第27話 分断

「これかぁ…」


 落石でふさがった登山道の前、思いの外高く積まれた石の塊を見上げ、思わず声がもれる。

 オレたちは、るるによるメドウ王子殺害予告ともとれる発言から2時間ほど山小屋で休憩したのち、日にちが変わる前に登山を再開していた。山を登れば登るほど標高は高くなるので当然気温は日に日に下がるはずだったが、どこからともなく吹いてくる風は湿気を含み、生暖かく、包帯が巻かれている首筋がほんのり汗ばむほどだった。


「よしっ、行くか」


 みんなを待たせた負い目もあり、先陣を切って岩山を登る。右腕が使えないので大きな岩を越えていくのは難儀だった。途中足場がぐらつくところもある。慎重に。着実に。片腕のオレでも登れる動線ならばみんなも簡単に登れるだろう。


ウーパーが何食わぬ顔でペタペタと、いとも容易く横を通りすぎていく。がっくり。息を切らしながらもどうにか頂上にたどりついた。下りていく先を確認し、地上のルッカたちに向かって声を張り上げた。


「下りた先はかなり道が狭くなっている。左側はほぼ崖だ。できるだけ右側を登ってきたほうが良い」

「はーい」


 るるの明るい返事が聞こえた。オレが手をかけ足をかけたところに、るるも同じように手をかけ足をかけ岩山を登ってくる。が、途中で何かに気がついたようにはっと後ろを見下ろした。


「リエール! ルッカ! 見てないでしょうね!」


 リエールが眉間に皺を寄せ、考えるように腕を組んだ。


「…何をですか?」

「何をって……何をって、パンツよ。絶対に見ないでよ! 見たら…鞭打ちの刑だから!!」


 微動だにせず腕を組み、仁王立ちしているリエールは眉間に皺を寄せたまま、


「そんなもの見ませんのでご安心ください。それに、そもそもこの位置からは見えそうで見えません。ねぇ、ルッカ王子」


 と横のルッカに投げ、ルッカはうんうんと頷いている。


 「良かった」と一安心して岩山登りを再開したるるが頂上につき、一足先に下りていたオレに向かって手を振った――その時だった。


 頭に何かがぽつぽつと降ってきた。砂礫だ。るるも気がついたようだった。どこからだろう。見上げた瞬間、夜の静寂を打ち震わす轟音とともに地面が大きく揺れ始めた。目の前の岩山もグラグラしている。岩同士がこすれ、ぶつかり合い、爆音をたて一気に崩れていく。バランスを失ったるるが岩山の頂上から放り出された。


「るる様っ!!」


 リエールの悲痛な叫び声が夜空に響いた。オレは考えるより前に走り出していた。落ちてくる岩を避け、避けきれず強かに体を打ち付け、それでも構わず地面を蹴りあげ、精一杯手を伸ばし、落ちてくる少女を空中で抱き止めた。るるは頭から血を流し、意識を失っている。そのままオレとるるは地面に叩きつけられ、止まれず地面を転がっていく。


(「だめだ!落ちるっ!」)


 左側はほぼ崖だ。このまま転がればまっさかさま。間違いなく命はない。考えているうちにも体が浮いたのが分かった。オレたち2人の体は今、宙に投げ出されている。


 るるがこんな目にあっているのは、やっぱりオレのせいなのだろうか。オレと関わったから。


 るるを抱き締める左腕の力が抜け、るるの体が離れていく。るる、ごめん…そう諦めかけたとき、


「しっかりつかまって!」


 るるが意識を取り戻した。左腕をオレの腰にきつく回してくる。離れかけていた互いの体がぴったりと密着した。るるは右手の鞭を素早くしならせた。地面にしっかり刺さっている岩目掛けて、鞭がピンっと張り、オレたちは間一髪宙ぶらりんで助かった。


 ◇◇◇


 ウーパーの手助けもありオレとるるはなんとか地上に復帰した。ルッカとリエールが心配そうにこちらを見ている。


 そう、こちらを見ている。


 ついさっきまで登山道をうずたかく塞いでいた岩の塊は、土砂崩れにより目の前から消え去り、一緒に登山道も消え去った。そこにあるのは広く深い亀裂だけだ。オレとるるとウーパーはルッカとリエールと完全に分断されてしまった。


「いたたた…」


 るるが頭の傷を押さえていた。荷物から包帯を取り出しるるに手渡す。赤髪短髪山小屋3姉妹の長女アジンが必要なものは山小屋から調達していいと言ってくれたのは助かった。「ありがとう」と包帯を受け取ったるるの顔に傷が残らないよう祈りつつ、別の心配事にオレは頭を悩ませていた。


「どうするよこれ…」


 亀裂の対岸でルッカとリエールも同じように途方にくれている。月明かりでは亀裂の底まで見通せない。だが、落ちたら無事ではすまないだろう。どうやっても彼らはこちらに渡ってくることはできない。そしてオレたちもまた、向こうに戻れない。


 となれば、答えは最悪だ。


「お待たせ、シン…先を急ぎましょう」


 傷の手当てを終えたるるが亀裂を覗きこみながら言った。そして、対岸に向かって叫ぶ。


「リエール! 私たちはこのまま進むわ! あなたたちはそっちから頂上を目指して! 出来ればなるだけ早く追い付いてほしい。頼んだわよ!」

「るる様…」


 リエールは諦めきれないように亀裂を見つめてしばらく黙っていたが、ついに拳に力をいれぐっと顔を上げた。


「かしこまりました。急ぎ追い付きます。お願いですから無理はなさらぬよう。あなたにもしもの事があればメリナ様が悲しみます。シン、るる様のことどうか頼みます!」


 そう言うと、リエールはメドウ王子たちが登っていったという迂回路目指して踵を返した。ルッカがこちらとリエールの後ろ姿を交互に見て、行くのを躊躇っている。オレとルッカの気持ちは同じだ。オレたちは別れるわけにはいかない。オレは先へ進もうとするるるを呼び止めた。


「るる、だめだ! 2人では行けない。不幸に巻き込んでしまう」


 怪訝な顔をして、るるが振り返った。


「火事のときにもそんなこと言ってたけど、どういう意味?」


 オレは頭をかきむしる。本当のことを言わなければならない。本当のことを話したら、るるはオレのことをどんな目で見るだろうか?

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