第42話 下山

 オレとルッカとるるとリエールはウーパーの背に揺られ、空高く、雲の隙間を飛んでいた。逆鱗に触れられ怒り狂っていたウーパーは、逆鱗に触れた相手であるドラゴンを倒したあと、姿形は変わったままだが、すっかり元の呑気な性格に戻っていた。


「それにしてもウーパーがウーパールーパーじゃなかったなんて。全く紛らわしいわ」


 ウーパーの棚引く鬣をいとおしそうに撫でながら、るるが微笑んだ。リエールが後方に見えるイルドラゴ山を振り返る。


「ウル殿はもったいないことをしましたね。竜の乗り心地は案外悪くない」


 ウルに一緒にウーパーに乗って山の麓まで下りようと諭したのだが、彼らは自らの足で下山することを選んだ。山小屋を燃やしたことやメドウ王子が2度までもルッカを狙い、あげくリエールが死にかけたことをかなり気にやんでいるようだった。山を降りしな山小屋を建て直し、下山次第ロザレス国王に謝罪に行くということであった。


 ドラゴンに狙われたとき、ここが待ちに待ったオレの死に時だと思った。本当に死んでも後悔は無かった。だが、今こうして生き残り、少しほっとしている自分がいる。今まで死にきれなかった時には感じたことのない感情だ。


 オレがルッカと出会って少しずつ変わっているように、メドウ王子だってウルがいれば変われるはずだ。1人では出来ないことも一緒に進む誰かが、そばにいてくれるだけで出来るようになることだってある。


 ウーパーの角を握り、舵を取るルッカが何かに気がつき下を指差した。


「麓に人が集まってるよ」

「あれは…ロザレスの近衛隊です。ようやく手紙が届いたのでしょう。るる様を迎えに来たのでしょうね」


 ウーパーの存在に気がつき、地上の人間があたふたと騒いでいるのが見えた。どうしていいか分からず、そんな物では撃ち落とせもしないのに弓を構える者もいる。頭上に突然竜が現れたらそうなるのも無理はない。


 そもそも彼らは怒り狂ったドラゴンが倒されたことも知らないのだから、もしかしたらウーパーを元凶のドラゴンだと思ってもおかしくなかった。


 リエールが身を乗り出し、地上に向かって落ち着くように合図する。リエールを確認した近衛隊の兵士たちは、隊長の無事を確認し、安心したのもつかの間、どちらにせよこれがどういう状況なのかさっぱり分からず目を白黒させていた。


 彼らから少し離れたところにウーパーはゆっくりと着陸する。麓から頂上まで登るのに3日以上かかったこの山もウーパーに乗ればまさしくひとっ飛び。先に地面に降りたオレがるるに手を貸していると、後ろから聞き覚えのある声に呼び止められた。


「あんたたち無事だったんだね」


 振り返ると、赤髪短髪三姉妹が瞳を潤ませながらこちらを見ていた。地上に降り立ったるるが、燃えた木造の山小屋の女主人ドゥヴァと熱い抱擁を交わす。先に降り立っていたリエールが近衛隊と彼女らに大まかな顛末を話したらしく、三姉妹からドラゴンを退治したことのお礼を言われた。


 人にこれほどまでに感謝された経験は生まれて初めてだ。こういうときどういう顔をしていいか分からず、とりあえず左耳のピアスを触って気を紛らわせた。


「禹ー覇ー」


 ウーパーが穏やかに啼き、ゆっくりと体をお越して、山の頂上に視線を向けた。ルッカがウーパーに寄り添い、その首の横を優しく叩く。


「ウーパーありがとう。これからもイルドラゴ山を頼むよ」

「禹覇♪」


 ルッカの呼び掛けにウーパーは心なしか目を細め、しっぽをゆらゆらさせた。オレもウーパーの鼻先をとんとんと叩く。ウーパーはくすぐったそうにして、そのまま山の頂上目指して空高く舞い上がっていった。ウーパーは不思議と自分の役目が分かっているようだった。顎の下にはドラゴンに付けられた傷がまだ痛々しく残っている。そしてそこには青く澄んだ逆鱗も見える。


 太陽の光を浴びた湖の水面のように、その身を輝かせながらウーパーは遠く雲の彼方に消えていった。ドゥヴァがウーパーが消えた先を眺めながら言った。


「あれがあたしたちの新しい山の神かい?」


 るるがもう見えないウーパーに手を振りながら頷く。


「そう。これで山はまた安寧の地に戻るはずよ」


 ドゥヴァが嬉しそうに笑う。


「非常食からだいぶ出世したもんだね」

「あの子食いしん坊だから、たまには私もお供えを持って参拝に行くわ」

「その時は山小屋代はサービスするよ」


 近衛隊との話を終えたリエールがこちらに小走りにやってきた。表情はいつになく穏やかだ。


「帰り支度が整いました。ロザレスの王宮へ帰りましょう。今日はお祝いですよ」

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