第28話 正直
るるがペリドットの瞳でこちらをじっと見つめ、言葉を待っている。生暖かい風が吹き、ツインテールがそよそよと揺れた。月明かりの下、目を凝らすと人形のように整ったるるの顔や体に無数の傷がある。自分の傷はなんとも思わないのに、るるの傷は見ているだけでも痛々しい。
これ以上彼女が傷つく姿を見たくない。まして、オレのせいとなれば尚更だ。るるには嫌われるかも知れない。だけど、そんなことより大事なことがある。
「オレは生まれたときから不幸に付きまとわれている。何をやっても思い通りにならない。絶望的に運が無いんだ。今まで出会った人間からは『呪われてる』って避けられてた。自分だけならまだいいんだ。…オレが最高に呪われてるのは大事な人たちまで不幸に巻き込んでしまうからだ。オレに関わると死人が出る…るるを巻き込みたくない」
「でも今まで何も無かったじゃない」
るるが不思議そうな顔をして言った。オレの様子がおかしいのを心配してさえいるようだ。オレのことよりもるるは自分の心配をしたほうがいい。この焦りが伝わらないもどかしさに苛立ち、また髪をかきむしる。
「火事があった! 今だって急に岩が崩れて死にかけた!」
るるは納得しない。
「火事で狙われていたのはルッカだし、この土砂崩れだって私が登っているときだった。どちらかというとシンが巻き込まれてるわね。ということは私と出会ったのがシンの運の尽きね」
るるは冗談めかして肩をすくめた。笑い事じゃない。オレは左右に大きく頭を振る。
「違う! 原因はオレなんだ!! 今まではルッカと一緒だったからそれでも相殺できてた。あいつはスーパーラッキーボーイだから。でもルッカと別れたら元に戻ってしまう…」
どうしたらオレと2人で行動することの危険性が伝わるだろう。ルッカと一緒だったからこれでも穏やかな旅だったのだ。1人で旅をしていた時とは全然違う。オレがそう感じるようにルッカも感じていたはずだ。いつもとなんだか違う、と。
だからリエールが先に行くのも構わず、亀裂の対岸に未だ留まり、オレから離れることが出来ないのだ。オレを1人にすることの危険性が分かっているから。この感覚は正反対の運をもったオレとルッカにしかきっと分からない。
るるがそのことに気がつくとすれば、それは既に彼女に不幸の手が伸びた後だ。
案の定、るるはこの話を信じていないようだった。
「そんな、考えすぎよ。そもそもシンを中心に世界が回るわけないじゃない。ロザレスの姫の私でさえ回せないんだからね。それに、どのみち、この道は戻れない。私と一緒に進むしか選択肢はないわよ」
るるの言葉に追い討ちをかけるようにルッカが対岸から手を振り叫んだ。
「シンっ! 頂上でまた会おう! きっと大丈夫だよ! るーちゃんもまた後で! 必ずだ!」
ルッカは覚悟を決めたようだった。ニカッといつもの笑みを浮かべたあと、先を行くリエールを追いかけていった。るるがルッカに手を振り返す。その時、頭上から石の粒がまたぽつぽつと降ってきてオレとるるは上を見上げた。
「ここも崩れるかも。ほら! 私たちも早く行くわよ。ここでぐだぐだしてメドウ王子に先越されたら、それこそシンを一生恨むから」
ルルはオレの左腕を掴んで前に進み始めた。ウーパーも当然のように隣をぺたぺたついてくる。こうなってしまってはもうどうしようもない。
「分かった。行く行く」
るるが振り返り、微笑んでくる。内心、全然気持ちは切り替えられてはいない。しかし、行くしかないのだ。そして、なるべく早くルッカと合流する。それまでは、オレの命をかけてでもるるを……この先は言わない。オレの願いは呪いだから。
◇◇◇
シンとるると別れて、ルッカとリエールはなだらかな傾斜の続く岩場を休みなく進んでいた。本来の登山道ではないこの道は、大小様々な岩が無造作に転がっていてとても歩きにくい。普段使われない理由がよく分かる山道だった。
ルッカの先を行くリエールが、しまったという顔をして振り返った。
「少しペースが速すぎましたね。気がつかず申し訳ありません」
そう言って、歩くスピードを緩めるリエールにルッカは少し息を切らしながらも、気にしないでと手で返事をした。
「早く追い付きたいからこのまま進もう。それにしてもリエールは流石だね。剣術も見事だったし体力もある」
リエールは目だけで笑みを返した。
「我が家は代々ロザレス王に仕える家系で、私は幼い頃から前近衛団長の父にしごき倒されてきましたから。ですが、ルッカ王子やシンもかなり腕が立つようですね。あの木造の山小屋まで無傷だったのですから。シンにいたっては片手が使えないのに」
心から感心する素振りのリエールが何を言っているのかルッカには分からなかった。これまでの道中メドウ王子の刺客に襲われた以外で武器を使うような危険なことは無かった。
「どういう意味?」
ルッカはリエールに聞きながらも、るると出会ったあの日、山の麓のレンガの山小屋で、女主人から聞いた話をだんだんと思い出していた。
「山には殺気だった動物たちがたくさんいたでしょう? 自分で言うのもなんですが私は国一番の剣の使い手です。それでも暴れ猪と凶暴グリズリーに出くわした時は斬り伏せるのに一苦労しました。るる様にも護身術は教えていましたが身を守ることができる程度で、さほど役に立ったとも思えません。お2人がついていてくださって本当に感謝しています」
立ち止まり深々と頭を下げるリエールに、ルッカは頬を掻いて言葉を濁した。
ルッカとシンとるるは山に入ってから1度も―シンが咬まれた巨大ヒルを除いて―危険な動物と出くわしていなかった。
しかし、レンガ造りの山小屋で確かに話は聞いていた。ドラゴンの異変に感化された山の動物たちが殺気だち、安全に山登りが出来なくなっている、と。だから、頂上だけでなく山全体が入山禁止になっている、と。それなのに、今まで危険な野性動物たちと出くわさなかったのは、間違いなくルッカ自身の幸運のおかげだ。
やはりどうにかしてあの亀裂を越えるべきだったか。
ルッカはあの時迷っていた。シンとの旅は今まで自分がどれだけ幸運に恵まれていたかを切に感じる旅だった。シンの不幸体質は本物だ。ルッカは目を瞑り、天を仰いだ。
「どうされました…?」
怪訝な表情を浮かべるリエールに、ルッカはただ苦笑いを返し、岩だらけの山道を再び歩き始めた。今までよりも速い足並みで。
「リエール急ごう! るーちゃんの水玉パンツをまた見るためにも」
リエールの笑い声が響く。ルッカは明るく振る舞っていたが、その実胸の内は不安でいっぱいだった。風で運ばれた厚い雲に、月が覆われ、その場は微かな星明かりだけになった。
ルッカはなんだか嫌な予感がして、弾かれたように元来た道を振り返った。当然のことながら、もうとっくに2人と別れた亀裂は見えない。そこにあるのは、底知れぬ深い闇だけだった。
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