第43話 城

「てーんちょー! ただいまー!」


 ロザレス王都で評判の、とあるレストランの扉が勢いよく開き、外からサファイア色のツインテールの美少女がひょっこり顔を出していた。声を掛けられた店長は勝手に休暇中の従業員の突然の来訪に少し跳び跳ねた。


「るーちゃん! 良いところに戻ってきてくれた。今凄く忙しくて! そこのお客さんに『メリナ』運んでく…」


 店長が言い終わらないうちに「るーちゃん」と呼ばれた少女はニッコリ笑顔で手を振った。


「すごく疲れたから今週いっぱい休んで、来週からまたシフトに入るわね。それとメイド服ぼろぼろになっちゃったから新しいの準備しておいてね」

「えっ、なんでメイド服ぼろぼろなの?!」


 店長の言葉は、ぴしゃりと閉められたドアが阻んで、残念ながらるーちゃんには届かなかった。


「おい、料理はまだか? 何分待たせるんだこの店は」


 イライラした客の野太いクレームが飛んでくる。「はい、ただいまー!」と店長は返事をし、急いで『メリナ』姫の名のついたオムライスを運び、お客様の機嫌をとったあと、そそくさと厨房に戻っていった。客の前では常に笑顔を保っていたが厨房に入ったとたん、そのつぶらな瞳に涙がうっすらと浮かんだ。


 自分の方がるーちゃんより偉いのに、いつも言うことを聞いてくれない。むしろ言うことを聞かされている。これでは駄目だと分かっていても店長はるーちゃんに逆らえない。いっそ、クビにして別の人を雇おうかと思ったこともあったが、不思議なことに、そのうちるーちゃんの言うことを聞くのが快感になってくるのだ。


 店長は来週からまた始まる、るーちゃんとの刺激的な日々を覚悟し、あの冷たいペリドットの視線を思いだして1人ゾクゾクした。嫌よ嫌よも好きのうちなのだ。


 ◇◇◇


「るる、よくあのレストランをクビにならないな」


 馬車に乗り込んできたるるにオレは呆れ顔で言った。近衛隊が用意していた馬車に揺られながらオレとルッカとるるは王宮まで向かっている途中だった。


 出会った日から色々なことが起こりすぎて、もはや懐かしささえ感じるあのレストランの前でるるが馬車を止め、店長に一方的に要求を言い捨てるのをオレとルッカは馬車の小窓から見ていたのだ。るるは何故だかふふんと自慢げな表情を見せて言った。


「私がクビ? あり得ない。元々ドラゴン退治の仲間を見つけたら辞めるつもりだったんだけど、私がいないとあのレストラン駄目みたいだからしょうがなく続けてあげるのよ。まぁ、賄いは王宮の味に近いし、メイド服は可愛いし、私もそんなに嫌じゃないわ」


 るるのいつもの調子が戻ってきたようだ。なんだか笑ってしまう。頬杖をつき、しばらく外を眺めていると、馬車がスピードを緩め、音をたてて停車した。ようやく目的地に着いたようだ。


 るるが馬車から降りるのにオレとルッカも続く。るるは門番の前まで軽やかに進むと、そこでくるりと一回転してスカートの裾を持ち、オレたちに一礼した。


「ようこそ、我が家ロザレス城へ」


 その立ち居振舞いはあまりに姫で、るるは本当にロザレス国の姫なのだと改めて感じさせる。


 首を後ろに大きく反らしても、城のてっぺんを見ることはできず、バラの紋章が刻まれた城壁はどこまでもどこまでも続いている。オレ史上一番大きな建物に思わずため息が漏れた。これが博愛主義の大国ロザレス、その象徴である。

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