔になる。……でも、もしかしたらノルトのスキルは結構使えるんじゃないかなと思う。ただ、この世界にペットを飼う人が多ければ、という前提だけど。

 ノルトと一緒に居れば他に有用な使い方を思いつくかもしれないし、大きくなるのはまだ先だ。


 なら、今俺にできることは――


 「よし、暗い話はやめよう! ノルトは遊びに来てくれたんだし、遊ぼうか」

 「あ、あの、ラース君……オラ、ドジだし頭も悪いけど友達になってくれる……?」

 

 おずおずと指をちょんと合わせながら聞いてくるノルト。友達……友達か……そういえば、前世じゃそう呼べる人はいなかったことを思い出す。


 (遊んでいる暇があったら――くらいできるよう勉強したらどうだ! ***はまた一番だったんだけどお前は――)


 勉強漬けの子供時代。成長すると、


 (お金が足りないんだ、アルバイト増やしてくれないか――)


 そう言われ大学時代は実家住まいにあるまじき週七で仕事をし、勉強をするという生活をしていたので友達を作る暇などなかった。会社勤めになって飲み会には行くけど、友達と呼べる人はいなかったな。

 家族のため……喜んでくれるだろうという一心でやっていたけど、それはただ自分を犠牲にして生きてきただけだったんだな、と、今更になって冷静に思う。

 そして目の前にいる同世代の子であるノルトが『友達になってくれ』とお願いするのを見て胸が熱くなるのが分かった。


 「……もちろんだよ! よろしくねノルト!」

 「あ、ありがとう!」

 「僕も僕も!」

 

 俺がノルトの手を取ってもう一度握手してぶんぶん振ると、兄ちゃんが羨ましそうに俺達の手に乗せて声を上げる。ノルトは口元を緩ませて、


 「うん! お兄ちゃんもありがとう!」

 

 と、返す。そこで兄ちゃんが俺の顔を見て首をかしげて言う。


 「あれ? ラース泣いてる?」

 「ち、違うよ、目にゴミが入ったんだ! さ、それじゃ何して遊ぼうか!」


 こうして俺は前世から通算一人目の友達を作ることができた。ふたりで遊んでいても楽しかったけど、三人になるともっと楽しい。そう思える一日だった。


 夕暮れ時になり何度も振り返りながら丘を降りていくノルトを見送り、父ちゃんと母ちゃんに今日のことを話す。


 「あの子、父親が本当にロクでもないって町でも噂だよ。料理屋に残り物が無いか頼み込んで食いつないでいるって話もある」

 「……ひどいわね……どうして子供なんか作ったのかしら……」


 息子大好きの母ちゃんが他人のことなのに悲しそうにそう言う。やはり優しい母ちゃんだと思っていると、ニーナが口を開く。


 「あまり関わらない方がいいかもしれませんね。そんな子がここに来ていると知られたらまた――」

 「ニーナ!」

 

 父ちゃんが珍しく怒鳴り声をあげ、俺と兄ちゃんがびくっとなって固まる。怖い表情……こんな父ちゃんは初めてみる。ニーナも目を丸くして固まっていたが、すぐに口に手を当てて頭を下げた。


 「ハッ!? あ、も、申し訳ありません!」

 「……いや、俺も怒鳴ったりして済まない。あ、はは! さ、早く食べよう、母ちゃんの料理が冷めてしまうよ」


 慌てて取り繕う父ちゃんに俺達はうなずくしかなかった。やっぱり何かを隠していて、子供には聞かせたくない話なのだと悟る。


 そんなやりとりはあったものの『両親に何かある』ということ以外は良好なので、楽しく過ごせていた。


 「オラも冒険者になるためトレーニングする!」


 ノルトもお金を稼ぐため俺達のトレーニングに付き合い始め、三人で頑張っていた。ノルトは毎日じゃなくて、二日に一回とかだったけど、ずっと兄ちゃんとふたりだったから俺はノルトが来るのを楽しみにしていた。


 ――だけど


 「あれ? どうしたんだろ……山に向かってあんなに人が……」

 「あ、父ちゃんもいるよ!」


 ウチに向かう方ではない、山へ向かう道に町の人と思われる男が数十人向かうのが見えた。その中に父ちゃんがいたと兄ちゃんが叫び、確かにその中に父ちゃんが見えた。


 「父ちゃん!」

 「おお、お前たちか」

 「野菜を売りに行ってたんじゃなかったの?」

 「……それが……」


 父ちゃんが言いずらそうに口ごもると、横にいたおじさんが代わりに答えてくれた。


 「ノルトが山に入ってから戻ってこないんだよ」

 「「え!?」」


 俺と兄ちゃんは顔を見合わせて驚くことになった――

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