第44話 忘れてた

 ロザレス城は今まで見てきた中で一番優美な場所だった。


 門番のいる大きな鉄の門を抜け、城へ向かって足を踏み出すと、綺麗に刈り込まれた庭木が規則正しく立ち並び、遥か先に見える城の入り口へ道案内をしていた。敷き詰められた石畳は真っ白で汚れ一つなく、泥だらけの靴を乗せるのに気が引けたくらいだ。左手には大きな噴水があり、自身が散らすその水飛沫が噴水の上に綺麗な虹を作り出していた。噴水の傍らでは雄の孔雀が羽を拡げ、高貴な雰囲気をまとい静かに佇んでいる。るるに聞くとロザレス王のペットらしい。全く持って住む世界が違う。


 そうやって、周りをきょろきょろと見回しながら歩いているうちに、門から城の入り口までの長い長い道のりもあっという間に終わりに近づいていた。


 階段を登った先にある扉の前に2人の人影が見える。1人は、山の麓から馬を走らせ、オレたちより一足先に城に戻っていたリエールだ。その側で女性がこちらに笑顔を向けている。アーモンドのように切れ長で大きな瞳、栗色の豊かな髪、オレはこの人を知っている。メリナ姫は階段を降りてくると、るるをぎゅっと抱き締めた。


「こんなにぼろぼろになって…。生きてて本当に良かった。お願いだからもう心配させないで」


 るるが微笑みながらメリナ姫を抱き締め返した。


「メドウ王子はダメ王子だったわ。命を懸けて阻止した甲斐があったってものよ」

「るるが死ぬくらいならダメ人間とでも結婚したほうがましよ。それにリエールまで危険な目に合わせて!」


 さすがのるるもこれにはばつが悪いようで下を向いてぶつぶつ小声で言い訳を始めた。そんなことなど露知らず噂のリエールが階段を降りてきて、オレたちに軽く微笑んだ。


「どうぞ、城へお入りください。王がお待ちです」

「王様?!」


 これにはさすがにたじろいだ。王様に会うことなど人生において想定していない。ましてこんなに大きな国の王様なら、なおのことだ。


 オレはマナーも知らないし、不幸体質だし、人と話すのも得意じゃないし、王様の機嫌を損ねるのじゃないだろうか。そわそわするオレの不安を見透かしたようにルッカが笑って背中を叩いた。


「大丈夫だって。ボクのパパもああ見えて王様なんだよ。普通に話してたじゃん」

「おまえのパパさんが王様だって知ってたらもう少し恐れをなしてたよ。だって教えてくれないから」

「だって聞かれなかったし」


 オレとルッカのやり取りにメリナ姫が手で口元を隠し、くすくすと笑った。オレとルッカがメリナ姫の方に視線をやると、姫は、あぁと微笑んだ。


「すみません、つい。リエールにお二人のことはお聞きしました。想像通りで。お二人にはるるのわがままに付き合ってもらって感謝してもしきれません。父もお礼をしたいそうで、そうかしこまらず」


 そう言うと、メリナ姫はルッカを観察するようにじっと見つめた。隣でるるが腰に手をあて、大きく頷く。


「本当にかしこまる必要ないわ。ただのパーティー好き、女好きのおじさんだから」


 るる様、とリエールがたしなめて、そのままオレたちに向きなおった。


「王に会う前に、まずは暖かい湯に浸かり、汚れと疲れを綺麗さっぱり落としてください。どうぞご案内します」


 ◇◇◇


 プールのように広い王宮のお風呂を出て、用意されていた新しい服に袖を通す。今まで着ていた服は洗っておいてくれるという。清潔なふわふわのバスタオルが肌に心地よく一生顔を埋めていたいほどだった。少し前までイルドラゴ山で血まみれの戦いを繰り広げていたことが嘘のようだ。


 王に会う前に医務室で傷の手当をしてもらった。ルッカは傷らしい傷も無く、城を探険してくると先に行ってしまった。あまりラッキーボーイと離れたくはないが少しの間なら大丈夫だろう、多分。


 真っ白く長いひげを蓄えた小柄な老医者に右手の包帯を巻いてもらっている間、開け放たれた扉の向こうで使用人たちが廊下を慌ただしく行ったり来たりしている。怪訝に思って眺めていると、老医者が説明してくれた。


「お祝いのパーチーの準備をしておるのじゃ。うちの王は賑やかするのが好きじゃからな。それにしてもあんなに小さかったメリナ様がご結婚とは爺も感激じゃわい。シンとやら、ドラゴン退治感謝します」


 おいおいと泣きだした老医者の背中をおろおろと擦ってやりながら、オレは老医者の一言にあることを思い出してしまった。


 メリナ姫はドラゴンを退治をした王か王子と結婚する。そしてドラゴンを倒したオレたちの中に王子がいる。ハッピーラッキーランドのれっきとした王子。


 ルッカとメリナ姫は結婚するということか?


 すっかり忘れていた結婚話に頭が一杯で、老医者の鼻水がオレの服にべったりと付いていることに全く気がつかなかった。

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