第35話 山頂
イルドラゴ山は火山である。ただし、ロザレス国始め周辺諸国の有史以来、この山が噴火したことはない。
オレたちがイルドラゴ山に登り始める前日、麓の山小屋でオレはるるからそう聞いていた。その話を後ろで聞きながら、山小屋の女主人も大きく頷いていたので疑いもしなかった。だが、これは、一体どういうことだ。
「るるさん? この山っていつもこんなに熱いんですか? 本当に噴火しないんですよね?」
額から噴き出す汗を拭いながら、前を歩くるるに恐る恐る尋ねる。辺りの噴気口からは白い火山ガスが止めどなく噴き出している。 るるはこの予想外の熱さで、さっきから機嫌が悪い。眉間におもいっきり皺を寄せて睨みつけてきた。
「歴史書にはイルドラゴ山が噴火したという記録は載ってないわ。そして、いつもこんなに熱いのかどうかは知らないっ!」
その時、唸るような音とともに地面が揺れ、黒い岩が大小ごろごろと上から転がり落ちてきた。慣れた仕草でそれらを躱し、また歩みを進める。さっき揺れたときよりも揺れの大きさは小さかったが、さっきよりも揺れている時間が長く、しかも、揺れから次の揺れまでの間隔がどんどん短くなっている。気がかりだ。
本当にこの山は噴火しないのだろうか。
オレの心配をよそに、るるは噴き出す白いガスを避けて上へ上へと進んでいく。その後ろをウーパーが足取り重く着いていく。この熱さはウーパーにも厳しいらしい。上から熱風が吹きつけてきたので、立ち止まり、飛ばされないよう中腰で耐え、再び歩き始めようと足を踏み出した時、るるは、「そういえば」と話し始めた。
「小さいときに悪さをするとね、いつもばあやに『山の神様にお仕置きしてもらいますよっ』って怒られてた。私は怖くてすぐに謝るんだけど、ある時メリナが『山の神様は山にいるから私達にお仕置き出来ないよ』って言い返したことがあったの」
ふむふむ。
「そしたらばあやが『山の神様が怒ったら山が噴火してお城どころか国ごと消えてしまいますよ』って脅すわけ。昔からそういう言い伝えだって言ってたわ。今思うと言い伝えって何かしら意味があるものよね…」
思わず天を仰いでしまった。
「火山である以上、やっぱり可能性は0ではないよな…」
火山が噴火するところに立ち会ったことは無い。しかし、度重なる地震や気温の上昇、これはやはり噴火の予兆ではないだろうか。噴火までどのくらいの時間が残されているのか想像がつかない。
ドラゴン退治が目的だったるるとの旅が、ここに来て新たな局面を迎えている。
ドラゴンを倒せたとして、いずれ起こる噴火はどう止める?
山の神である怒り狂ったドラゴンを倒せば噴火も止まるのか?
そもそもドラゴンと戦っている途中で噴火したら?
考えてもどうしていいか分からない。るるも同じ事を考えていたのだろう。沈黙の時間が流れる。額からは汗が吹き出す。気を紛らわすため、話題を代えた。
「ばあやに怒られるって、小さいとき何したんだ?」
「台風の日に傘で飛ぼうとしたりとか…」
「破天荒!」
今まで本を読み、膨らませてきたお姫様像が、るるとの旅のせいで、ガラガラと崩壊しつつある。本の中の理想のお姫様はもしかしたらこの世に居ないのかもしれない。
悲しい現実に打ちひしがれていると、頭上から人の呼ぶ声がした。声に釣られ見上げる先に、赫い柱のようなものが聳え立ち、その脇に2人の人影が見えた。小さい方の1人が大きく手を振り、こちらに向かって叫んでいる。
「シーン! るーちゃーん! ここだよー!」
「「ルッカ!」」
ルッカがニカッと笑うのが遠目からでも分かった。隣のリエールは腕を組んで静かに佇んでいる。何気ない風を装っているが、内心るるのことが気がかりでしょうがなかったに違いない。安堵の表情が隠しきれていなかった。
ウーパーが呼ばれてもいないのに足音軽く上まで駆け上がり、ルッカに勢いよく飛び付いた。ルッカの顔を嬉しそうにべろべろと舐め回している。オレとるるはウーパーのあまりの素早さに顔を見合せ、思わず吹き出した。
こうしてやっと「仲間」がみんな揃った。ゴールまであと少し。オレたちは赫い柱に囲まれた決戦の地『火口』に向かって肩を並べ歩き出した。
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