第30話 エンカウント

 オレたち2人と1匹はルッカたちと別れた後、休まず山を登り続けていた。途中から月が雲に隠れ、足下を照らす明かりが心許なくなったが、すぐにそれも解決した。


「なんか道が光ってないか?」


 登山道に敷かれている小石の中に、ほんのりと蛍光を発するものがある。光の明るさは時間とともに変わり、さながら星の瞬きのようだった。


「きらきら石よ。ドラゴンを祀る頂上まで、この石が続いていて夜でも迷うことなく山頂を目指せるの。城から見ると天の川みたいでとっても綺麗なのよ」


 言って、るるは城があるであろう方角を遠く眺めた。こちらからは見えないがあちらからは見えているのだろう。オレはきらきら石を1つ拾って手の中で転がした。


「メリナ姫が見てるかもな」


 るるは隣で俯いた。


「かもね。きっとものすごく心配してるわ。自分のことより人のことをいつだって考えてしまう人だから…。本当は私、自分でも無鉄砲すぎたかなって少し後悔してる」


 いつになくしおらしいるるに面食らう。リエールたちと別れた不安が、今になって押し寄せてきたのかもしれない。かける言葉がとっさに出てこずオレはしどろもどろになった。


「その無鉄砲さがるるのるるたる所以な訳で…無鉄砲と書いてるると読んでもいいくらいで…つまり…うーん…オレが言いたいのは…」


 るるがいじけたように頬を膨らませた。


「フォローになってない! 慰めようとしてくれたのかもだけど、全然フォローになってない!」

「いや、その…なんていうか…」


 るるが声をあげて笑いだす。


「確かに、今さら考えこむのは私らしくない。ここまできたら全速力で前に進むのみ! それでこそ私!」

「そうそう、そういうことだよ!」


 自分で言っておきながら何がそういうことなんだとオレは心の中でつっこんだ。人を慰める経験なんて今まで無かったのでこれで合ってたのか分からない。左耳のピアスを触ると少しほっとした。


 るるが大きな瞳でウインクしてくる。


「シンが居てくれて良かった。1人だったら気持ち、切り替えられなかった。ありがとう」


 か、可愛すぎる。きっと鼻の下が伸びているに違いない。腑抜けた照れ顔を見られたくなかったので下を向いた。そして、痒くもないのに頭を掻いた。擦過傷ができるほどに。


 るるには下を向くより前を向いていて欲しい。これはオレの本心だ。彼女には後悔なんて似合わない。自信に満ちたるるやルッカを見ていると自分も前向きな気持ちになれる。


「ウーパー!」

「うっ」


 オレとるるが楽しそうにしていると思ったのか、ウーパーが自分のことも忘れるなとばかりにオレの足をわざわざ踏んで通りすぎていった。ウーパーの全体重が小指にいい感じに一極集中して条件反射で腹筋に力が入った。


「分かった分かった。早く進もう」


 ウーパーに声を掛け、頂上目指して再び歩き始めた。ウーパーはやっぱり無表情だが、しっぽがゆらゆら大きく揺れているので、きっとこの対応に満足したのだろう。


 きらきら石の天の川を暫く進むと、少し先に白っぽい大きな岩のようなものが見えた。


 頂上近くになってくると粗い大きな岩が道の脇にごろごろしている。大抵、大きな岩はすでに先人たちが動かし、道の脇に避けられていたし、色も玄武岩質の黒っぽいものが多かったので、道の真ん中にある白っぽい塊に少し違和感を覚えた。道の真ん中にあっても越えられない大きさではないので通るのに困りはしなさそうだが、形もひっくり返したお椀のような形をしていて、近づけば近づくほど、これは岩ではない気がしてきた。


 先をぺたぺた進んでいたウーパーがその岩らしき物体の前で突然ぴたりと止まった。しっぽを体に巻き付け、身を小さくして何かを警戒しているようだ。


「ウーパー、どうし―」


 突然、突風と生臭い匂いが襲ってきた。るるのマントがばさばさと大きな音を立て、風に靡いている。しゃがんで姿勢を低く保つが、後ろに倒されそうになる。隣で風に飛ばされそうになっていたるるを後ろにかばった。


「ぐぎぎ」


 あまりの強風に目も開けられない。風で何かが飛んできてひたすら身体中にぶつかっていく。全身青あざ間違いなしである。

 ひときわ大きな塊が顔面にぶつかり、片足が浮いた。このまま倒れたら後ろのるるも巻き添えになる。まずいと思いながらも耐えられず、大きくよろめいたところで、間一髪ようやく風が止み、オレは胸をなでおろした。


 ウーパーは元の場所にそのままへばりついていた。しかし、その先にあったはずの白っぽい岩のような塊が無くなっている。代わりに、赤く光る無数の点が前方の闇からこちらを覗いていた。肩越しにるるに尋ねる。


「きらきら石って赤く光るやつもあるのか?」


 るるはオレの話が耳に入っていないようだった。片手でオレの背中をぎゅっと掴みながら、もう片方の手で足下を指差し、震える声で言った。


「シン…これ見て…」

「ひいっ!」


 思わず悲鳴をあげてしまった。それは人間の頭蓋骨だった。頭蓋骨だけではない。辺りを見渡すと肋骨、上腕骨、大腿骨…人間のありとあらゆる部位の骨が地面に散らばっている。1人分の量ではない。少し前に見た白い岩のような塊の分だけあるはずだ。何人分だか想像もしたくない。なかには肉片の残っている骨もあり、きらきら石の光に照らされて凄惨さがより際立った。


 ひどく頭が混乱していた。

 だから、無数の白い人骨と無数の赤い光の関連性にすぐにたどり着けなかった。


 赤い光は点滅する。隣り合う2つがセットで。赤い光は生きている。耳を澄ますと生き物の息遣いが聞こえてくる。それも、たくさんの。


 心臓が激しく鼓動をうつ。


 そうだ。麓の山小屋でドラゴンのせいで動物たちが殺気だっていると言っていたではないか。今まで出会わなかったことの方が不自然なのだ。今まではルッカがいて、今はオレしかいない。そういうことだ。


 血液が身体中を一気に駆け巡るのが分かる。正面の赤い光から目を離すことなく、るるに手で合図をした。


「るる、下がれ!」

「「「ア゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ッ」」」


 オレと赤い目の群れの叫びは同時だった。その群れは翼を広げ、こちらに向かって飛びかかってくる。研ぎ澄まされた嘴が新たなエサの登場に、涎を垂らし歓喜していた。

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