第36話 ドラゴン
赫い柱―それは熾火を纏った大きな白炭だった―は火口を巡るように7本輪を描き、聳えたっていた。
火口に向かってその輪の中に入った瞬間、文字通り重圧を感じた。この柱を境に明らかに空気が変わっている。リエールが鞘から刀を抜いた。
「この柱は結界―神域への入り口です。ドラゴンがいつ襲ってきてもおかしくないので注意してください」
るるが鞭を手に取った。その手は震えている。深い傷のせいで力が入らないのだ。
分岐路でルッカたちと別れて以来、オレとるるは傷だらけでぼろぼろになりながら旅を続けてきた。それに比べてルッカとリエールの綺麗なこと。別れた時から1つのかすり傷も増えていない。そもそも正規ルートのオレたちよりも、そして、先行していたメドウ王子一行よりも、だれよりも早く頂上にたどり着くなんてどんなラッキーに遭遇したらそうなるんだ。
震える右手を左手で抑え、どうにか鞭を握りこむるるを見て、リエールは心配そうな表情を一瞬浮かべたが、すぐに平静を取り繕った。
「るる様。私は国一番の剣士です。ですがドラゴンを倒せる自信はありません。私に倒せなければメドウ王子たちにも倒せないはずです。彼らの実力は確認できましたから。無理な場合は一旦退きます。宜しいですね?」
「それなんだけど…」
るるは何かを言おうとしたが、次に繋げる言葉を見いだせず、口をきゅっと結んだ。るるの言いたいことは分かる。もはやドラゴンだけの問題では無くなっているのだ。
るるの代わりにイルドラゴ山噴火の可能性を説明する。リエールがはっと息を呑んだ。道中で見た山の状態と噴火の可能性が彼の中でもリンクしたのだろう。リエールは心ここにあらずの体で、中空を見つめた。
「今噴火したらドラゴン退治どころの話ではない…みんな死にますよ! 国民にも避難するよう伝えなければ…」
「大丈夫だよ」
あっけらかんと言ったのはルッカだ。みんなの視線が一気に集まる。ルッカは頷き、視線を順に受け、もう一度、大丈夫だよと言った。
「ボクがここにいる間は噴火しないよ。ボクはスーパーラッキーボーイだからね。取り敢えずドラゴンを倒そう。言い伝えの通り、ドラゴンの怒りが噴火を引き起こすのならそれで収まるはずだよ」
リエールの目に希望の光が宿ったのが分かった。彼はこの頂上に至るまで、ルッカと2人の時間を過ごしてきた。つまり、ルッカの幸運体質を肌で感じたはずだ。
だから、オレは黙っておくべきだった。
だけど、言わずにはいられなかった。
「ルッカだけじゃない。オレも…いる」
「…あー」
ルッカはぼろぼろのオレとるるの姿を改めて見て、分かりやすく視線を泳がせた。ルッカがスーパーラッキーボーイならオレはスーパーアンラッキーダメ野郎だ。ルッカは動揺を誤魔化すように頬を掻きながら、みんなを見回し頷いた。
「大丈夫だよ。多分」
えへへ、と力なく笑うルッカのつんとした鼻先にぽつりと水滴が落ちる。空を見上げると、どんより暗く分厚い雲が、いつの間にかこのイルドラゴ山の頂上付近を覆っていた。上空をピカッと青白い閃光が走った直後、ゴロゴロと雷鳴が響き、大粒の雨がぼたぼたと降ってくる。
「ウーパー!!!」
上を見ていたオレたちはウーパーの大きな啼き声で地上に心を戻した。ウーパーが火口に向かって一心不乱に啼いている。
その火口から、突如、耳をつんざく甲高い絶叫が轟いた。堪らず耳を塞ごうとするが、右手が折れているので右耳は上手く塞げない。金属を無理やり引き裂くような音に頭がおかしくなりそうだ。歯を食い縛ろうとするが、歯が噛み合わない。それほどの大絶叫。
ようやく絶叫が止み、クラクラする頭を抑え、顔をあげると、目の前に大きな影があった。
かつてはこの山の『神』として信仰され、今では憎き討伐対象となっているイルドラゴ山のドラゴンが、その赤黒い大きな翼をはためかせ、悠然と姿を現していた。
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